« 「IT推進教育のあり方」の前に | トップページ | 政治家のテイスティングはどこでする »

聞いたものが悪かったか

風邪でつらい状況なのだが、所用もあり都内に出かけた。しかも過日作業場で転倒したからか左肩が痛いので、咳をすると体じゅうが痛い。かくてなぜかこんな自由俳句が頭に浮かぶ。

咳をしても一人  尾崎放哉

尾崎放哉(おざき ほうさい)は自由律俳句の著名な俳人の一人。鳥取県の人。東京帝大卒。
しかし通信社に入社したものの、生保株式会社でキャリアをつむが、なかなかうまくいかない。肋膜炎悪化のため入院後仏教に帰依し寺男になるなどし、エリートの身でありながら、流浪、貧窮のうちに各地を転々とした元小豆島で病死したという。どっちかといえば天才肌だったようなのだが、他方法学部を出ていながら、他の法学部卒業生を嫌うということなど性格は偏向的・矛盾的であるといわれる。また酒を飲むとよく暴れ、周囲を困らせたという。どうもキャリアを積むことができなかったのは、この酒癖の悪さがあるといわれる。(アルコール中毒というわけではないらしいのだが。
ブログランキング・にほんブログ村へ
自由律俳句の俳人の系譜は一度1920年代以降衰退しているが、のちにプロレタリア俳句運動では、栗林一石路などが、自由律俳句の可能性も追求した。その流れは、新興俳句弾圧事件(1940~43年俳句誌・俳人に対する言論弾圧)によっていちど切られたのだが、戦後新俳句人連盟や、自由律による俳句にも受け継がれたようだ。これは自由詩の勃興と無関係でないだろう。

余談だが、この、新興俳句弾圧事件のなかに京大俳句事件(2次)に連座した人に堀内薫氏が居る。京都大学文学部卒業後、戦後は県立高等学校教員を長く勤め、その後私立大学の教員もされていたのだが、それも終わり奈良県内で俳句雑誌の編集にかかわるなどされていたようである。ところが彼がその当時(70歳ごろ)私の通う高校の非常勤教諭として漢文を講義されていた。私たちはたまたま別の国語教師(こちらも古代史のほうの著作やTV出演があったことから親交があったようだ)から、経緯を聞いていたのである。
超然とした態度で教授されていたが、あるとき講義中にふと話しをとめて、窓の外(そこには公園があり、鳥が止まっていた)をみておもむろに胸ポケッとからメモ帳を取りだしなにやらかきつけ、2分沈黙後講義を続けた。生徒はあまりのことに呆然とした。静止の間に鳥の鳴き声が聞こえる。静かさの中に句があるのかなと著作を見るにつけてその姿と挙動の驚きとともに思いだす。
--------------------------------------
ところ過日出先で用事を複数こなして、ある旧知の社長さんと懇談して仕事の話をし、その後「横浜のほうまで車で行くから、乗っていきますか」ということで、これ幸いと車に乗せてもらった。この社長、多少民主党の議員さんともかかわりもあり、また公的認証の仕事もされていることから政治の話には興味があるのである。
ときあたかも国会中継(参議院予算委員会)のラジオ中継であった。今朝以前の失言により法務大臣が辞任し、その責任を問いという知見から、当然この件についての討議が煩雑にされるのは当然である。ただし、このところこういう内容になると得点稼ぎのような同じ質問の繰り返しと、繰り返しのときの差異によって問題の整合性を破綻させることを元に、内閣の破綻を招くことになるかもしれないことから、、、、ということはわかる。だから翼賛的議論が少ないということはあくまで第三者への情報提供のための質問というのわけ。わかるんだが・・・・・。
国会中継での自民、丸川参議院議員だが、声が張るのはまあ彼女の資質でもあり、また頭の回りりがいいのか切り替えしがうまいのだが、強引だな。法務大臣が辞めて辞めた今も執拗に追求することで言葉尻をつついている。気持ち良いくらいズバズバ言うという見方もあろうが、論理の飛躍が多少あって、そこを強引にぶっとばして(というかこういうのはアナウンサーがMCをする技術にかかわるか) 管総理がたじたじになってるというかいらいらしている。
確かに、活舌がよい追及をし、語彙の選択もよい。ただしその質問の聞き方は舞台装置を意識したアジテートメントとも聞こえ上に、答えを求めるというよりも、答えを出させないための質問手法という一種の揺さぶりだけで、また引きづるものがる。芸能記者がインタビューや記者会見を行うときのあの、「私の後ろにはたくさんの人がついていますよ」という威勢を張った見方をしてしまうのである。耳障りのいい質問であるが、その論旨には陥れようという論旨が明確でちょっと気持ちが悪くなってしまった。
批判精神は結構だし、批判される内容も現政権にはおおかろう。その議員・政党がもつ考え方や判断内容に対し文句を言うべきことはないのだが、質問され応える人の尊厳・・・というか存在を担保せず、つぶしにかかるというのは公平で平衡感覚がある質問や政治議論にはなりえなのではないか。時々マスコミ出身の政治家によくある誘導手法で、非常に気になるものでもあった。これは悪い意味でプレゼン手法の手本として参考にしたいものだ。
その後のみんなの党、松田参議院議員(元実業家)に関しては、問題点が不明だというところを明確にするという姿勢を示して議論をしていたのだが、ここでは逆に問題の明確化をしているようで、いえないこともあるのだろう総理大臣の凹みがむしろ気になった。
--------------------------------------
どっちにせよ、風邪気味のなかで聞くべきでなかった。なんか、「また酒をのんできたのか」と「女房」におこられるように感じたのか、その夜発熱してしまったのだ。夢に出なかったのが救いか・・・
けど、あのような攻めかたをするほうもされるほうも、感じるのではないだろかと私は危惧する。

咳をしても一人 
と。

|

« 「IT推進教育のあり方」の前に | トップページ | 政治家のテイスティングはどこでする »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/50104594

この記事へのトラックバック一覧です: 聞いたものが悪かったか:

« 「IT推進教育のあり方」の前に | トップページ | 政治家のテイスティングはどこでする »