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夏の日の思い出に

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慶大生が全裸で集団疾走=駅ホームなどで9人、撮影も-書類送検・神奈川県警  2009年10月13日(火)18時47分配信 時事通信
 全裸で駅構内を走り回ったとして、神奈川県警港北署と少年捜査課は13日、公然わいせつ容疑で、慶応大学の男子学生9人と「撮影係」の女子学生(18)を書類送検した。
 学生はいずれも1年生で広告学研究会のサークル仲間。「ばかなことをしてしまった」と容疑を認めている。男子学生9人のうち5人が酒を飲んでいたという。
 同署によると、学生は「夏の思い出になる映像を残そう」と、先月20日午前4時15分ごろ、紙パンツだけをはき、穴を開けて陰部を露出させた状態で、大学近くの商店街から東急東横線日吉駅に向かって疾走。しかし、「それでは面白くない」と、無人の同駅ホームに侵入し、全裸になって駅構内やホームを走り回り、改札前に並んで記念撮影した。通行人が目撃し110番した。
 一連の行為は、サークルの打ち上げで上映するため、女子学生がビデオで撮影していた。
 慶応大学の話 各方面にご迷惑をお掛けして申し訳ない。処分については各学部が検討すると思う。 
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ば・か・で・す・ね・え。(爆笑)ほとんどビョーキ(by 山本晋也氏)というのを思い出しました。
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男子学生9人のうち5人が酒を飲んでいたというなら、しらふが4人もいたわけで、酔っ払いの狼藉ともいえない側面がある。 但しまあこの時刻だと徹夜で頭がウニになるのもわかる。そして、広告学研究会のサークルとなると、のりという側面もあるのかなあと思う。ただ、いささかの知性は彼らには残っていたのだろうとはおもった。というのはまだ始発がうごいていない時間だからである。(日吉駅の始発は5時であるから改札には人がいない)
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まあ、「紙パンツだけをはき、穴を開けて陰部を露出させた状態で、大学近くの商店街から日吉駅に向かって疾走」というだけでも・・・。但しこの段階で誰が被害を受けてるかというと、近所の住民以外は「物理的には」とりあえずはいないようだ。(ここで問題なのは、心象的なショックから大学ののれん代まで考えると評価の定量化ができないことになる。)問題は、「無人の同駅ホームに侵入し、全裸になって駅構内やホームを走り回り、改札前に並んで記念撮影した」というのは、すでに私有地に立ち入った上に、安全上の問題を想起させるのだから問題にするならすることになる。この時点で通行人がいたのだろう。(コンビニが開いてるか)
しかも、「女子学生がビデオで撮影」していたことを考えると元々罪状という認識がまったくなく「洒落」というところになるしか考えが及ばなかったのかもしれないねえ。
とここまで書いたところで・・・・・
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全裸騒動でミスコン中止か  (夕刊フジ - 10月15日 17:04)
 慶応大学の公認サークル「広告学研究会」の学生がふざけて、全裸で駅構内を走り回った“開チン騒動”が思わぬ余波を広げている。現役学生のハレンチ行動に各方面から抗議が殺到。同研究会が運営し、有名女子アナの登竜門的存在である「ミス慶応コンテスト」が自粛されるかもしれないというのだ。同研究会をめぐっては、別の名物イベントでの問題行動を指摘する声も上がっている。(中略)
 この“開チン騒動”は大きく報じられ、大学側には14日までに抗議の電話やメールが殺到。事態を重く見た大学は、11月20日から23日に行われる学園祭での「ミスコン」開催自粛を検討し始めたという。
 同研究会は、1924年に創立。86年の歴史を持ち、「三田広告研究」という機関紙も発行している。ミス慶応コンテストは75年から始まり、今年で26回目。大学のミスコンのはしりとして知られ、都内の大学の中でも最大規模のイベントだ。在学女性4-6人の候補者の中から、公式ウェブサイトや大学前、渋谷109前などでの投票をもとにグランプリを選出する。入賞者からは多くの女子アナを輩出している。
 一方、同研究会は毎年夏、「キャンパスストア」と称する“海の家”の経営を行っているが、こちらでも問題行動が指摘されている。あるサークルOBは、「海の家を自分たちで建築、運営するという行事ですが、参加学生が不法投棄や騒音問題などを起こして近隣住民とトラブルになっていた」と明かす。
 今回の事件を受けて同研究会は公式ホームページを閉鎖したが、唯一残ったミスコン関連のHPでは現在も6人のミスコン候補者への投票を呼びかけている。
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学生たちが、自分で種をまいたとは言ってもいいが、やっぱり足を引っ張ることが正義という視点で、議論が外部から出されているのだなあ。しかもこれは広告というものの側面の一つでもある、情報というもののしっぺがえしというところがあるのだろう。
もちろん社会常識というところを厳密に議論すると、この行為の問題は一杯有る。そして社会常識というところが設定された場合それを厳密に守ること「だけ」がその人の使命・趣旨であるということも有る。各自の独自の視点というものが否定されている場合、これらの少し境界を逸脱した行為自体でさえ認めることは、社会への帰属意識がないという認識につながる。
けど、刃物を持って鉛筆を削ることをNGにし、刃物を持たせないようにしたら、刃物の扱いを知らないため普通に安全に刃物を使うことができない子供が多くなるるのと同じ感じもする。刃物のない明るい社会というのができるのなら、社会的にはそれで一時的にはいいのだがそれで思考がとまることがあるという前提を想起しているのだろうか。実際、刃物を使う仕事を若い人にさせられないという製造現場(果ては、集中厨房)もあるんだとか。
そして、「各方面にご迷惑をお掛けして申し訳ない。処分については各学部が検討すると思う。」と大学(しかもこの地に長くあり町の立地に関係が高い大学)が頭を下げるのは、日本風の仕切り方としてしかたがないにせよ、これで厳罰を大学当局がする(停学等である。催事中止というのは必ずしも厳罰とは言い切れない)ならば、非常に私はいやな感じがする。安全とか種々のノウハウを蓄積することで、少しでも危険のある行為を排除することが、個人の危険余地能力をなくさせている側面もあるからねえ。
こういうのを羹に懲りて膾を吹くのが失敗学の正当な成果であるとか、大学が自分の教育方針と社会のかかわりの中で作ったトップ-コミットメントのなかで、排除することを余儀されなくされているとか、本質を逸脱した枝葉末節とおもえるような意見さえ正義になるし、それを否定ができない環境になる。

まあそれにしてもだ、『洒落でんがな、洒落』なんて言葉が通用する世界は、空気が同じだからなりたつという前提があるが、すでに日本では意見の幅を極めて広いことが容認される都市部では、成り立たなくなっているのかもしれない。そして必ず誰かが言うのだろう。

『だれか止めるヤツはいなかったのか。』
と、かつて同じようなことをやった人まで口を揃えて。
ちなみに、今年は実施するようですがクラブは休止だそうで来年以降は微妙である

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