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極東軍事裁判的視点でいいの?

極東軍事裁判的視点とざっくり言うが、これはこの歴史的裁判が全部茶番ということとは意味しない。極東国際軍事裁判は戦勝国が敗戦国を裁くという構図であったため、欠陥の多さがあり、「主義主張のことなった側からの単なる一方的な復讐儀式」という視点を感じてしまうのである。その中でも、たとえ部分的視点であってもオランダとフランス、イギリス領インド帝国の判事のように意見を言う人間はいたのであるが、ちょっとこの連鎖は私は我慢できない。だから、ニュルンベルク裁判的視点と言い換えてもさほど変わらないと考える。
もちろん下記は推測記事であるから目くじらを立てるのもあんまりという気もするけれども、このような議論がされること自体知らぬしらずに、われわれに偏った視点がなりたつのかなと思うのである。
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民主党政権で“血祭り”9社リストは、これだ!  2009.09.24   産経新聞社(夕刊フジ公式サイト) ZAKZAK
 日本郵政、オリックス…。民主党政権下で大ナタを振るわれそうな大手企業9社が経済界で注目されている。いずれも、連立3党の国会議員らが野党時代から問題視して情報収集を進めていた企業ばかり。与党となった今、蓄積した情報をもとに追及の勢いが一気に加速する可能性もある。
 新政権がまず血祭りに上げそうなのが、「かんぽの宿」売却問題などで大揺れとなった「日本郵政」だ。
 郵政・金融担当相に就任した亀井静香氏は、郵政民営化を推進した小泉純一郎元首相や竹中平蔵元総務相に反旗を翻して自民党を離党、国民新党を旗揚げした。郵政問題を一刀両断にすることがライフワークともいえ、郵政問題の追及は激烈なものになる。
 「西川善文・日本郵政社長の親族に重大な関心を持っている。もし、親族が旧郵政公社時代も含めた施設売却になんらかの形で絡んでいるとしたら、ゆゆしき問題だからだ」(民主党有力筋)
 亀井氏は金融担当相も兼務しており、西川氏の出身母体である「三井住友フィナンシャルグループ」にも追及が飛び火する可能性がある。日本郵政に三井住友出身者が集結し、「チーム西川」と呼ばれていたのは周知の通り。「かんぽの宿」売却問題にもこのチーム西川が絡んでいたとされる。
 「三井住友グループについては、金融危機で業績が悪化し、ゴールドマン・サックスに支援を求めたころから、民主党は金融当局とともに情報収集している」(同)というから、追及も厳しいものとなりそうだ。
 郵政問題の絡みでは、「かんぽの宿」を格安で一括譲渡されるはずだった「オリックス」にも焦点が当たりそうだ。鳩山邦夫前総務相の追及で売却は白紙になったが、民主党は当時、同社の宮内義彦会長の参考人招致を要求している。
 宮内氏は、政府の規制改革会議議長を務めるなど小泉純一郎政権に近かった。それだけに、小泉政権を特に問題視する民主党の格好のターゲットとなりそうだ。
 民主党ではこのほか、旧郵政公社の社宅だった物件を買収した「ミサワホーム」にも注目し、内部資料を精査している。同社は、小泉政権のブレーンだった竹中平蔵氏の実兄、宣雄氏が社長を務め、竹中氏の選挙応援に社員を動員したことが国会で問題化したこともあった。
 中小企業向けに金融サービスを手がける「日本振興銀行」も、民主党が長い間、「業務や財務内容が不透明」として問題視してきた。現在会長を務める木村剛氏は、小泉内閣時代に金融庁顧問を務めた。竹中氏とつながりが深く、“小泉チルドレン”の平将明衆院議員が振興銀の社外取締役に名を連ねている。
 銀行関係では、東京都の石原慎太郎知事の肝いりで誕生した「新銀行東京」についても「不透明な融資が多く、存続させる銀行か検討する必要がある」(民主党関係者)という。
 全国の農協の資金を運用する「農林中央金庫」は、リスク管理の甘さが指摘されている。先のリーマン・ショックでは証券化商品で巨額損失を出した。農中は前理事長まで歴代11人の理事長職をはじめ、農水省から多数の天下りを受け入れていることも問題視されそうだ。
 経営再建中の「日本航空」は今年6月、政府保証が一部付いた約1000億円の危機対応融資を日本政策投資銀行などから受けたが、民主党はこの融資を批判。現在進行中の経営改善計画づくりも民主党の厳しいチェックが入りそうだ。
 「キヤノン」は偽装請負問題をめぐり、御手洗冨士夫会長が民主党から参考人招致を求められたことがある。

