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リスクを伴う判断・行動

年始であります。

さて、くじ付き年賀状という射幸性の低いものが、身の回りにあるだろうが、そこから考えて・・・・・少し前のセミナーのおしらせ。
-----------------------引用
 人間が、報酬(得)のみならずリスク(損)の可能性があるギャンブルや投資を行う理由とは?
 リスクを伴う判断・行動は、脳のどのようなメカニズムから生まれてくるのか?作家の高橋源一郎氏の問題提起に、神経科学や神経経済学の専門家が答えるかたちで議論します。
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「ギャンブル、経済、脳科学」~人間はなぜリスクを伴う行動を選ぶのか~
1.日時 2009年9月12日(土) 13:00~15:30
2.会場 日本科学未来館 みらいCANホール 東京都江東区青海2-41
3.参加費 無料
4.プログラム 
 (1)「人間観察者としての問題提起」:高橋源一郎(作家・評論家・明治学院大学国際学部 教授)
『さようなら、ギャングたち』)でデビュー。『日本文学盛衰史』をはじめ多数の著書のほか、競馬や読書を題材にした評論やエッセイも多い。
 (2)「意思決定脳科学からのアプローチ」:坂井克之 東京大学大学院医学系認知・言語神経科分野 准教授
認知神経科学・神経内科専門医。医学博士。ヒトの心の働きの脳内メカニズムについて、脳画像を用いて研究している。著書:『前葉頭は脳の社長さん』(講談社ブルーバックス)『心の脳科学』(中公新書)
 (3)「神経経済学からのアプローチ」:西條辰義 (大阪大学社会経済研究所 教授)
専門はミクロ経済学、実験経済学、環境経済学など。著書:『地球温暖化対策―排出権取引の制度設計』(日本経済新聞社)
 <司会> 坂上雅道 (玉川大学脳科学研究所 教授)
博士(医学)。思考や意思決定の神経メカニズム研究が専門。著書:『脳科学と哲学の出会い ― 脳・生命・心』(共著)
プログラム
<作家・人間観察者としての問題提起>高橋源一郎 氏
<意思決定脳科学からのアプローチ>坂井克之 氏
<神経経済学からのアプローチ>西條辰義 氏
パネルディスカッション 「人間はなぜリスクを伴う行動を選ぶのか?」
--------------------終了
この答えを持っているわけでないが、人間はなぜリスクを伴う行動を選ぶのかといわれても、実際にはリスクのない生活を夢見ている場合って相当多いのではないかと思う。なぜリスクを伴う行動を選ぶ人がいるのか?という意見ならわかるのだが。
リスクを伴う判断・行動というと大きいのは賭博だろう。「賭事」と「博技」の合成語という話も聞く。「賭事」とは、偶然に賭ける種類のギャンブル。「博技」とは、賭ける人間の技量が勝敗を決する種類のギャンブルで、賭け麻雀、賭けゴルフなどが挙げられる。いずれにせよこの判別はむずかしくどっちが善でどっちが悪かといわれても難しい。世の中にはくじ付き年賀はがきもそうだという人もいる。日本では一般に「賭博」は刑法によって限定的にしか許されていない。
必ずしもそうではないのだろうが、趣味として完全に切り離すことができるひとが、小額を使うのは結構多い。意外と競馬場などのフードが旨いということもあったりする。一方、日ごろルーチン的業務で生計を立てているひとが、いい加減その生活に飽き足らないことからギャンブルに入るという人が結構いた。人の射倖心ということですかね。
健全な範疇では一過性の娯楽としてギャンブルを行なうのであって、この中で日ごろの不満を昇華したりするのは(私は、やってみてもできなかったが)あってもいいだろう。馬が大好き、ボートが競技として大好きとかいうのはこれまた判る気もする。問題なのはギャンブル依存症ではギャンブルを行なっている状態を維持するためにギャンブルを行ない続けることである。
但し、本質的にこれらは、賭博にはあたらないものの、賭博的な要素を持つものということもあるのではないか。
商品相場の先物取引や株式の購入など、通常であれば商品取引とか株式など投資のうち、信用取引や投機と呼ばれるハイリスク・ハイリターンな取引については、広い意味での「ギャンブル」に含むことがある。さらに、起業への支援という「確実にリターンが得られるとは限らない」ものも、「ギャンブル」とまでいわれる。このよう解釈をすると、元々ローリスクローリターンで長く収入を維持することが社会のコンセンサスとして成り立っている場合、投資という行為自体がギャンブルとみなされる場合もある。
かつて醤油にせよ酒造にせよ、このような醸造業は投資というには確実性の薄いものであった。リスク管理という行動がよめないものを無理に読むというところが求められる。そして日本人は堅実なものを更に磨き上げることを倫理的にもっとも尊重していた。従って相場というもの自体を忌避することは農耕民族でもきわめて特徴的な地域にある志向らしい。
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ただし、私は日常の仕事自体にきった張ったの修羅場を感じていた経緯もあり、それを考えると「生きること自体に修羅場があるなら、博打に費やす体力って残ってるのかな」と感じるのである。依存症という病気でないということかな。

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