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恩を売る

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佐藤信正の「すぐ効く仕事のコツ」 恩を売ったら忘れてしまうこと。さらっとした関係が大切 日経ビジネスアソシエ2010年3月15日(月)14:30
 ビジネスの世界で意外に難しいのが、「恩を売る」「恩を受ける」という“恩”のやり取りだ。数字で見えるものではないが、お金のように貸し借りできる面がある。
 仕事で無理を仲間に頼む時、「あいつには恩があるから少し無理してもやるか」と思ってもらえばなんとかなる。では、そんな時のために「恩を売る」方がよいかというと、実際には恩にならなかったり、煙たがられたりする。どうするか。正解はないが、中国の古典の処世訓集「菜根譚」に示唆に富む言葉がある。
 「恩仇のともにほろぼすにしかず(不若恩仇之倶泯)」
 恩の意味は分かりやすいが、「仇(きゅう)」は「恨み」の意味だ。現代風に解釈するなら、「恩と恨みはなかったことにするのがよい」ということになる。
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 恨みをなくすのはよいとしても、恩をなくすのは困ったことだ。ここは「受けた恩」ではなく、「売った恩」に限定したい。自分が売ったつもりの恩は、恩着せがましく覚えていないで忘れなさい、ということだ。
 「それでは恩を売ったかいがない」というなら、まさにそういう心理が恩着せがましく見られたり、嫌われたりするもとになることを知っておこう。「恩を売った」と思わずに、普通の親切くらいにして過ごしていく方がよい。
 菜根譚では、この言葉の前に「仇は恩によりて立つ」ともある。恩のあるところに恨みもあるというのだ。解釈は難しい。恩というのは不公平なもので、誰かに恩を売れば、その恩に預からない人からは妬みを買う。また、恩着せがましくしていると恨まれるということもある。
 つらい状況で、上司や仲間からなど「ああ、恩を売ってもらったな」という時は、ほかの人に目立たないように感謝を表したい。また、「ここでちょっと恩を売っておくか」という場合でも、その後は恩着せがましく覚えていないで忘れてしまおう。
--------------終了
言語明瞭、意味不明瞭といわれたかの竹下氏はこういう言葉を残している。 
 「汗は自分でかきましょう。手柄は人にあげましょう」(87年11月、組閣に際して)
確かに恩を与えるのは、与える側には心理的にいいし、優越感を持ちやすいため精神的にはいいのだろう。しかし、それが相手に対して正当な評価に値するかは別物である。
たとえば

A:「こういう技術の習得をしたいんだが、いい本はありませんか」
デハボ「そうですね。得意なところから考えましょうか。ではこんな本はいかがですか?。ほらアマゾンで・・・・・・・」
A:「分かりました。買って見ます」
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A:「デハボさん、あれ全然分からなかったんですよ」

となった場合、誠意を考えるとどっちが間違いかというとこれは難しいところであるな。分からなかったというのはデハボさんに対する叱責でもあろうし、もっと教えてくださいという場合もあろうし。つまり、受けての姿勢によってこんあのはまったく変わるのであろう。
中国の古典の処世訓集「菜根譚」は、実のところ古典といってもきわめて通俗的な本である。読みやすいのだが、カツマーの本のようなアグレッシブな本ではないというからこそ、その合間に読んで損がないのかもしれない。

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