★鳩山政権から厳しい対応を迫られそうな企業リスト
企業名 問題視されそうなポイント
日本郵政 「かんぽの宿」売却問題など
三井住友フィナンシャルグループ 日本郵政との関係など
オリックス 「かんぽの宿」売却問題
ミサワホーム 「旧郵政公社社宅」売却問題や竹中平蔵氏との関係
日本振興銀行 設立経緯や経営問題
新銀行東京 経営問題
農林中央金庫 経営問題や農水省との関係
日本航空 経営再建問題や公的資金活用
キヤノン 偽装請負問題や派遣切り

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たしかに、小泉政権はその考え方の基盤を新自由主義(neoliberalism)に求めており、その理論をベースに活動をしてきたといえよう。(後の安倍・福田政権はこれを継承し、現実に落とし込む段階で不整合を強いられたとはいえるかもしれない)
元来、新自由主義は市場原理主義の経済思想に基づく小さな政府が前提である。その結果均衡財政を最優先にし、
福祉・および公共サービスの縮小、公営事業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などをパッケージとした経済政策の体系。競争志向の合理的経済人の人間像、これら施策の典拠である市場原理主義

からなる、資本主義経済体制をいう。計画経済で企業の全てが事実上国家の管理下である共産主義とは極対軸の経済思想である。古典的自由主義の考え方を継承している面も有るため、新古典主義とも言うようだ。
反対に民主党はその思想を社会自由主義(Social Liberalism)に一方の軸を持っているという。これは旧新党さきがけの系譜と考えられる政治思想である。
個人の社会的自由と人権擁護を優先し、社会的公正が必要という考えから極度の貧富の差の解消や偏見・差別などを防ぐ制度的保障を重視。自由放任や市場原理主義ではなく政府による介入を含む方法で、個人の積極的自由の擁護、人権の視点から修正

もう一つの軸として、旧民社党が系譜になる社会民主主義(social democracy)がある。
自由競争市場経済を重視しながら、弊害や社会の非最適状態を予防・是正するために、政府が自由競争市場経済を監視・管理・規制・禁止・介入。市場経済と政府が介入する経済を併用。所得再分配を重視。社会保障政策で、所得・財産の大小にかかわらず、社会権を享受し生活不安を解消。

実際、その理論構築は異なるものの、政策面では社会自由主義と社会民主主義は近くなる場合も多い。まさにそこに中間層が入り込み今の与党民主党が形成されているのだろう。
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このように、基本的な考え方は実践段階にて長短があるが、それ以上にこれらの考え方を実践して完全に社会的な活動を安定化させていると確定できる世界各国の現象・現実は一つもない。どこも進行途中で整合を図っている段階である。ただ一企業がこれを実践するに当たって、企業がその社会的存在価値に鑑み、どの手法を選択するかを制御することを社会がするべきだろうか。従って一企業が社会自由主義を志向するか新自由主義を志向するかを制御するのは、企業自体の志向性であって、そこを制御すること自体も新自由主義から離れ、社会自由主義と社会民主主義の志向なのである。
過去の事例を研究していく姿勢は肯定するとしよう。私が気にしているのは、それを企業の判断基準の歴史にしたり過去の遡及をもって懲罰的行動を行なうというのはいかがなものかという点である。確かにナチスドイツのような行動だとトップの責任が皆無とはいえないところだが、人権侵害が直接的殺傷に至らない場合、その法規を施行前にさかのぼって改廃する行動が、政府の連続性の中で容認されることがもしあるなら、政治が党利党略に直結する事例に化けるわけである。
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もっとも、新自由主義による民営化がうまくいくのは運用面での技術しだいである。そしてこれの運用の成功事例を世界に事例で明らかにしたのは、有る意味日本であることを考える必要がある。

