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ルール化することで「判断」をなくす

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“バカリーマン日本代表”が編み出した年収1000万円稼げる奥義とは 2010年8月27日(金)19時0分配信 新刊JPニュース
高校までソフトテニス一筋だったため、ロクに勉強もせず、20歳でソフトテニスの道を断念せざるを得なくなったときは時すでに遅し…。(中略)どうしようもなかった男は現在、なんとベンチャー企業で取締役を勤め、年収1000万円のコンサルタントになっています。その男こそ自称 “バカリーマン日本代表” 伊藤喜之さんです。
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 彼を突き動かしているのは強烈な学歴コンプレックスであり、反骨心です。しかし、それだけではありません。伊藤さん初の著書である『バカでも年収1000 万円』(ダイヤモンド社/刊)は“できなかった”彼だからこそ編み出せた、仕事に対する思考法が詰まっています。では、伊藤さんはどのようなことを思いついたのでしょうか。
 その一部をご紹介していきます。

■「成功の糸」は毎週木曜日に降りてくる
「週に一度、木曜のできごとにフォーカスしながら、必ずひとつ、いままでチョイスしなかった選択肢を選ぶというルール」。つまり、今までやったことのないことを選択するということ。
■ルール化することで「判断」をなくす
 「木曜日に来る、いままでチョイスしなかった選択肢は引き受ける」というルールによって、普通なら腰がひけてしまうことでも、ルールだからと割り切ってできるようになります。
■成功は努力を積み上げた先にあるだけとはかぎらない
 一般的には「成功には、努力がつきもの」とよく言われますが、いくら努力を積み重ねても成功しないときもあります。伊藤さんはそれを「成功は努力を積み上げた先にあるだけとはかぎらない」という言葉で表現します。そして「成功は、なにかをきっかけに、あるとき突然、手に入ることがある」と続けます。 その「あるとき」とは、「成功の糸」をつかめたときです。「成功の糸」をつかめば上のフロアまでイッキに連れていってくれるのです。(後略)
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もともとBLOGでやっていたものを本にしたもののようですね。文体はちょっと「品性がない」といわれるかもしれないが、その品性のなさがこの文意の表現でもあろうから、そこに目ばかり行く人は読む意味がない。そういう読者を相手にしている。
ところがこれを読んで気がついた。
この人ルーチンワークができない形の人だからこそ、一時はそういう世界であれば「馬鹿」といわれかねないのであって、非ルーチンワークをやらせればもともとかなりのスキルがあったと思えるのである。つまり、本質的には馬鹿ではなかったのであろう。ただしこういう人が企業のトップになった場合、企業の中で一緒に仕事をする人は、かなりの部分ルーチンを持った見方で仕事をするしかなく、実際の経済実務は、いくらPCがはいろうとも企業となるとそういう人材の必要性がついて周り、その意味合いをこの人は(知識としてはわかっても、人間の有様として)理解できないとも思う。早めに次世代の経営者に渡すべきで、そのうち内紛が起こって自爆するという形の経営者によくある形と思う。
また彼は体力と意地、ごりおしができる力と、対応力があるからこそできるのではとも思う内容もある。たとえば、「今までやったことのないことを選択する」というのは確かに、自分に対する過剰なまでの自信がなければならないだろう。その虚構に対し、耐えられるかというとかなりの人はしり込みするのではと思う。
題目で惑わされがちだが、

●今までやったことのないことを選択・・・新規依頼をネタにして職域・得意な技能を組み立てること
●ルール化することで「判断」をなくす・・・ルーチン化で判断のブレをなくし標準化
●成功は、なにかをきっかけに、あるとき突然、手に入ることがある・・・可能性を全方位に広げる
と書き換えれば、確かにそう独創的なことを言っているのではない。ただしこれを貫いて実施していくとか、この様な人についていくと決めた場合、かなりの体力消耗が待っていると思う。だから「さあ、これで成功の糸をつかむチャンスができました。」なんて言葉が書評に踊っていたが、このようなことを意地でもやっちまう人ということでは、決して馬鹿だとはおもわない。
大体コンサルという業務は、金を稼ぐ人のうち時間単価が極めて高い人は、その独自の意見にはじめ感動するがしばらく考えると、その指示を守る事が実務上きわめて困難である場合が多かったりするし、またそういう人は第三者から見れば遂行するスキルがすごい内容を、さらっとたいしたことでないように言うものであるから。
え、私?。私は時間単価を高くすることで価値を見出すコンサル業務とは一線を画しているところがある。現場主義というのはまさに、これらの「仕事に対する思考法」自体の考え方自体を納得してもらってから、自ら体得してもらうおとであり、そこが骨子と私は思っているからである。しかしこの上の3項目
●今までやったことのないことを選択・・・新規依頼をネタにして職域・得意な技能を組み立てること
●ルール化することで「判断」をなくす・・・ルーチン化で判断のブレをなくし標準化
●成功は、なにかをきっかけに、あるとき突然、手に入ることがある・・・可能性を全方位に広げる
は形が違えども、確かに私もやった項目ではある。 
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ただし、問題はルール化することで「判断」をなくすことは、逆にルールが陳腐化したときに修正できる能力のある人が育つか・・・ということである。じつはこのようにルール化することで「判断」をしない以上、後継者がルールを最適化できる能力がある人材が在籍しているか、人材を育成しているか・・・じつはこのタイプの企業が事業継承するときに、後継者が育っていないとか、ルール化の陳腐化でじつは企業体ががたがたになっているなど、問題が顕在化するのもまた事実のようである。

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