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理系7割,文系3割

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理系7割,文系3割の「技術目利き集団」  2008/12/04 19:52  池松 由香=日経ものづくり
 経済産業省主催のある会合で,創業支援推進機構で理事長を務めておられる紺野大介氏にお会いしました。同機構はいわゆる「新技術の目利き集団」。ベンチャー企業や中小企業,大企業が事業化を目指す新技術を客観的に評価して,必要であれば事業化のための資金調達や経営者のあっせんまでもサポートします。興味深いのは,その目利きの仕方。会合ではお話をうかがう時間がなかったので,数日前,別件で取材したいというデスクと共に紺野氏を訪ねました。
 目利き役を務めるのは,大手メーカーの元技術系役員や元事業部長,大手メーカーの現役幹部,事業経験のある大学教授などで,専門分野も多岐にわたります。紺野氏によると,彼らは,ほぼ実費のみで同機構の活動に参加。8年前の創業当時は約80人だった目利き役の数も,今では約950人に上るといいます。
 技術評価の手順はシンプルです。まず,評価してもらいたい技術を持つ個人や企業は,同機構の会員になります(個人の正会員で入会金5000円,年会費1万円・・・ほとんど事務処理コストで消えてしまう金額です)。そして,技術の評価を依頼。同機構の事務局で「これは評価対象になる」と認められれば,前述の専門家集団から案件に相応しい目利き役 5~10人が選ばれ,「技術・事業評価委員会」が開かれます(目利き役1人1回あたり約5万円の実費が必要になります)。依頼主はそこで,新技術のプレゼンテーションをするのです。
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 紺野氏のこだわりは,目利き役を選ぶときに「理系7割,文系3割」を心がけていること。(注:これは大学の専攻を聞いているのではもちろんない)理系の専門家は主に技術の良否,文系の方は主に事業性・将来性の有無を見ます。さらに,理系は理系,文系は文系でも,経歴や専門分野が多様になるように選出するのだそうです。例えば,機械部品の新技術なら「基礎物理」「応用科学」「マーケティング」「製品開発」などの専門家を招集します。こんな「横串集団」を形成すると,1分野の専門家が集まった場合では想像もつかないような結末を迎えることが往々にしてあるのだそうです。例えば,こんなケースがありました。

 依頼主は「既存製品に比べて圧倒的に性能の高い製品を,既存製品よりも低い価格で提供できる技術を開発した」というプレゼンテーションをしました。10人の目利き役のうち,技術系の専門家は全員,「これは素晴らしい技術だ」とゴーサインを出しました。提供された情報を元に計算をしてみると,確かに既存製品よりも安い価格で市場に提供できると考えられたからです。ところが,事業戦略に詳しい専門家が「待った」をかけました。
 実は,その製品の世界市場はA社のほぼ独占状況にありました。そこで,その事業戦略の専門家は依頼主にこう聞いたのです。「A社が100ドルで売っている製品よりも優れた製品をあなたが99ドルで販売したとしましょう。そうしたらA社は次の日,50ドルで販売すると思いますが,どうしますか?」。依頼主と技術系の目利きたちは再び計算を始めました。そして,こう答えたのです。「大丈夫です。49ドル50セントでも利益を出せそうです」。
 ところが,事業戦略の専門家はまたこう言いました。「あなたが49ドル50セントで販売した次の日,A社は30ドルに価格を下げるでしょう。要は,あなたの息の根が止まるまで,彼らは価格を下げてくると考えるのが妥当なのです」。その時,依頼主だけでなく技術系の目利きたちまでが「ビジネスの世界はそんなものか」と目を丸くしたといいます。

