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廃止でなく鉄道代行だろう

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JR東海:名松線・家城-伊勢奥津間を廃止へ  2009年10月29日 16時32分 更新:10月29日 20時30分
 台風18号の影響で一部区間の不通が続いている三重県のJR名松線(松阪-伊勢奥津駅、43.5キロ)について、JR東海は29日、不通区間(家城(いえき)-伊勢奥津(いせおきつ)駅、17.7キロ)を廃止し、バス輸送への切り替えを決定、地元自治体と協議を始めたことを明らかにした。JR東海発足後、同社が鉄道路線を廃止するのは初めて。
 今月8日の台風では、同線の39カ所で線路上に土砂が流入したり、盛り土が流れ出すなどの被害が発生。同15日から松阪-家城間で鉄道運行を再開したが、家城-伊勢奥津間は代行バスを運行、被害調査を進めていた。
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 記者会見で鉄道事業本部長は廃止を決めた理由について
▽険しい地形のため速度制限や雨量規制が厳しいこと
▽仮に復旧しても、台風18号以下の風水害で長期の運転規制が起きうること
▽周辺道路が改良され、バスの方が安全で安定した輸送を行えること
▽利用者の減少
--などを挙げた。28日、三重県や津、松阪市に考え方を伝えたという。
 地元の同意が得られ次第、国土交通省に同区間の廃止届を提出する。代行バスは現在、三重交通が1日11本(注:奥津行き6本、家城行き5本)を運行しているが、廃止後も同社へ委託するとみられる。

 名松線は1935年に全線開通。87年度には1日当たりの利用者は1670人だったが、08年度は同700人に減少。特に家城-伊勢奥津間は、87年度の同430人から同90人にまで減った。
 JR名松線の一部廃止について、三重県の野呂昭彦知事は「県としては、関係部局で現地を調査し、住民への影響など今後の対応について沿線の市とよく協議していきたい」とのコメントを出した。【山田一晶、田中功一】
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もともと名張と松阪を結ぶ計画だったことから名松線と名付けられた。伊勢奥津駅-名張駅前間の三重交通バスはこのなごりである。直通は1・2本だが実際は区間運転(途中で乗り換えになるダイヤ)で3本があるようだ。とはいえ元々考えていた、名張と松阪の交流は参宮急行電鉄(⇒近畿日本鉄道の一部)で達成されてしまい、その後林業輸送にシフトしたが・・・・というわけである。伊勢のこの地域は鉄道の改廃がかなりはげしいことはある。
この段階で、特定地方交通線第2次廃止対象線区に選ばれていたが、岩泉線とともに代替道路未整備を理由に廃止対象から除外された。これは沿線住民が意外と多いこともあり(2006年で6000人ぐらい住民がいる)並行するバスでは処理できないということなのだろう。コミバスに移管されている。
過去に災害による被害が多いことも特筆されることなのだが、鉄道だけが被害を受けているのではないことは注意するべきである。

1982年8月 台風による土砂災害で全線不通。翌年6月再開
2004年9月 台風による土砂災害で全線不通。10月再開。
2006年8月 家城駅に留置されていた車両が深夜に無人状態で逸走。
2009年4月 家城駅で車両逸走事故。6月から夜間留置車両の一部を松阪駅まで回送。また、この前から伊勢奥津着発の終車を家城駅までもってきている。
2009年10月 台風で路盤流出が生じ全線運休。のち家城以南は運行開始。

