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共存共栄(2/2)

(承前)
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仏文学者の内田樹さん「スト」宣言に賛否 売れっ子新刊ラッシュに待った  2010.8.29 23:56 産経新聞
 「日本辺境論」などのベストセラーで知られる仏文学者で神戸女学院大教授の内田樹(たつる)さんが、ブログ上で一部の自著の刊行にストップをかけることを宣言し、波紋が広がっている。旬の書き手に群がり、出版点数を増やす「バブル」を生み出しては、すぐにはじける。出版界のそんな“悪弊”を批判する行動だが、書き手たちの賛否は割れている。(海老沢類)
 発端は大手書店の店長が書いた8月12日付のブログだ。「伝える力」が100万部を突破したジャーナリスト、池上彰さんらの「バブル」に触れ、人気の著者に依頼が殺到する結果、質の落ちた本が出回って著者も疲弊していくとして、その悪循環を批判した。
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 十数点の出版企画を抱える売れっ子の内田さんはすぐに反応した。13日付のブログに「大量の企画が同時進行しているのは、編集者たちの『泣き落し』と『コネ圧力』に屈したためである。(略)『バブルのバルブ』を止めることができるのは、書き手だけ」などと記し、4冊分の校正刷りの確認を“塩漬け”すると宣言。14日付で「日程がタイトであれば、書きもののクオリティはあらわに下がる」と理由を説明した。
 一方、店長に「バブル」と指摘された脳科学者の茂木健一郎さんは自身のブログで変わらず執筆を続ける姿勢を強調。経済評論家の勝間和代さんもブログで「当事者がコントロールできるものではない」と、内田さんとは対照的な考えを示すなど、反響が広がっている。
 騒動の背景には、不況下で加速する新刊ラッシュがある。書籍と雑誌の販売金額は昨年、21年ぶりに2兆円を割り込み、返品率は4割を超えた。売り上げの減少を補うため、出版社は自転車操業的に点数を増やしており、昨年の新刊は過去最多の7万8555点。頭数をそろえるため、引き出しが豊富で部数が見込めるビッグネームに頼る傾向に拍車がかかる。
 「途中で企画がストップすれば、収益見込みの修正が必要」(出版関係者)だけに、各社の編集者はほかの書き手に賛同の動きが広がるのを警戒する。ただ、内田さんを支持する専門家は少なくない。
 早稲田大大学院の永江朗教授(出版文化論)は「安価で手軽な編集ができる新書ブームがあった10年ほど前を境に、メガヒットした書き手に安易に依頼する傾向が加速した。対談や講演のテープを起こしただけの安直な作りの本が増えれば、読者離れを早め、出版文化の先細りを招くだけ。業界は今回の問題提起を真摯に受け止めるべきだ」と警鐘を鳴らしている。
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まず、出版関係の収益力低下は現実味を帯びている。というのは、私の関係している人にも出版関係の人が多く、「低い収益性と高い社会貢献への奉仕精神という二律相反」に悩んでいるというからである。当方のテリトリーでは技術書になるが、この手の本はは大量購買につながりにくいことは前提である。まだ低い収益性は頭から前提で、むしろ社会への問題提起や教育指導という別のところを目指している。ただしこれは商業出版物では異色である。
こうも評価される文献類が生まれないというのも困ったものであるが、その中身が部分的にレベルがふれるのはあっても、全般的に落ちたという印象は私にはない。ただしいい書籍、読むべき書籍というものが過去の名著ということで蓄積されており(いくらかの古典は市場から退場していくのだが)本を買うという行為の中で、購買力が希釈されていくのが実情ではなかろうか。そこにITによる情報伝達の手法も入るのだから・・・読む側にとってもいっぱいいっぱいということもあるんかもしれない。

 内田さんはブロガーとしても知られ記述の蓄積はもともとストックが多い。というのも、この過去の記述をリライト・校正・再構成して書籍化するという手法をとった先駆者でもあるため、十数点の出版企画を抱えるといってもそうは苦しんだりしていないようである。(つまり過去からの記述の蓄積を行っているということは、個人の努力として評価されるべきである)さらに、上記のように記述と論述で社会に対し貢献しているのだが、彼にはほかによるべきすべが幾重にもあるからこそいえるのである。
意見をいって論述を行うことは、彼の場合無料のブログでもできる。それを体系立て他ものが出版物であるという認識であるから、逆に編集者が内田さんに頼るものになるのは確かにあろうし、いざというと出版してくれないという付き合い上のリスクがある以上『泣き落し』と『コネ圧力』というのは確かにあろう。
しかも、彼はちゃんと生活を保てるすべがある。大学教授という職を持っており教育という場での責務や振る舞いも必要だし、そしてその業務による対価を得ているのである。だからこそ「出版倫理的に正しい行為」ということを思い切ってできたのではないか。

