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「IT推進教育のあり方」の前に

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手遅れ? 子どものケータイ問題   9月06日 11時59分 アメーバニュース
 子どものケータイ、インターネットについての問題が、いよいよ本格的になってきています。
 「家出して行くとこないので誰か泊めてください」(女性 16歳 福岡)
 「泊めてください。なるべく長期大丈夫な人お願いします」(女性 18歳 大阪)
 「だれか今日とめてください。マジ困っています。」(女性 18歳 東京)
 上記は、いわゆる家出掲示板への書き込みの一部。
 2009年に出会い系サイト利用で、売春や淫行など性犯罪被害に遭った18歳未満の子どもは、前年比271人減の453人でした(警察まとめ)。しかし、その一方でプロフや会員制交流サイトなどの出会い系サイト、あるいは一般サイトと呼ばれるサイト利用で被害に遭った児童の数は、前年比344人増の 1136人となり、両方のサイトを足した被害児童数は前年比で73人増えています (出会い系サイトの被害児童のうち携帯電話利用の割合は、過去最高の99.3%)。
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 少女が援助交際を行う動機は、直接的な金銭目的を含めて多様です。警察に補導された子や、学校の指導の網にかかった少女たちの記録をみていくと、父母や家族との関係(特に父と娘の関係で虐待に近い状況や、母親から売春を強要されるなど)や、いじめ、恋愛を含む友人関係での非常にシビアなプレッシャーから、援交や薬物使用に向かうというケースが多いことがわかりました。自己防衛援交という言葉さえあるくらいです。

 文部科学省や各地の教育委員会など教育界全体が、子どものケータイ、インターネット問題を意識するようになったのは2004年から。特に文部科学省を真剣にさせたきっかけは、2004年6月に長崎県佐世保市で発生した小学6年の少女による同級生殺害事件でした。文部科学省は「インターネット上の掲示板への書き込みが、被害児童に対する『怒り』や『憎しみ』を抱く大きな要因の一つとなったと考えられる」としたうえで、情報モラル教育が不十分だったと反省しました。つまり、事件はIT推進教育のあり方を問うたわけです。
 そして、2009年1月30日に全国の教育委員会などに小中学校への携帯電話の持ち込みを原則禁止する通知を出しました。「携帯電話は学校での教育活動に直接必要がない」ので持ち込み禁止。ただし、緊急の連絡手段として子どもに持たせざるを得ない場合は、保護者に許可を申請させて例外的に持ち込みを認め、(1)学校内では使用禁止とする (2)登校時に学校が預かり下校時に返却する。
 高校については「授業中や学校内での使用を一律に禁止するなどの制限を設けるべき」との見解を示しましたが、持ち込み自体は明確には禁止しませんでした。持ち込みを禁止しなければ校内、教室内での使用を阻止することはほぼ不可能です。
 子どものケータイ利用問題は、日本社会の子育て教育の問題でもあります。インターネット時代の子育て教育がどうあるべきか、国民的議論をしなければいけない時が来ているのかもしれません。
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この記載の趣旨であるが、きわめて論旨に婉曲なところがある。
問題が混在しているのは、「少女が援助交際を行う」ということの分析と原因が明確といっているが、それは対症的に解決することはきわめて難しいということなのだろう。法規的に青少年は守らなければならないという制度設計がされている日本では、「売春や淫行など性犯罪被害に遭った18歳未満の子どもは」という言い方をしている。ただし実際には、生年月日を偽りいそしむ場合もあるわけで、(もちろん男のほうに問題がないとは異性いえないし、そこを吟味する必要はあるし、またこのような場合男のほうも起訴猶予になるということもおおいのだが)単純に女子が「被害者」かというところには問題も多い可能性もある。ただしここでは被害者という議論にしておこう。

家庭内の教育環境が整わなくなっている

情報倫理教育が周知徹底されない(ITといわないのはあくまでITはツールであるという考え方である)