交通の分野で新自由主義を民営化による成功例を世界で明らかに最初に創出したのは、JRによる国鉄の解体であった。上下分離(軌道管理・資産管理企業と、運転輸送部門を独自企業にする。どちらかが公共企業体ということも多い)というのはそのまえにアムトラックの事例もあるが、公共交通は公共性が高い上に生活権に関連する中身もあり、公的資本が入ることが前提なのが欧米である。アメリカの場合でも近郊鉄道やインターアーバンのうち残ったものは公営交通や日本で言う第三セクターに近いものになったいた例が多い。(今に残る有名なインターアーバンはインディアナ州北部通勤輸送公団サウスショアー線(Northern Indiana Commuter Transportation District, South Shore Line)である。ここも1989年に運営会社が破綻した過去を持つ。このほか、フィラデルフィア・サブアーバン・トランスポートの由来の路線である、南東ペンシルベニア交通局 (Southeastern Pennsylvania Transportation Authority)ノリスタウン線ぐらいである。LRTはむしろ、ずーっとおそい時期のものである)
かくのごとく、自動車輸送などを前提としたなかでの公営交通では、鉄道は都市部の稠密な立地、固定化した中距離輸送以外は、旅客輸送は経済性も含めかなわないというのが世界の趨勢だったが、こと日本では電機技術の導入や自主開発もそれなりにされていた。運営会社が、輸送需要の喚起を兼ねた経営多角化にアメリカの企業(この事例はすでにあった)以上に積極的に取り組んだ。長期間に渡って鉄道業と共に安定的な発展を成し遂げ、高い知名度を得るのち、鉄道業のみに留まらず、交通業(しかも航空事業までかかわる企業もあった)・不動産業・観光業・マスコミ業(演劇や放送局)・流通業・商業とコングロマリット化する経過をたどる。(それこそ「ゆりかごから墓場まで」なんていう話も聞く)このため、他国に対する反例があったのである。(ドイツ・スイスには地方鉄道という形で私鉄が存在するが、コングロマリットというよりは地方鉄道で、経営の健全性はそこそこともかく、自己資本にはそこまでは大きくはない。公営鉄道は国鉄以外にも存在する。)このことが、鉄道以外の事業に対する骨格事業として、鉄道が付帯事業のベースの形でなりたつという視点で民営化の成功事例(とはいえその波及内容は労働市場を以降混乱させ続けている負の中身が有ることも事実)を見いだしたといえよう。
ところがこれが仕組さえちゃんとすれば、こういう経営改革はあるということを明らかにし、各国で鉄道関係のJRと類似した事例が続出した。また同じようなことで、ドイツなどは郵便事業にも同じことが図られる事例があった(こちらは民間輸送業者のスキームが各国にあったわけで、さらにイメージができやすかったのだろう)