他方、茂木健一郎さんも、勝間和代さんもブログは持っているが、デイリーな報告というふつうの広報手段での使用である。書籍作成に対する著作作成のプラットホームとは一線を画している。本はあくまで買って価値あるものとして供給し(実態は質のばらつきも多いんであろうが)、筆者の生活を維持していきたいという前提がある。さらに、「当事者がコントロールできるものではない」というのは出版を著者や出版社からの知的内容の提案と考える内田さんとは対照的に、一般的経済的取引と同じく市場ニーズと供給の間で相互に価格を決めていく「自由経済」的な考えであろうし、品質が低いとなれば売れていかないという逆の思想である。そして、繰り返すが彼らはあくまで基本は「著述業」なので、ほかの収入源はあっても根源の収入源は著述からの派生とみなせるのである。
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出版文化の先細りは懸念されるところである。しかし実は著作者全体にいえることなのだが、発する情報量に対する単価とその第三者から価値評価が落ちているのではないかと思う。つまり、TVに出なければ本は売れないとか、複合メディアにでなければ、メディアミックス戦略をとらなければ、本が売れない。この段階で著者の時間単価は低く、出版社にとっても損益分岐点が書籍発売にとっては高くなってしまう。
いや、そもそも、過去(IT技術の普及前)教養そのものの商品価値が高く、教養指向の強い人が多かったからこそ本が「買われた」ともいえる。その反対に教養指向の強い人は図書館や書店の店頭で査定されて買われないと言うことも多かったのだが。そのような手元にとって査定してから本を買い込むということが、装丁の巧拙やCMの量などの要因、さらにネットでの通信販売、販売実績重視の書店の隆盛と教養志向のポリシーを「押し付ける」とみなされてしまったある意味良心的な書店の衰退で、感覚的にそぐわなくなったのかなと懸念するのである。

グレシャムの法則では貨幣の額面価値と実質価値に乖離が生じた場合、より実質価値の高い貨幣が流通過程から駆逐され、より実質価値の低い貨幣が流通するという法則で、 「悪貨は良貨を駆逐する」 で知られる。金本位制(銀本位制)のように交換価値を金(銀)に裏付けられた形で金額で表すことである。この段階で品質におけるものの値付けが複数あった場合、流通はしててもその優劣は判断していながら用いたのであろう。その現品が手元にあって人によっていささか差があろうとも、価値の高低がわかるものなら、選択されるという読みもできる。治安の悪い状態や、変な文化がはやるなどのたとえとして 「悪貨は良貨を駆逐する」は本来の意義以外にも用いられる。
今は世界の貨幣制度はグレシャムの法則とはことなり、実態物流を伴わない管理通貨制度に移行している。これはその価値の相対的基準をその気になればだれかが恣意的に調整できるのだが、そのだれかは政府であることもあるが、資産投機活動のように情報の評価・意図せずにせよ意図してもだが情報操作で動くものである。もちろんこれで現物移動を伴わない第三者情報が価値を強く帯びてきた結果書評、CMが評価の本義になり、そこでピーキーに評価がふれ、実態購買が不安定化するというのは、ひとつ考えられると思っている。
最近の図書の購買、漫画の購買も、その購入環境は現物でなく、第三者情報による品質保証であったりする。そうなると相場状況と同じく特定の情報が多いものに偏るのであろう。今のところレモン市場(財やサービスの品質が情報の非対称が残るために買い手にとって不利な不良品ばかり出回る市場)にはなってるとは思わないが、その萌芽を大手書店の店長は、ライターの疲弊というところから情報の非対称の原因になると指摘したと認識できる。
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共存共栄では糧が得られない場合の微小な金銭・知識量の再配分で、どう本邦が「文化立国」をするかは、仙人のように霞を食う人間を著作に供するという幻影的な手法まで考えなければならないのだが、これは思想や思考を拘束する。これでは妙策は見えない。私のようなボンクラでは。

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