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品質の均質化

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AV不況もなんのその“@プレステージ”の戦略とは? R25 2009/1/22(木)
最近、あるAVメーカーが、コンビニで売られている成人男性雑誌の表紙を飾っているのをご存じでしょうか。その名は「@プレステージ」。
かなりよく見るこのメーカー。一体、どんな会社なのか? AVライターの大坪ケムタさん(注:@nifty:デイリーポータルZのライターでもある、硬軟書くフリーライターさん)にお聞きしました。
「プレステージは、2002年ごろに出てきたインディーズ系メーカーです。そもそも経営陣がAV畑の人間ではなかったらしく、それまでのAV界の常識にとらわれない戦略を打ったんですよ」
具体的にいうと、どんな戦略を?
「当時は、3人くらいの企画系女優の抱き合わせAVが主流でした。しかし彼らは、異常なほど面接を繰り返し、超カワイイ子を探し続けたんです。『登場するのは1本につき1人。基本、AVに出ていない子』にこだわったんですね。しかも内容は、女優が違うだけで構成がほぼ同じ。シリーズ作品によってフォーマットを固定したため、新人でも同じクオリティの作品が撮れる、というシステムを作り出したんです」
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そういった“一定のクオリティ”“女優のハズレがない”という信用を勝ち取り、売り上げを伸ばしたそう。にしても、なぜ、ここまでコンビニで見かけるんです?

「そこがすごいところです。彼らは、出版社に自社の作品の写真や映像を、他のメーカーではまずやらない激安値段で大量に貸し出したり、雑誌の企画で応募者全員にDVDをプレゼントしたりするんです。それだけ多くの作品を提供しておきながら、雑誌へのレンタル代をほぼ捨てるようなマネ、普通はできませんよ。出版社側としては、激安でレベルの高い子の画像や映像が大量に手に入るため、1冊丸ごとプレステージの特集雑誌を簡単に作れる。この状況に様々な出版社が続いているのが現状です」
徹底した質の向上、クオリティを一定に保つシステム、そして惜しみない広告戦略…。これは今晩、プレステージのビジネスモデルを研究するために、じっくりと観賞しなければ!
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私はプレステージ社にはお世話に成っていません(しかし、1冊丸ごとプレステージの特集雑誌というのは、それとなく見てみるとあるんですね)が、こういう徹底した質のある程度までの向上、クオリティを高くだけだけでなく高値安定ならずとも一定に保つシステムは、ハーレクインロマンスというレディース用大衆小説の商品化計画とまったく同じところがあります。そして経営的に儲かる駅弁の製造手法も似ているんですな。
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1968年、 ハーレクイン社はマーケティングの近代化で徹底的な市場調査を元に女性読者層の嗜好を割り出し、 理想的なロマンスの執筆要項を完成させ、それをベースラインにしている。
ヒロインがいい男性と出会い,その男性と結婚して日常生活の退屈さから解放され、豪奢でエキサイティングな暮らしを手に入れるという筋書きは、私にはちょっとつらいものがあるが、このストーリー展開の中に巧みに女性読者の嗜好を取り入れている。細かい点では個々の作家の創意工夫が加わるが、 ハーレクイン・ロマンスは、概ねどれも皆今述べたようなストーリー展開。文字通り 「型にはまったロマンス」であるわけだが、 ハーレクイン・ロマンスという商標のついたロマンスが金太郎飴が如く皆同じなのは水戸黄門の印籠並である。
型にはまったロマンスが飽きられず,多くの女性読者の絶大なる支持を得ているということもまた、水戸黄門に同じである。自分が熟知し, それゆえ安心して読み進むことのできる物語があるからこそ, ハーレクイン・ロマンスの存在価値があるらしい。
概して型にはまった小説類など何の面白さがあるのかと思うのは、どうも一般性がないようである。過度な革新がのるかそるかの大冒険ということは多いのであろう。
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残念ながら、形がきまってからこそ動くということもある。経営的に確実なというところ求める市場はどうしても存在する。
大手某社の駅弁は、正直いって、売る場所の立地は老舗だからいいのだが、味は今ひとつでたびたび槍玉にあがっていた。国会で話が出たぐらいであるし、不当競争防止が業界の新規参入による活性化を阻害しているという事例にあげられた。そして最近は自由競争の元美味しい弁当を出して・・・・ということをするかというかと思うと、さにあらず。おいしい弁当を出すのではなく、一定の味ではずれがなく、むしろ廉価でスケールメリットを生かし、機会損失の少ない在庫体制を旨にしている。
では、うまくない弁当を供給するのが企業として工夫をしていないのかというとこれまた疑問である。というのは万人が認めるうまい弁当を作ることはできるが、これを継続的に作るというのが実は非常に大変であるというのだ。更に「うまい」という概念が人によって非常な触れ幅がある(悪魔の証明に近い)ことからして、もともと弁当の味を追求するビジネスモデルは商売としては厳しく考えるというのは、残念ながら真理のようである。
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いやコンサルのような人的依存度の強い職務でもあるんですよね。
専門家という形で、ある一つのことを専門的に突き進む形の専門家という仕事はあり、そのために仕事一つで日本中を渡り歩くコンサルさんは存在するのだが、実はこのような仕事の場合、一時的に業務が集中したり、コスト的に見合わない場合でも社会的に断れないということがある。つまり内容が専門的に過ぎると均質な仕事をしていたとて、発注者側のレベルが均一でないから評価がばらつく傾向がある。しかも技術が社会情勢のなかで急に需要がなくなることも珍しくはない。
逆に、(勿論専門家しての実績はあるのだが)横に連携するという仕方を考える向きもある。こちらはあまり繁忙にはならず、見入りは大きくないのかもしれないが、「まあ、あの人に頼んどけば」というかたちで固定客層がつかめたら安定した(安値安定でもあるが)ニーズと、長い間の需要が得られる側面はある。(けどこれもまた仕事のきつさは変わらないが。)こちらは、欧米系のコンサルでは少ない動きらしい。

意外だったが、漫才などの演芸業界でも同じことがいえるらしい。
「さまぁ〜ず」は独特のツッコミが認知され徐々にその活動の場を広げているが、かれらがそれなりに出演や番組をもっているのは、いつでもどこでも一定以上の仕事が出来る中堅コンビとして見られているため、安全・安心という今の日本社会のニーズよろしくで評価されているのではというらしい。
同じことは「ハリセンボン」という女性漫才師にも言える。旨くて安くて品がよく安心という評があって、使われることになった(勿論当人らの力量は高いが)。だから、一人が災難にも結核に罹患し隔離されたときは、「安心」という項は抜けたようにみられたが、残りの一人が2人分がんばって顧客にとっての安心を低くしないことに成功した(勿論力量があるからではあるが)。
安全・安心の社会ということは日本の社会でコンセンサスを得られている。AVまでそうとは思わなかったのだが、安定したマニュアル発想が、品質という形で底堅い営業につながるというのも、なんだか面白い。逆にこの志向が株投資や相場への投資が少なく、貯蓄が増えてしまうというデメリットもあるのだそうだが、販売の手法のまでこの考えが大きく左右されているというのは、すべてこの前提で動く国ということで、社会資本の構築ということで、必ず考えなければならない志向と考える。

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