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酒は裏切らないとは

酒は裏切らないとはよく言ったものである。
芸人のウド鈴木はかなりの酒豪で、ビールを尿酸値の問題で焼酎にしたそうだが相変わらず飲んでいる。そこで酒が好きな理由を問われた時、しみじみ「酒は裏切りませんからねぇ~」との一言。
うんうん。とはいえ、ここでいきなり矛盾している。ビールを尿酸値の問題で焼酎にしたというときに「すでに酒に裏切られてるやん」ということではある。
長期計画を立てるのが全体的には人間は普通は苦手であり、できる人はそれなりの訓練を受けたり知識があるからこそできるともいえる。その意味では飲酒は量を考えるとまずかろうし、禁酒法はそこを人間の堕落と受け取った。しかし普通はそういうことを考える人は、必ずしも多くなく、短期的・刹那的には酒は飲める人を裏切らないんだよなあorz。
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将進酒             唐 李白
君不見黄河之水天上来   (君見ずや 黄河の水 天上より来るを)
奔流到海不復回       (奔流 海に到りて またかえらず)
君不見高堂明鏡悲白髪  (君見ずや 高道の明鏡に 白髪を悲しむを)
朝如青糸暮成雪      (朝(あした)には青糸のごときも 暮れには雪となる)
人生得意須尽歓      (人生意を得れば すべからく歓を尽くすべし)
莫使金樽空対月      (金樽(きんそん)をして空しく月に対せしむることなかれ)

天生我材必有用      (天 我が材を生ずる 必ず用あり)
千金散尽還復来      (千金を散じ尽くすも またまた来たらん)
烹羊宰牛且為楽      (羊を烹(に)て 牛を宰(はふ)り しばらく楽しみを為し)
会須一飲三百杯      (かならず須らく一飲三百杯なるべし)
岑夫子 丹丘生      (岑夫子(しんふうし) 丹丘生(たんきゅうせい))
将進酒 杯莫停      (まさに酒を進めんとす 杯 停むることなかれ)
与君歌一曲        (君がために 一曲を歌はん)
請君為我傾耳聴     (請(こ)う君に 我がために耳を傾けて聴け)
鐘鼓饌玉何足貴     (鐘鼓饌玉(しょうこせんぎょく)何ぞ貴(たっと)ぶに足らん)
但願長酔不願醒     (ただ長酔するを願い 醒むることを願はず)
古来聖賢皆寂寞     (古来 聖賢は皆寂寞(せきばく))
惟有飲者留其名    (ただ飲者(いんじゃ)のその名を留むるを有るのみ)

陳王昔時宴平楽     (陳王昔時 平楽に宴し)
斗酒十千恣歓謔     (斗酒十千 歓謔(かんぎゃく)を恣(ほしいまま)にす)
主人何為言少銭     (主人何すれぞ 銭少なしと言わん)
径須沽取対君酌     (ただちに須らく沽(か)ひ取りて 君に対して酌(く)むべし)
五花馬 千金裘     (五花の馬 千金の裘(かわごろも))
呼児将出換美酒     (児を呼びもちいだして 美酒に換えしめ)
与爾同銷万古愁     (なんじとともに銷(け)さん 万古の愁いを)


<通釈>
黄河の水が天上から流れ、
流れ流れて海に捨てられてしまう
見よ。宮殿の中で、澄んだ鏡に映る白髪の自分を悲しむ姿を
朝は、黒糸の髪が、夕には白くなる。
だから、生まれたからには楽しもう
黄金の酒樽を、ただ無駄に軒下に置かぬように

天がこの世に生せたのには、何かの理由がある
だから、もし大金を散財しても、またその金は戻るはず
羊を煮、牛を料理して、楽しもう
必ず、一つの宴会で三百杯を飲み干そう
岑君よ 丹丘君よ
酒を飲もうか。杯を止めないように。
君たちのために一曲を歌うから
どうか諸君、私のために耳を傾けて聞いて欲しい
豪華な宴席が貴いというのではない
ただ酔い続けることを願い、このまま醒めずにいたいと思う
昔から 聖人賢者というものは 皆寂しく忘れられるもの
ただ大酒飲みだけがその名を後世に残すのだから

三国時代、陳王(曹植)は、平楽で宴会を開き
一斗が一万銭もの美酒を、思いのままに楽しみ戯れた
だから、この宴の主催者の私が、金銭が足りないと言わん
酒を買って諸君に薦めるのだ
美しい名馬や高価な皮衣を持ち出して、美酒に換えよう
君らとともに消してしまおう。万年の昔から変わらぬこの世の愁いを

もっともこの時代の酒は今で言う甘酒に近いものという。蒸留技術が未完成だったかららしい。だから、大酒飲んだとしても、そこまでのものではないようだ。とはいえ、
「ただ長酔するを願い 醒むることを願はず」
「必ず、一つの宴会で三百杯を飲み干そう」
「美しい名馬や高価な皮衣を持ち出して、美酒に換えよう」
と本当にやっちまうとこれは依存症である。そもそも、李白は文献執筆までも、抜群の才能を発揮しるのだが、礼法を無視した言動もおおく、宮中で摩擦を引き起こし。讒言を受けて都長安を離れることになってしまった。同時代の杜甫は

李白一斗 詩百篇、
長安市上 酒家に眠る。
天子呼び来たれども 船に上らず、
自ら称す 臣は是れ 酒中の仙と
と雇用主(天子)に対し問題があったようだ。ただしこれは本当に職場の中で問題を抱えた可能性もあって、半ばヤケになっていた可能性だってありそうだ。
もっとも、この歌のようなことになっても、ある意味依存症だといえんことはなかろう。

この歌には変な記憶がある。
めったに酒を飲まない父親が(ターミナル駅でで郷里の旧友にばったりあったらしい)大層酔っ払って帰ってきて、家で子供たちを集めて「酒飲み音頭」を大声で歌うという暴挙に出たのである。ただし実は歌詞は同じであるが、旋律や曲調がまったく異なる上に、このレコードのでる2年前なのだった。
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さて、世の中には、ストレスで「パニック障害」をお医者さんから診断されている人に、意外とアルコール依存症も伴うということがあるようだ。不安を取り除きたくてお酒が飲みたくなるらしい。実際はこの2つは主従あるものではなくて、パニック障害もアルコール依存症も立派な独立した病気であろう。そこで彼の生涯を見ると、もしかしたら、李白も一時ストレスの海におぼれ、かくて酒を至上視していたのかもしれない・・・と私は感じたのである。

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