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反復学習(1/2)

ものごとを勉強しておくのには反復学習というのは言われることである。
基礎的な分野を学ぶ場合大切とはいえる。スポーツのトレーニング、漢字学習や英単語の学習などがこれにあたるであろう。相当な反復練習がないと、次を効果的に学べるだけのレベルに達することができない。もちろんこの場合、反復練習以外の手法がまったく存在しないという指導ではちょっとまずいこともある。完璧主義のみが絶対という見方では、ドロップアウトの可能性もある。
このような認識の違いは「基礎学力」の認識のちがいにあろう。「応用の利く根本的な考え方」を基礎とするのは応用しろが高いが、それを一般性のある知識を習得する能力が低いと解釈されることは多くの場合ある。そして人間として理知的な高度な判断能力を求める場面がじつは多くない(そういう権限を社会から実質与えられない)という藻方もできよう。。
反復学習に
1. 集中的におなじことを繰り返して学ぶ「集中学習」。
2. 適当な時間間隔をおいて反復学習し、繰り返さない「分散学習」。
とかあるらしい。
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まあ継続は力なりという言うわけでもないが繰り返すことは、広報の面でも大切である。「交差ネットワークによる二度聞き効果」(別々の人から、2回同じ情報を聞くことで、情報に信憑性があるものと思い込んでしまう現象)を「普及しているからこそ」という認識が起きるという。だから某機密VTRがYO○TUBEがもれたときでも、あまりにもあちこちで広報されたことから、えらいことに「見える」というのもあるかも知れぬ。
(最も技術者倫理や企業倫理から見るとこれ大きな話題ではある。「公衆」の定義の問題が出てくる)
もちろん意図しないでこのような現象が起きることがある。たとえば1970年代に起きた豊川信用金庫の取り付け騒ぎは飯田線の電車の中での冗談が疑心暗鬼を呼び、この交差ネットワークが狭い地域で生じた結果、まったく火のないところに火が起きた事例もある。

(なおこの画像中の「倒産した銀行」というのは実際には、当時はまだ法規制があいまいであったいわゆる「商工ローン」的存在の金融業である。このため保障が受けれず、地域に大損害をので、誤解を招く説明ではある)
つまり継続学習の機会は世の中には「勉強とは違う世界で」あるのだが、その中にある「情報の真偽の判断能力を繰り返しだけでマスターできるとはいけないような気もする。
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ただし「頭のなかをがんがんなってる音楽」ということになると、これは戦略的なものである。本当は「頭のなかでがんがんならされている音楽」なのかも。
「交差ネットワークによる二度聞き効果」を歌詞や市場開拓にまでうまくつかったものとして、私は納得してしまった。(続く)

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