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男女の友情はあるのか

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安田美沙子が浮気?城田優以外の男性と一夜… スポニチ 2009年06月26日
 俳優の城田優(23)と交際宣言したタレントの安田美沙子(27)が、別の男性と親密な様子を、26日発売の写真誌「フライデー」(講談社)にキャッチされた。
 同誌によると、今月、山本梓(28)らタレント仲間とともに男性たちと都内で会食。合コンのような雰囲気の中、男性の1人とその後、自宅マンションに入ったまま2人で一夜を過ごしたと指摘している。安田の所属事務所は「本人に確認したところ、その男性は“女性に興味のない方”で恋人(城田)も知っている共通の友人です。朝まで飲みなおしただけです」と説明した。
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まあこれはこういうものでしょうね。まあ詮索するのも賢明な行為とも思えんし、安田美沙子も年齢を考えるとわからなくもないしねえ。しかも、“女性に興味のない方”というのは、モデルさんやそのスタッフには実際いそうだしねえ・・・・これ自体はヒマねたです。
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ただ、そこからこういう話が出てきた。

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安田美沙子、男女の友情大事  - 2009.07.01 11:00 ココログニュース
先日、交際中の城田優とは別の男性とのお泊まりをスクープされた安田美沙子が、自身のブログ『ミチャエル』に「本当のこと。」と題して想いを告白した。一部報道で、相手は女性に興味のない男性という情報も出ているが、本人にとっては男女という性別の違いを超えて頼りにしている人だという。
ブログには「これからも、たくさん会うと思います。一生、守らなければいけない大切な親友です。」とあり、本人にとっても意を決した発表だったようだ。コメント欄には、「芸能人として、彼氏のいる存在として、もう少し慎重に行動すべき」という意見の他に、「男女の友情、大切だよね」や「私の家にも泊まりにくるからわかる」「そういう相手がいて幸せ」など、同情的な意見も多く見られた。安田のストレートなメッセージが、ファンにも響いたかたちだ。
最近では、芸能人が自身のネガティブな報道に対して、公式ブログでコメントしたり釈明を行ったりすることは増えている。公式ブログは、本人が直接的な言葉で語ることができるので、ファンに向けてメッセージを出しやすい。一方、その芸能人を信じたいファンにとっても、そこで扱われる言葉は重要なものとなる。だからこそ、書き手側に嘘があってはならないし、安易に自身を正当化する手段にしないことは大切だろう。ファンを育て、ファンに育てられる「公式ブログ」であってほしい。
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まあこれ自体はたいしたことは書いていないのだが。確かに安田美沙子が書いた意図がなにかが読めない以上こういう表現になってしまうのは仕方がなかろう。「私の家にも泊まりにくるからわかる」というのは、本当に真剣な話だけを男女でしていたのは、じつは若い時代の私もある。それを思い出すと、男女が一緒だとすぐそういう想定をするのは、短絡的だと強く思うのである。

さて、たしかに、男と女の友情は成り立つのか……といわれると、考えてしまう。これがそもそも話題になることは、酒の席では割りとあることかも知れないですね。
男女の友情は成り立つといっても、かなり微妙なバランスの元の成り立つものともおもうし、このバランスの難しさを考えると、現実には成り立たないと主張する人が多いのも事実。もちろんこのようなところは姿勢面を注意する必要がある。男性でも女性でも「異性として意識できる相手じゃないと友達になれない」と言う人も。この場合、いずれ恋人へかわることが前置条件だとか混然としてるようですな……。反対に、成り立たないと言いながら異性の友達が多い人、というのも結構いて、これはその人の魅力という側面が混在するのかもしれぬ。
私も、男女の友情は成り立つと思ってるが、その技量が極めて難しく、また第三者評価が難しいものともおもう。ただし、一般的な言い方になるが、世の中の半数は女性であり、事象のジャッジメントをすることも現代日本ではほぼおなじ機会がある。すなわち、社会生活を営む限りは、(結婚をしてるか否かにかかわらず)考えなければならないのでしょうね。

