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会社の英語公用語化(3/3)

(承前)
英語の公用化に対する考えとして、なかなか傾聴に値し、かつ立脚の意義の議論に参考になる意見がある。前文は引用元で呼んでくださいね。
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三木谷浩史・楽天会長兼社長――英語ができない役員は2年後にクビにします - 10/06/16 | 16:20 東洋経済オンライン
http://www.toyokeizai.net/business/interview/detail/AC/810ee47297d49033c2a4b43a0a5216e0/page/1/

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楽天は 国境や国という概念が大きく変わっているのに、社会のトップ層が英語をしゃべれないなど日本は大きく取り残されている上に、モノとサービスが組み合わさりサービスの比重が上がっていることが、モノはつくっても利益を全部持っていかれることになりかねないと言う懸念を感じている。最近は設計や技術よりも、そのマネージメントが、利益を生み出す状況に陥っているのは確かにあるのだが、日本の場合そのような不安定な環境にあえて入らず、政治の力は国内調整以外は期待しなかったのだが、製造業では圧倒的な政治力の行使のし合いの中で政治以外が努力するようにして特徴を出した日本のやり方では、限界があると考えたようだ。もちろん経営者としてインターネットサービス企業を成長させるにするためというのはある。この業務自体に英語スキルが必要であるからだ。更に人材の最適なものを世界から呼ぶと言うことにしている。
ただしここからはうがっているのであろうと私は感じた。
「他社・一般家庭にも、「やっぱりやらなきゃいけない」という意識が広がるきっかけになればいいと思う」のは意欲は私は買いたいと思う。ただし、日本の文化や伝統を重んじるとしても、ガラパゴス状態から脱して、多様化しないとサバイバルはできないと言うことに関しては、じつは市場への最適化の努力が、逆に日本の首を絞めるという、困った状況になっていることを、意識以外の要因によるバイアスと言う考えに行くべきと思うのだが。
ただし私は海外の製品を分解して工程調査などをやったことがあるのだが、製品の創りこみ品質向上という意味で、マニュアル以上の技術の創りこみをする場合、英語では声の大きい人が勝つと言うところが今以上につよくなる側面が出てくるだろう。航空関係のようにマネージメント監理が専門の職制になる場合はまだともかく、自動車においては明らかにその手法では、製品の信頼性を挙げる限界が早くおとづれるし、それを前提にすることを社会が容認するようにし、名誉ある撤退を容認したのがアメリカの工業である気もする。
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社内が一つの目的意識で固定化し、またそれを指揮する経営トップへの妄信的信頼があるなら、英語公用語化は海外拠点のメンバーに受けがよくモチベーションアップにもなり、テレビ会議に参加してくる人間が多くなっているというのは想定できる。ただしそれは与えられら命題に対し部分最適化を図ることが目的になって居り、それで仕事が進むような仕事しかないからである。それは上意下達の前提が企業にあり、それで今のところはうまく回っているからである。
日本語でやることの限界は、海外拠点の社員から「自分たちはあくまで日本企業の子会社でしょう」とか「あいつら日本の本社で訳のわからないこと言っている」というふうに思われてしまうことという。しかし、逆に言うと(実は日系企業どこでも抱える問題であるが)そもそも、そのような市場対応が必要な状態で同じ会社であるべきと言うことにもともとの無理はないか。資本投下だけでとどめず現地法人の独自活動をさせないからそうなるのではないか。基本的に「あいつら日本の本社で訳のわからないこと言っている」というのは逆に現地で意見が出るなら「あいつら現地の支社で訳のわからないこと言っている」と言うのが相互にあるわけで、その段階で独自のマネージメントにするべきではないのか。英語が共通語どうこう言うより、現地語カスタマイズで法人の独自性を保つのが大切なら英語の重要性は前提だとしても、企業内を英語で共通語化するの事自体が、独自文化を各々持っている国に対して(英語圏以外で)商品価値を押し付けていないか。ここに関してはグローバルな商売が継続する前提というビジネスの構築がさらに推進するという見方と、適時知己は引用しても物品としては近隣の材料を形にして、国産の商品として国内で売るという、極端な類似としては「地産地消」が進むので言語の枠内で経済のクローズ、セル化が起きる可能性さえある。

NHKでこのニュースを取り上げたアナウンサー大越氏(元アメリカ総局ワシントン支局長)は、自らの意見として、英語の取得効用は認めるものの、日本の会社として文化的拠りどころない物になるという指摘をしていた。けどグローバル経済が前提の中とて日本企業であることを隠すほうが営業販売策としてあるなら、英語が公用語でも、エスペラントが公用語でもいいし、本店がケイマン諸島でもいい訳である。
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改めていおう。
英語が大切と言うのは否定することはない。必要性を感じているのも私である。「ビジネスの世界における英語の重要性は揺るがない」、「グローバル経済が確定していくと仮定し、その中でグローバル企業を目指すなら英語重視」というのは当然と私も思っている。ただし、その言葉の形態がその地域の住民や職員の思考形態を構築していることを考えると、「英語ができるのと、外国人との商談能力とは別問題」、「語学力と仕事力」以上に、「語学にあるロジックで仕事の手法が決定されており、それを逸脱すると収益性はともかく、収益自体の拡大はその地域では難しい」と考える。それを覚悟で考えて、日本企業であることを放棄するというリスキーな覚悟を前提にしなければならないと思う。
日本以外でがんばると言うのは、一つのステータス。ただし根幹のスタンダードな企業方針、企業としての社会的存在価値をも失うため、どこの国でも根無し草になる覚悟をするべきと考える。そして商事会社としてならこのモデルは否定しないが、研究・製造・サービスなどの企業で、基本に主義主張を企業や製品の存在価値とする企業では社内が一つのイメージを確立できず、禁じ手だと思っている。
良かれ悪しかれトヨタはブレーキ問題で「主義主張を日本語でも持っている。それがあるから米国でも活動できる」ことで一定の抑止効果を収めた。日本に対し製品開発で企業価値が出にくいと言う前述の企業も、最後の企業の存在の源泉の一つは日本と言うところからは離れないので、言葉は日本語を使うことも問題にならない。国際的企業というのは、その成果品で成り立つのであり、金銭的志向や文化なで成り立つと言うのは、結果では成り立つように見えるかもしれないが、本質的にはたまたまの整合と偶然の組み合わせに過ぎないと思っている。ただし成り立つとしたら、リテール市場に限定されるんかなあ。

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