じつはこの間ワンマン化等でかなり人員面でも無理している。全線輸送でも家城-松阪の間は家が張り付き輸送量は下げ止まりになっている。家が張り付き出したのだが、以遠は減少が止まらないようだ。(地域の人口流出が止まらないようである)
一志 - 家城間の利用が意外と多い、これは、一志で近鉄線が近接しており、川合高岡駅で乗り換えて津方面に向かう学生の流動が、以前の高校の学区の関係で多い。名松線・一志駅と近鉄・川合高岡駅の間は150mほどしか離れていない。(また私立高校の存在も関係しているんだろう。反対に津方面からの通学もあるようだ)
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さあて、ここまで維持してきたのだが、ぼちぼち民営鉄道では経済効果を考えると限界に来ているという解釈なのだろう。そしてこの場合は経営責任上の考慮がされているというのである。
もっともこのための資料を出しているのだが、かなり言い訳に近いという解釈もとられかねないのが怖い。但し資料をそれなりに出そうという姿勢はあるのだろう。
http://jr-central.co.jp/news/release/_pdf/000006523.pdf
ところで、この文面をどう読むのかであるが・・・・
---------------引用
家城・伊勢奥津間(17.7km)について、急峻かつ狭隘な地形を走る区間であることから、これまでも多数存在する曲線・勾配区間でのきめ細かな速度制限や、降雨時には1時間あたりの雨量2cmでも列車抑止することにより安全を確保してきたところであります。
----------------中断
そー言えば年がら年中運転見あわせというのは出てたという記憶がある。
被災後調査を実施したがもう地域の被災状況から考えて、地形・構造物の制約、周辺部の地形の変形がが大きくなっているため、復旧したとしても安定した運行、安全・安定輸送の提供という責務を鉄道で維持するのに無理があるということらしい。
家城・伊勢奥津間については当面バス代行を継続していくのだが、JRバスの存在がないので三重交通に委託することになるようだ。ところが、この表現では「今後も名松線で行っている松阪・伊勢奥津間の旅客輸送を引続き当社が担っていく」といっている。これは、並行するバス路線からすでに撤退していることもあって、単純な路線移管には多分問題がある上に、以前からバスへの移管をすることに反対が多かったこともあるだろう。そのため、恒久的に鉄道をバス代行とすることで、少なくとも固定費圧縮を働きたいのだろうと思う。しかも、松阪・家城間は鉄道で、家城・伊勢奥津間はバスでの輸送 現行の運賃等の考え方は維持(つまり鉄道と運賃は通算する)わけだ。この形の代行運行はJRというか国鉄では士幌線の末端区間で事例がある。
1977年、糠平 - 十勝三股間の乗客数は集団離村のため一日平均約6人となり、1978年国鉄はこの区間の運行を休止し、上士幌タクシーによるバス代行輸送へと切り替えた。しかし上川まで延伸される免許があるため糠平 - 十勝三股間を「部分運休」とし運賃計算では士幌線廃止まで鉄道路線として扱われたがこれに近い形のものになると推察される。(なお私鉄では、京福永平寺線などいくらか事例がある。また横川-軽井沢間は路線的にはJRの廃止ということが先に来ているのでまた異なる)このため、厳密な意味では鉄道免許は廃止にせず鉄道代行とするものといえるため、報道はこの点を注意する必要がある。
私も、ここにはかなり前に行った事があるが、あの急峻な地形を考えると、運賃体系を維持して且つ運転時間も変わらない以上まあ仕方がないと思う。バス代替区間の利用客にはそれでも「乗り換えの不便」は残ってしまうのだろうが、これは乗客数から見ると乗り換えをちゃんとさせる考慮をするぐらいしか手がないかもしれない。
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ところがここで注意するべきなのは、確かに家城-伊勢奥津には美杉コミュニティバスというものがあることだ。一日5本ほど有る。(この路線は土日も運行・但し竹原・一志病院間は本数が減る。三重交通が運行委託されているようだ)HPには、「川上・奥津駅前・津市美杉庁舎前・竹原・一志病院」と書いてあるからわかりにくいが、三重県立一志病院は「家城駅」から徒歩10分(かつ地域のコミバスの集まるところ)でもあるわけで、駅に寄らないとはいえども完全にダブっているのである。(現在は竹原・一志病院間は無停車)
となるとこのあたりの路線整理をそのうちしなければならないと、中途半端になる。また、自治体の形成も変わっているわけで、見直しをしないとJRにとっても整理が付かなくなる。このあたりの計画をしっかり考えることの時間稼ぎに、とりあえずの代行輸送扱いは有効ではあるが、ちゃんと交通整理しなければ、全体の体力が衰弱するということは覚悟しなければならないだろう。

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コメント

こんばんは。
なんとなく、大糸線の南小谷から糸魚川間のことが思い浮かびました。この区間は一度だけ乗車したことがあります。ここも台風で長く不通になったことがありましたが、険しく地盤が良くないフォッサマグナ帯、しかも人口が希薄なこの路線が復活したこと自体、なんだか奇跡的なことのように思いました。

投稿: kunihiko_ouchi | 2009年11月 1日 (日曜日) 18時27分

>しかも人口が希薄なこの路線が復活したこと自体、なんだか奇跡的なこと
昔はスキーでよく乗りました。(関西から大糸線に入るのは北陸線経由は多かった)これは盲腸線でなく両端に線路がつながっていることが大きいと思います。また、JR東日本管内の大町-松本間はそれなりに乗客が多いこともあると思いますね。
(PS)2つの会社の境界で運賃計算に問題が出るとか、冬季に並行道路が閉鎖になるなどあるのかも。その点上の事例はその問題はないんかもしれません。、

投稿: デハボ1000 | 2009年11月 1日 (日曜日) 19時32分

基本は「乗って残そう名松線」です。名松線のバス代行区間のところまで折り畳み自転車を持ち込みながら乗って、駅から各観光スポットまで自転車で走行して行くアイデアはどうでしょうか?
いくら遠くても、徒歩より快適に行けるし田舎の移動手段としては重宝すると思います。何より「エコ」ですし(笑)
さすがに伊勢八知駅付近のダムは無理でしょうが。

投稿: 名無氏之助 | 2010年6月13日 (日曜日) 23時35分

その後の動向ですが、家城-伊勢奥津には美杉コミュニティバスが走っていましたが、これも休止してるものがあるようですね。
草の根としてはいいと思います。(別項ですがDCに自転車を乗せる余地があるかも)ただしそれは家城-松阪のルートを確実に維持できるようにするのが前提ですよね。
悩ましいのは、この地域全部「津市」になってるんですね。松阪に行くのは地域流動とは違うという恨みがあるんですな。
被災したエリアは地形の割には居住者が多いのですが、その実産業が衰退しており、若年者の移動志向の高い人が少ないんです。ご提案の内容は残存区域の維持には効果があるので、効果はあるのですが、休止区間の運転再開にはいけるのでしょうか・・・・

投稿: デハボ1000 | 2010年6月14日 (月曜日) 01時05分

最新(?)記事がありました。
http://www.chunichi.co.jp/article/mie/20100615/CK2010061502000016.html

投稿: 名無氏之助 | 2010年6月29日 (火曜日) 18時36分

JRが正しいとかではなく、まあこういう意見の差は想定されるでしょう。逆に言うと廃止一辺倒という論旨はJRには取れなくなってるようですが。

投稿: デハボ1000 | 2010年6月30日 (水曜日) 00時52分

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