ただし、その運用を間違うと悲惨なことになった事例もまた多い。しかも、これらの悲惨な事例は、当初隠蔽されていたという見方より、時間がかかってからわかる問題だから、やらない以上問題点は顕在化されない。
英国鉄道はそのむかし私鉄だったものまとめた経緯がある。そこを改めて改革するべく民営化に回帰し、地上設備会社と複数の車両運行会社に上下分割された。ただしそこで利益を生む会社となることが期待され上場という形をとることが、逆に公共性と相反することになったようだ。運営上利益を優先し施設管理への投資を怠う、まずい分割民営化のやり方で、運行のはなはだしい混乱と、重大人身事故多発で経営悪化・破綻した。今は公的性格を強め利益が生まれても鉄道網への再投資に用いる経営上の制限を加えた企業に引き継がれた。
また、ニュージーランドは、小泉構造改革を先取りする形で、1984年より大胆な規制緩和・民営化政策を行った。そしてその運用では非常にいい評価を与えたことが、その後の世界の民営化移管を促進させた。21の国営企業(電信電話、鉄道・・・(鉄道営業は民間企業)、航空、発電、国有林、金融など)の民営化(この国は人口も多くないので、結果的には多くが外国資本に売却ということに結果的になった)大学や国立研究所の法人化、学費の無償から負担型にと変革した。保護規制撤廃、外資導入、許認可減少と官吏削減は政権が変わっても行なわれた(ということはこの手法が国民から短期的には支持されていたことは、事実であろう)。このため、経済発展、財政健全化にはなったものの、しばらくしてふと見ると、この過度といえる移行の反動が時間がたつにつれ貧困拡大・医療崩壊・一部の企業の経済的独占・人材海外流出というかたちになって、『国富みて民滅ぶ』の側面が出てしまい、国民の意欲低下が顕著になってしまった。そこで今は回帰するような政策を行ない始めている。
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いい自動車でも運転技能が継続的によくないと、結果的にいい乗り心地にならないことがある。いい乗り心地をしたところで、他人には道路マナーがよくないといわたりすることもある。いい乗り心地を得るためには、いい自動車(ハード)といい運転技能(ソフト)ともにそろわないといけない(AND条件)のだから、このあたりの要因をしっかり見極めないで判断する行為は問題なのだが、首記の記事のようにフレームワークの構築(新自由主義による民営化)の是非を、全体のアウトプットの判断(しかも基本的視点を変えて)行なうのは、結果あってそこに判断を収めたという視点にならざるを得ないし、そう見えた段階で判断する行為の意義が埋没する。
しかもその要因分析を(よしんば中途段階でおこなったとしても)あやふやな手法で行なう以上、たとえば郵政民営化を今度はもとの公設化にするにしても、それを管理する(当面の)社長を選任すること自体が成り立ち得ない。傀儡的位置付けならあろうが、郵政会社に投資していた国内企業に対しては、協力を得ることは難しかろう。社会資本主義の場合企業からの出資を期待するのは、かの「奉加帳方式」ぐらいしかなくなる。
このあたりの機構をどう「恣意をできるだけ出さないように」する設計を、誰か意図だけでもしていない限り、「主義主張のことなった側からの単なる一方的な復讐儀式」という視点でしか、社会は評価しないと思うのである。よしんば郵政民営化に不満だった従来の人のかなりの部分に対する視点でも。
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参考:そんなに「金融資本主義」が嫌いですか?我々は何に対して怒っているのか
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090918/205198/?P=1

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コメント

郵政民営化は、ご指摘の通り、新自由主義の政策の実験場となり、完全に失敗しました。報復ではなく、立て直すことが大切です。巨額の国民資産の流出が行われていますが、まだ、回復可能でしょう。

投稿: Orwell | 2009年9月28日 (月曜日) 08時27分

>報復ではなく、立て直すことが大切です。
どうもその点がなかなか言われないことですねえ。瑣末な議論で事たれりとしてるのではと。
なお、郵政民営化自体は世界の先行事例は多く、それを無批判に学習したのが日本の手法ということは注意する必要はあります。(資産処理の問題は問題ですがね)
稿を改めるべきですが国民資産の流出は郵便貯金だけの問題どころか、日本の金融業(特に貯蓄銀行業務)全体の問題と考えます。
郵便民営化の道は非常に問題ですが、では金融鎖国ができるのかまで考えると、靴の底から足を掻いている議論しかまだあがっていないという見方もいえるとおもっています。

投稿: デハボ1000 | 2009年9月28日 (月曜日) 21時48分

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