携帯電話というツールが身近にあり、それを使うこと前提の社会が育っている

この3つの原因から女子児童が援助交際などの機会が多くなることが問題を誘引していると考え、この悪いサイクルを断ち切るのはケータイを持たさない事だ・・・と答えがいってしまうのである。本当はこれらは基本的に独立の事象なのだろうが。バイクにおける三ない運動と同じような問題がある。
中高生がバイクを「乗らない」「買わない」「(免許を)取らない」というスローガンを掲げた運動の場合、中学の場合は免許が取れないので、それ以前の処遇であるが、通学においてやむをえない事情(地理的関係)がない限り運転免許の取得を認めていないというのが多くなっている。この場合は行政代執行に近いことも運用上ある場合など裁判になったら問題になることもあった。更に、バイク通学以外に交通手段がないという地域(バスの廃止や事実上通学に使えないダイヤ)が増加しすぎて意味をなさなくなった事例、果てはバイク通学を解禁したら公共交通から転移してしまい、交通空白地区になった事例、公共交通では定期代などがかかりすぎ高校進学率の向上とバイク通学制限がトトレードオフになったということ間で問題になりだした。最低限の環境で生活するには自動車やバイクは必要でないが、それを使わないと更に生活が成り立たないという事例である。
さて、家庭内の教育環境という意味で、少女が援助交際を行うことに対しての議論を考えると、少女でない18歳以上ならこのような場所は実はいっぱいある。そして18歳以上の人に対しては資質にかかわらず野放図である。そもそも、これは18歳以上の男女にもともと会った援助交際などの事象を、普通の恋愛を否定できない前提では判別できないことから否定できない前提の環境があるという。そうなると恋愛の境界を年齢できることが実質的には困難という前提がもともとある。
こうなると、携帯電話というツールが身近にあることを前提した情報倫理教育ということしか、問題となる行動サイクルをとめられないということになろう。ただし、実際、携帯電話というツールにのった出会いの場というものが規定上年齢資源を設定してい制限していても、お互いに遵守されるということになっていないという話はあるのだが。
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前にも書いたが、我が家は子供たちにケータイを持たせていない。上の子供のときは「学校に持ってくるな」という規定が厳然としてあったため、学校で問題になることはなかったのだが、実は友人たちとの連絡が非常に難しいということになってしまった。そのため、今のところ管理の下にWebアドレスをPC上で持たせてこれでメールの通信をさせている。つまり、PCを使わせているのである。こうなると、よく携帯で待ち合わせするようないい加減なことがなく、計画的に行動できると思っていた。
ところが、自分だけがそのような規範を持って運用していても、その規範を他者が容認することが今はないのである。つまり、靴をはかない人間が街中を歩くなら説諭があろうし、第三者は排除の理由になる。髪の毛が生まれつき変わっている人が、ある程度の社会では知識で制御されていてもひとたび社会が混乱に陥ると抹殺されるとかいうところは同じであろう。しかも公衆電話さえ少なくなっている。これは学校だけでなく社会の中でも、国家間でも、民族間でも、はては旧藩の間でさえも差異をことさら目だたせ優位性を得ることが、人間の生存のなかで免れないからであると考える。
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「子どものケータイ利用問題は、日本社会の子育て教育の問題でもあります」というのだが、それをいう大人たちが社会の子育て教育の問題というところに定義を狭めること自体で、すでに答えが見つけられるわけはないと考えている。むしろ、上述の「売春や淫行など」が性犯罪という解釈にすることでレッテルはりをして排除することをすること自体が本当に将来的に「変えてはいけない倫理規範」なのかという、きわめて危ないながらも現実的な議論にするか、「夜警国家」の概念にちかい放任を決め込むのか、そこまで戻らないと対応できるものにはならないだろう。
関与範囲が膨大でアンタッチャブルなものには誰もふれない。この状況はバイクの3ない運動でもあったことなのだが。

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コメント

こんばんは。
我が家もそろそろこの問題と取り組まなきゃならない年頃になってきました。友達の多くがケータイを持っているようです。
でもこれは「我が家の問題」というよりは「コミュニティの問題」なのだろうと考えています。したがってもはや考えても仕方ない、流れに従うだけのような気もしています。その結果もたらされるものが不幸であるとしても、それもまた我が家の道、ということでしょう…などと達観していていいのか!
前髪の抜けそうな問題ですよね…。

投稿: niwatadumi | 2010年11月22日 (月曜日) 22時54分

私はケータイを使って居るのですが、Webとメール機能をまったく使わない。問題になっているか・・・というとやはり問題が顕在化していないからかもしれない。
>「コミュニティの問題」なのだろう
確かに一人言語が異なると社会に溶け込むことを否定するという社会と一種のいじめはどこでもあるが、そこを容認することが我々もどこまでできるか。難しいですね。

投稿: デハボ1000 | 2010年11月23日 (火曜日) 00時17分

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