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正論を語るとむなしくなる

正論なんだろうが、あんたに言われたくないという話である。
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田中角栄氏は、国内で人材育成の問題が出ていたときに。こういうのを出して相当批判を浴びた。バックボーンが悪かったといえばそれまでであるが、これ単体だけを見ると、ある意味まあ、誠意は伝わるわなと思う。ただしこれを押し付けることになってしまうと、今の日本では宗教的規範さえ、強制できないという前提がある以上、相当な「体力」がなければたち向かえない他からの軋轢を伴う。
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5つの大切
1.人間を大切にしよう
2.自然を大切にしよう
3.時間を大切にしよう
4.モノを大切にしよう
5.国、社会を大切にしよう

10の反省
1.友達と仲良くしただろうか
2.お年寄りに親切にしただろうか
3.弱いものいじめをしなかっただろうか
4.生き物や草花を大事にしただろうか
5.約束は守っただろうか
6.交通ルールを守っただろうか
7.親や先生など、人の意見をよく聞いただろうか
8.食べ物に好き嫌いを言わなかっただろうか
9.人に迷惑をかけなかっただろうか
10.正しいことに勇気を持って行動しただろうか

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経緯・由来を知らない人が、こういうことを書いてある物を見ると、感心するという場面はあると思う。
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まったく・・・・・ここに、「世界は一家、人類みな兄弟」という文章がないのが不思議である。

もっとも、国粋主義者という側面はともかく、笹川氏自体は社会活動家という側面では節操ないぐらい多方面の活動をし、また種々の批判(もちろん故あるものも混ざってはいたようだが)を有名税と割り切ったことが、博打の胴元と揶揄されることも含め、評価を難しいものにしているし、過去の政治活動のいきさつを懺悔と言う形で奉仕活動に私産をつぎ込んでいた(もっとも収益事業もしていたが)可能性もある。こういう人は最近は少なくなったような気もする。毒食らわば皿まで。
この精神は実は公益通報行為をする人にも時にあるようだ。しかし大概は未達で抹殺される。
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同じことを入っていてもその人が信頼されないということは良くあることだ。前項の公益通報に関しても、若年者の技術者が言うよりも、経験をつんで説得力のある実績を身につけた技術者のほうが、全体的に俯瞰ができる視点を持ち、同じことを言っても説得力がある。そのため公益通報をするには、それなりの人格と信頼を持ってもらうのが前提という説がある。
ただし、実はそういう人こそ、公益通報行為はしないものであるようだ。つまり、立ち去り行為のほうが火の粉を得ないという現実があるわけである。

正論を語ることには、現実には責務が伴ってしまう結果大方の人間はそこでつぶれる。
正義を語るのは、一面的な視点の問題が伴ってしまい、意見の統一が悪である現代では無意味である。
結果的に正論を語る以前に開示と第三者の証左が求められる。
どっちにせよ、永続的に君子になることは自由主義・民主主義ではきわめて困難であり、なされるままに流されるのが善という、社会認識に逃げ込むしかない。

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