 当たり前ですが,横串集団をつくることで得られる利点は,1分野で形成される集団よりも視野が広くなることにあります。これは,企業の中でも同じ。多種多様なバックグラウンドを持つ人材を集めて議論すれば,より信頼性の高い結論が導き出せると考えられます。加えて,その横串集団に参加したメンバーの一人ひとりも,互いに刺激を与え合うことで視野を広げられます。紺野氏のこだわりからは,企業が学ぶべきことも多いように感じました。
 ちなみに,創業支援推進機構には,今にも倒産しそうな中小企業の経営者が,画期的な技術を携えて「売りたい」と相談に来る例もあるのだそうです。そして,悲しいことに,そういった技術に目を付けるのは海外の投資家たちだといいます。このあたりの話は,私と一緒に取材に行ったデスクが2009年1月号の日経ものづくりに記事を掲載する予定です。
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技術畑で来た人は、理想は物事は論理的な推論で成り立つ事が多く、それがある程度ストーリーが成り立つ事によって物事が構成されると思うものだ。私も基本的にはそうだとおもうし、それがある程度成り立つ社会もある。ところがあくまで自由社会の中での議論であるが(つまり計画経済ではなりたたない)統制というものよりも、個人的なモチベーションというものが先に立つのが意外とおいのである。こと本邦では。
あくまで概してであるが、技術系の経歴を持って経営(これは別に企業だけでなく国家でもある)にあたる場合、あくまで論理的に議論を進め、その上に感情による触れを重畳していく手法があろう。逆に感情の触れの中に議論がある法学・文学の素養の仲にある人には、これらの見かたとは異なり、感情による触れを前提にして、その中で推論に論理的思考を使うのではないかと思っている。
例えば上述の話もその見方にある。
依頼主は「既存製品に比べて圧倒的に性能の高い製品を,既存製品よりも低い価格で提供できる技術を開発した」というのは論理的合理的思考に基づく所作が支配している。この上で見ると、技術系の専門家がゴーサインを出す。これは一つの事象に対して確実な解を出したことになる。提供された情報を元に計算をしてみると,確かに既存製品よりも安い価格で市場に提供できると考えられたときことは論理的所作に基づくといえる。
さて、事業戦略に詳しい専門家は感情による触れを意図するものであろう。
 「A社が100ドルで売っている製品よりも優れた製品をあなたが99ドルで販売したとしましょう。そうしたらA社は次の日,50ドルで販売すると思いますが,どうしますか?」。依頼主と技術系の目利きたちは再び計算を始めました。そして,こう答えたのです。「大丈夫です。49ドル50セントでも利益を出せそうです」。
 ところが,事業戦略の専門家はまたこう言いました。「あなたが49ドル50セントで販売した次の日,A社は30ドルに価格を下げるでしょう。要は,あなたの息の根が止まるまで,彼らは価格を下げてくると考えるのが妥当なのです」。
これは利益度外視という形で、現象とすれば焦土作戦というものとも解せられる。
焦土作戦は、防御側が、攻撃側に奪われる地域の利用価値のあるものを破壊し、その地の利用価値をなくして攻撃側に利便性を残さない戦術及び戦略の一種。退却する攻撃軍が追撃を遅らせるために施設の破壊をすることもある。満州国に侵攻したソ連軍に対し、放送局を爆破したのは有名な話である。
焦土作戦と呼ぶ場合、民間人の家屋や田畑はおろか、町そのものや自然の山林まで焼き払う。兵法においては、焦土作戦が最大限の効果を発揮するのは寒冷地域や食料のあまり豊富でない地域であり、自然林の豊富な熱帯地域では意味をなさない。
この用語は経済界において、敵対的TOB対策としても用いられる。具体的にはニッポン放送のTOBに関して資産を移動することで上場(当時)していた企業価値をなくしたのが有名だが、このためニッポン放送は有能な人材を手放す(GR内という場合も多い)ことになってしまった。
勿論見方を代えると消耗というのもある。大阪-名古屋の間の関西(かんせい)鉄道(現在の関西本線)と官営鉄道(東海道線)の競争のような消耗戦でもある。現象は異なるが、その意味合いは生き残れれば何とかなるという世界である。
名阪全通に伴い、官設鉄道との間でこの区間の旅客・貨物の競争が始まった。関西鉄道は、昼行1往復・夜行1往復で料金不要の急行列車を設定し、昼行:下り5時間34分・上り5時間16分、夜行:6時間41分・上り6時間3分で走破した。この時、官鉄の下り急行列車は名古屋駅 - 大阪駅間において昼行:6時間4分、夜行:5時間20分で走破し、運賃も同額の1円21銭で互角であった。
明治35年、官鉄の同区間の片道運賃が1円77銭・往復運賃が2円30銭だったのに対して、関西鉄道が往復運賃を2円(片道は1円47銭)に値下げると、官鉄は値下げし、往復運賃が片道運賃を下回るという事態になった。関西鉄道もすぐさま往復運賃を1円50銭に値下げし、小物のサービスで競争は泥沼化した。一度は調停・和解が成立したものの、翌年関西鉄道側が一方的に協定を破棄する形で競争が再開され、同鉄道は片道運賃を1円10銭・往復運賃を1円20銭とし、弁当などもサービスする有様となった。当然過当競争状態であったが、関西鉄道はほとんど「やけくそ」で、関西鉄道の社長は倒産も覚悟し、「どうせ潰れるなら官鉄を潰してから」といったと言われる。この競争は、日露戦争が勃発したことで輸送が軍需優先となったため終結した。

