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芸人の生き様を見たような気になる

他人を揶揄する場合、愛情というバックグラウンドが本当はあるはずであろう。

え、いじめに愛があるかって?

いやそうなんですよね。ただし深慮遠謀で、この人間を真ん中においておきたいからいじめるという愛情の裏返しというのも時々あるのだろう。中学生ぐらいが同級生の女子をからかう(逆もあるが)というのも、時としてそういう側面があるというのはわからなくもないだろう。
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ただ、これは社会の中でどれぐらいまで揶揄すればこの人間は耐えられるかという境界線が共通認識としてあるからなりたつ側面がある。このように、同じ事を言っても相手にとっていじめのなるならいじめ、愛情に取られるなら愛情とう側面は、オフラインのコミニケーションがあっての事である。
微妙な話だが、いい男に触られたら痴漢でなく、中年の下心ありそうなのが触ると痴漢になるというたとえは、このことをあらわしてるのだろう。
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さて、シットコム(シチュエーションコメディー)は日本でも早くから行われている。米国由来で「奥様は魔女」なんかは有名だが、日本でも「スチャラカ社員」「てなもんや三度傘」というのがそれなりに有名である。これは関西の軽演劇の舞台中継から来ている。そのほかにも「やっぱり猫が好き」というのは著名だ。最近は舞台中継の撮ってだし仕様を用いた「ママさんバレーでつかまえて」というのをNHKがはじめた。
舞台中継由来のは、たまたま吉本新喜劇がこのシステムに、スターシステム(これはアニメにおけるスターシステムに近い。スターシステムは宝塚歌劇で既に当地ではなじみであった)を使って、固定概念を旨く使った演劇をTV中継していた経緯による。

ただ、この手の軽演劇は台本は骨子としてはあるのだが、そこに対する肉付けはかなり自由である。従ってシチュエーションは比較的固定されているが、商業演劇の中でも代演が利き、なおかつその個性を出すことが出来ることと、文士劇ではないが漫才師・コメディアンの余芸とアドリブの研鑽という側面もあったことから、独特のアドリブ披露と自己アピールの場になっていった。従って、この人でなければならぬという独自の芸(例えば女性の啖呵とか、お決まりの文句とか)が必ず入っている。
というのも、私の通っていた学校では、学園祭の披露内容が別に露店とかお化け屋敷とか展示だけでなく、舞台ものもあったからで、それなりに調べたり、専門家(近所に引退した漫才師さんがいた)に聞いたりしたのである。
一般的な演劇  /  音楽(ロックバンド複数)  /  『仮装』
でそれこそ新劇の台本でやるのが演劇で、音楽は当時のキーボード(アナログのすごいのを使っていた)であるのだが、仮装というのは学校創立当初は有名人の仮装行列を出し物にしていたのが途中から軽演劇に変わってしまったのである。そのためその場にあわせたアドリブというのが以下に貴重かということであるが、演じられる回数や客層によってこの肉付けがまったく変わってしまうのである。
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たまたま引っかかったYOUTUBEの画像。「てなもんや三度傘」の枠が今まで続いている。関東以外で中継されることが多い。
陣内智則(この番組ではメインである)が、離婚記者会見した日に録画したらしい。そのため、一流どころの役者、果ては後輩までにアドリブを振られ、いじられまくりである。同期辺りの藤井隆 小藪千豊 中川家は、まあ冗談という世界であるが、それでも、センターに立たせて話の真ん中に仕向けており、そこにのっかって彼も応えている。そして同僚がかなりのハードなネタで彼に振り、彼を前面に押し出しているのは舞台人として後押しをしていると解する。
彼ら関西の演劇人にとって見れば、自分のプライバシーを含めて格好悪い所をを洗いざらいさらけ出すことで、来たお客様に笑っていただくことは職務として非常にいい仕事である(関東の場合は、少しのプライドを出すことで違和感を与えて笑いに代える)わけで、隠すのは芸人としては本音を出さない暗いやつという所があるようだ。「ほんとのところどやねん」んて商人が相手の腹の探りあいをするのに対して、鏡面対象として認識されてるようだ。
面白いのは、大御所クラスになる、未知やすえ(この啖呵は伝承芸である。そのつっこみは「言葉のテクニシャン」とまで言われる至芸に達し始めている) 池乃めだかクラスまでが台本を守りながら肉付けで話を振っている。これは実は他の大御所ほどで出ないにせよ珍しい。(特に池乃めだかにいたっては心配そうに陣内を見る顔で目で仕事をしている)ところで、このことから劇団員が創意で彼を押そうとしているわけで、そういう場だから、演技者が笑っても、旨くフォローすれば許されるわけだ。(削除)

UPした人の言として『賛否両論あるかと思いますが、仲間がネタとしていじってくれるのも愛情だと思います。』と書いてあったりする。
(削除)
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ところで
「お前も男だったら、もう何も言うな。いいか、後ろめたいやつ、そんなやつに限ってよくしゃべる。黙っていることが勇気だ。沈黙は勇気だということを覚えておけ。そのうち身近な廻りからみんな分かってくれる。それでいいじゃないか、それで一巻の終わりだよ。もっと人生を楽しもうぜ。人生を謳歌しよう。」(池乃めだか)という長せりふ。台本にあったかもしれないが、直前で入れたのだろう。多分映画などのものまねのようだが、大御所のはなむけという側面もある、もしかしたらこの辺り、彼の離婚前夜になんかの激しい駆け引きがあったことを示唆しているのかもしれない。
見かけではいじりで、一歩間違えればいじめであるのだが、そうでないと言う心境のフィルターが物事の判断を全とっかえするのを考える好事例であろう。

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