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やる気の出る言葉

【大人のなり方】やる気の出る言葉 期待し過ぎない方が無難 2009.1.27 07:13
 上司の発するちょっとした言葉でやる気にもなり、やる気をなくすこともある。そんな経験をしたことはないだろうか。実際の体験から、(1)やる気になった言葉と、(2)やる気をなくした言葉を一つずつ挙げてみてほしい。
 研修の場でこの質問をしてみると、決まってやる気をなくす言葉のほうがたくさん出てくるから面白い。ランダムに挙げてみよう。「いつまでそんなことをやってるんだ」「何年この仕事をしてるの」「ちょっと君には無理そうだね」「君の代わりはいくらでもいる」などである。いずれも、存在を否定するような言葉だ。
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 せっかく提案をしても、「理屈はわかるが、実行できるのか」「もっと現実的に考えたら」と言われてしまえば先に進まない。最もがっかりさせられるのは「考えておこう」。こう言われて実際に取り上げられることはあまりない。揚げ句、「つまらないことを考えないで、さっさと仕事をしろ」。多少の差異はあるだろうが、誰しも似たような経験を一度はしていると思う。
 これに対し、やる気の出る言葉は「すばらしいね」「君にしかできない」などであるが、こうした言葉を上司から聞くことはそんなに多くない。「君に任せたよ」と言われて悪い気はしないが、この言葉はくせ者である。上司が部下に仕事を任せる場合は、それだけの教育や権限の委譲が必要だが、嫌な仕事の丸投げになっている場合がある。
 やる気の出る言葉をかけられるのはうれしいことである。しかし、それを期待しすぎないほうがいい。(日本監督士協会常任理事 佐藤方俊)
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ほー。
こういう団体があるんですねえ。
古参の職人さんは、「俺の仕事を盗んで仕事を盗め」という形がやはり多いんですが、実際はそのような手法での技術の伝承は限界に達しています。というのは、ある道をあるいてたら、ほかの道に進みなおすような生活を行うには、今の若い人には社会環境が複雑怪奇になっているのでしょうね。伝承というもののプロが必要になるゆえんで、単純に技術というだけでなくいままでなかった寄席芸人の学校という、技術といっても感情労働のなかでの伝承が求められているのもひとつでしょう。。
軍隊などでの、「すべてのスキルをあげる」ことが望まれる団体では、よしあしはともかく、かなり前から「あめと鞭の使い分け」という発想はあったようです。(そうでないものも多かったのですが)今の世の中には褒められて伸びる人と叱られて伸びる人がいる、と言われますね。自分がどちらかというとなかなか難しい判断だと思うのですが、褒められることも叱られることもそれはすなわち「他者に評価・判断される」というタイミングという解釈をするとそこをどのように判ってもらえるかの工夫ともいえるわけです。
但しddすね、これはビジネスの本質が協調で新規の市場を創るという創造的業務と、交渉や腕力・奪い合いで獲得する商慣習のなかでの指導がまたそぐわなくなってるのもあるんです。
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「異能の才を活かして欲しい」
某商社の面談で言われた言葉です。何かこうスゴク座学ができるとか、スゴク弁が立つという類の人間ではないですし、有名ゼミで立派なレポートを書いたとか体育会でガツガツスポーツに打ち込んでいたという実績もないので、こういうことを言われた時には身震いがしました。意図して人とは違うモノの考え方を面接を通じて見せていきたいと思って喋っていましたから、異能の才という評価を受けたことは、とても嬉しかった。このことを言ってくださった方とは、実は未だにご縁があり、半年に一度くらいお酒を飲みながら仕事の経過を報告させていただいています。「異能の才」と言われてキョトンとしていた僕に「伊能忠敬ではないよ☆」とおっしゃってくれた、とても茶目っ気のある方です。
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実は、この見方は一歩間違えればあざといともいえるのではあります。しかし、
>実は未だにご縁があり、半年に一度くらいお酒を飲みながら仕事の経過を報告させていただいています
というなら、これはまた、違う意味で評価軸の相似があったということもいえるのでしょうか。つまりこの言葉自体の存在価値を知ってる人が、わざと言うこともあるというのが悩ましい。
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「目の前に人が倒れていても素通りする人だ」
これはおそらく二度と同じことを言われてはいけない言葉として僕の心に刻まれています。実際、目の前に人が倒れていたら素通りはしませんが、そう言われたということは、仕事のお付き合いの中でそう感じさせる対応を僕がしてしまっていたということです。諸事情があり、僕も色々考えながら進めてきた仕事でしたが、最後の最後で「目の前に人が倒れていても素通りする人だ」と言われてしまったことは、そんな言葉好きで言う人はいないでしょうから、これまでへの憤慨とそれを言わなければいけないという決意の上で、僕におっしゃった言葉だったのでしょう。大変ショックだったし、同じ過ちは二度と繰り返さないようにしようと今でも思っています。ビジネスであるからこそ、言われてはいけない言葉。
---------------中断
これは私も同じ思いがあります。
苦しんでいる人に銃口を笑って当てる人だというのを聞いたことがあります。(私ではない)たぶんそれもちかいのでしょうか。
ただし、ある種の商慣習では、「目の前に人が倒れていても素通りすることのできる人だ」ということを、成り上がりによって世界をリードするということとして「ほめて」使うこともあるんですね。板子一枚の商売である相場関係の人には、こういう人をリアルに師匠としなくても、心の師匠として慕う人が多くいたという経験をしてまして、私は良心の呵責に耐え切れずその人を疎遠にするしかなかったことがあります。では、その人はどうなったかというと、嫌う人が多かったのですが、財で相手の顔をたたく商売をして金で心証を買っていくことで、信頼を得ながらなくなったという記憶があります。
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褒められることにしろ、叱れることにしろ、それが意味を持つのは、自分の中に新しい視点を見出すことができるからです。なぜならば評価されるということは、体内に他者の視点が持ち込まれるということであるからです。「加藤君のデザインには体温がある」と言われた時は仕事を続けていて良かったと思いましたし、「子供の遊びじゃないんだよ!」と電話口に一喝された時は学生として仕事をしている自分の甘さをひた感じました。
ただそれで、調子に乗ったりしょぼくれたりするのではなくて、そういう強いメッセージを発してくれた人の視点を自分の内に取り入れて心に刻んでおくことが、「これから」のために重要な意味を持ってくるのであろうと思います。
個人で仕事をするということは、こう言った他者からの評価の繰り返しです。良いこともあれば悪いこともある。しかし、良きにせよ悪きにせよ、真剣なメッセージが自分に向けられて発された時は、真摯に受け止め自らの生きる糧となるよう心のうちに留めておくことが重要だと思います。
一人で悶々と考えていても引き出せないもの、他者からの一言で簡単に引き出されることはよくあることだと思います。
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結果的には、誰しもがいいといわれる評価を得る人物はその存在が欺瞞に満ちてるか、価値観が多様化することを認めない、統制的な世界でしかないのだろうな・・・と、私は悩むのですが・・・・・・・・・。
やる気の出る言葉には、どこかでだまくらかしが混入していることを前提で考えるしかなさそうで、毒くらわば皿までというのが、思い出されてしまうのです。

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