かつて、私がガソリンスタンドの技術開発に関わっていた頃に聞いた話である。この業界は外資系と民族系の企業が並立しているが、ガソリンスタンドが過剰になったときに、外資系はドラスティックに集約化(撤退するが顧客の集約化を意図)するのに対し、民族系は縮小しながら合理化する方向性を選んだ。
外資系の元売さんに行く営業は、先で「日本人は収支が真っ赤になって居ても、社会のためと称して、借金で首が回らなくなってしまうまで自分の商売に固守する。合理的でない。」といわれ、一方民族系のところでは「外資系の撤退で商機が失われている、このときに業態転向をしたら過去の蓄積・信頼・ノウハウが失われる。外資系は培ってきた信頼やノウハウをなんで一挙に廃棄するのかがわからない」といわれる。この経緯で業界がかなり血なまぐさいことになったのも記憶がある。
合理主義があり、論理性があり、その上で過去の蓄積・ノウハウ・暖簾というブランドイメージがあるのだが、これらの評価は感情によるものである。(外資企業が独自ブランドで日本国内で成功するのが相当難しい、しかし施工すると一躍有力になるという難しい采配を強いられることを感じ、撤退する事例は実はすごく多いのである。反対に本国で合併でなくなったブランドが日本では残さざる得ないというものの実は多い。ミスタードーナツとか)
このように感情が支配する世界が合理主義に勝る側面があるというのは、その国の政治家が理系か文系かでわかるという見方がある。(ざっくりした見方だが)
日本はこのかた総理大臣には、技術者という場合は少ない(田中角栄(土木)氏と鈴木善幸(漁業))ぐらいと思われる。この傾向はアメリカもそうらしい。ところが中国はこのところは全部技術者の経歴を持った方になっている。これはなにか示唆的なところを感じる。政治のもつ役割と使命の差を感じるのだ。社会の政治に対する要求が感情をコントロールする調整型なのか、業務を指示し指導監督することを意図するのかの違いかな。

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コメント

こんにちは。先日のロボット学会で「理系より文系の方が生涯賃金が高い」というような報告があり、どのように調査したのか不明な点もあったので、技術者はそのような発言はしないほうがいいと、他の方に言われていました。これは企業の例ですが、大学の教員などは給料をもらえるようになるのが30歳くらいなので、確実に下がるでしょう。特に国公立では。

投稿: KADOTA | 2009年9月23日 (水曜日) 19時59分

>「理系より文系の方が生涯賃金が高い」
俗説ではそうなのかもしれないですが・・・
実際理系の人でも、才覚を生かして文系的な議論をする人はいますねえ。そのような背景を考えていっているならですが、どうもその点薄い気もします。

投稿: デハボ1000 | 2009年9月24日 (木曜日) 07時27分

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