男女の友情が成り立つと考えている人は、実際に友情を育んだ異性の友達がいたり、性別を超えた人間同士の関係の築き方を経験したからいっているのだと私はおもう。女を意識するかしないかは別だが、「人と人との付き合い」で友情を育むことを主にしているという。
まあ、恋人同士の関係から別れて友達関係(元カレ)になったり、過去に肉体関係を持った相手でも今はいい友達だったりというのは、つい節操がないとか見られやすい。この場合は、自分の感情を最優先し、相手を決まったタイプに絞らず、好きな異性にしろ人間にしろ幅広い付き合いをするのではないか。
そのほか、ごく限られた範囲ではあるがセックスフレンドというものもある。恋人でもなく浮気・不倫でなく、女/男を意識するわけでなく!、あえて性交のみの関係として付き合う人たちを知った。其のバックボーンを理解するのに苦労が相当必要だった。これには別の見方もあって、産経新聞によると、浮気の出現率は先進国では米国が男性が3.9%、女性が3.1%、英国7.3%対3.5%、フランス3.8%対2.0%、イタリア3.5%対0.9%とか。性差のないのは米国の特徴らしい。(日本の統計はない)ただし日本もそうなのだが、英国では昔は同一相手との愛人関係は平均3年、現在は6カ月間という。いずれ数週間か数日に短縮されると考えると、まさにパートタイムラバーで、下手するとセックスフレンドとどう外見上異なるのか・・・と憂う。
ただしもっと一般的な世界の中でも、最近見ていると、離婚してからのほうがいい関係を持って、同居こそしていないでも、パートナーの関係のほうがいいという場合も結構私の身の回りにもある。当然、私はそれを遂行する気はなく、見方では偏っているだろうが、仕事もしたい女性も従来のように隷属的に「奥さんはパート」という形で仕事するのでは、給与で納得できない以上に、仕事の中身でも納得できないこともあるからか、その関係のほうが子供のためにも(つまり子供の世話も応分の負担があって)いいということが認知されていたのかも。

反対に男女の友情は成り立たないと言う人ほど、相手や自分の性や性差を意識しているのかなともおもう。
建前上、異性の友達がいても、友情までは築いたことがないなら、相手を異性として意識し、自らも異性としてのセックスアピールをしながら接しているのかもしれない。良識を重んじる傾向が強く、物事を何でも明確にしたい場合、感情を理屈で片付けようという場合があろう。
仕事でもそうなのだが、実は私の仕事で一緒に活躍してくれる人は、今はやりの言葉なら「肉食系」なのか、割と自己主張を明確にした上で、引く所は引く、押す所は押すという形の人が多い。そしてこういう人が、意外と仕事の上ではタッグを組むにいい人になる。勿論、(相手の家の事とかあるし、ライフスタイルを占領できないから、当然節度を保つが)軽い食事などは、沢山の人とですることがある。(李下に冠を・・・・ですし、邪念がないということも前提である)ここで確実なことは「性差を意識しない中に意識する」所で、相手の習慣にもよるが、話にはそれなりの配慮をするところなのかもしれない。
これは反対に、相手が女性らしさ自体が自分のセールスポイントと考えて(ないしは、無意識にそういうところがあって)と言う場合には、当人に認識を持ってもらうように示唆するわけにも行かず、悩ましいことになる。
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私も、決して恋愛経験が豊かとはいえないが、女性であることをことさら強調する上で、だからジェンダーフリーであるべきという論旨を出されると、はたと困ることが結構ある。仕事だったり、飲食業だったり、きわめ付けは社交さん(接客業)のなかでも、あからさまに女性らしさを売りにするような挙動をされ、(たまーにならまだいいのだが)これが頻繁に過ぎると、どうも私は苦しんでしまうのである。

まあ、答えの無い質問ではある。存在する人には存在して、しない人にはしない。そういうことにしておこうか。

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