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ギャル系人民服

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上海万博に読者モデル登場…「ギャル系人民服」に歓声   2010年06月15日 19:31 スポニチ
 中国・上海万博の「ジャパンウイーク」4日目の15日、日本のファッション誌の読者モデルらがファッションショーを行い、最新の若者文化を中国に発信した。ギャル系ファッションにアレンジした人民服も披露され、観客から日本語で「かわいい」などと歓声が上がった。
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 ショーの冒頭、長袖と長ズボンの人民服を着た中国人モデルが現れると、読者モデルらは「どんな洋服でもおしゃれに変えるのがギャル」と言って、モデルとともにいったん退場。ノースリーブにミニスカートという斬新なデザインの「ギャル系人民服」に着替えさせ再び登場。セクシーなポーズに会場の盛り上がりは最高潮に達した。
 少女趣味的なロリータ系ファッションも披露され、ロリータ系にアレンジしたチャイナドレスも披露された。
 中国の若者はギャル系やロリータ系のファッション誌をインターネットなどを通じて日本から購入しており、目当ての読者モデルを一目見ようと、熱心な女性ファンのグループも会場に集まった。
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こーゆーのです。
http://sankei.jp.msn.com/photos/world/china/100616/chn1006160636000-p1.jpg
http://sankei.jp.msn.com/photos/world/china/100616/chn1006160636000-p2.jpg
このモデルさんは日本の読者モデルなんだそうで。(そこの人、萌えないように)
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読者モデルらは「どんな洋服でもおしゃれに変えるのがギャル」と言うことを考えると、かの地でもダサイ物の代名詞ではあるのだろうが、式典服でもある人民服(Mao suit・・毛氏のスーツ)は、かつての中華人民共和国では、国民服であった。現在ではほとんど過去のものとなり、政治家も背広を一般的に着用しているが、2009年の国慶節は胡錦濤主席は人民服を着用していたという。
市中では大体着てるのを見たことがない。色はカーキ、紺、青、緑などさまざまであるが、いずれも無地である。そして私もお付き合いのある華僑の人(家で硯や墨・半紙の大量な取引があった)からノベルティーとしてもらった青い帽子を使っていた。(もっとも他の家人が使わないで降りてきただけである)ただし、もともと日本の男子学生服(詰襟)の類推ということもあるそうだ。
もっとも人民服のインパクトは、1960年代のサブカルチャーの中でツールとして用いられた。当時もファッションやステージ衣装にも影響を与えた。イエロー・マジック・オーケストラが人民服風の服を着て話題になった。これ)その延長とすればギャル系に「着想の楽しさ」を示すと言うことは分かる。
もっとも、上海で・・・というのは敵地であるからねえ。中国と言うより「上海閥」ということで。
中華人民共和国の政治家も公の場では諸外国と同様に背広を着用する。しかし、江沢民が国家主席として日本を訪問したときに天皇主催の晩餐会において人民服を着用して出席した。中国側は「タキシードの調達が間に合わなかったので大使館にあった民族衣装である人民服を使用した。民族衣装の使用は正装であれば問題はないと考えた」と返答している。したがって、この答えが正鵠かとうかというと、直前に過去の歴史に基づいた謝罪要求をしているから戦略的な意図があるとさえ考える。しかも、上海は江沢民の地元で、招聘に江沢民は努力したという。そう考えれば薄氷を踏むような行為でもあるのだが。

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