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日本型ものつくりの限界論議(1/2)

しばらく前に読んだ本である。いろんな人から「一度は読むべき」と言われている。しかし、この問題意識には私なりに振り返りをする必要があることに気がついた。
ものつくり敗戦 「匠の呪縛」が日本を衰退させる
日本はゼロ戦や戦艦大和のように、技術水準では世界最高峰の作品を完成させたとよくいう。事実理論から設計にいたるまでの成立がある。ところが技術とは違う問題も含みであろうながら、戦争では負けてしまう。
日本でも戦後はソフトウェアを学んだし、コンピュータでも一定の水準には達し、特に統合システムではある程度のレベルを構築したのであるが、しかし1980年代以降、取り残されてしまう。
これらの中には技術に対する理解や解析が足りなかったということから、知的資産の充実ということが戦時中から声高に言われた結果、今にいたるまで技術がありながら戦争に負けてしまうということを言われる。
だが、技術の発達と戦争(リアルな戦争だけでなく、市場占有などの経済的多国間競争)の勝利とは関連性があるのは否定しないが同等の議論だと言う議論だけで話をするというところに、技術と国力との理論的結合をすでに仮定していると言うのは、そもそも前提として問題なのではと思っている。但し、其の典型事例が戦争において現れた事象の一片であるとはいえよう。そういう前提で解するべきで在ろうと思う。
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序章  日本型ものつくりの限界 第1章 先端技術を生み出した2つの技術革命 第2章 太平洋戦争もうひとつの敗因 第3章 システム思考が根付かない戦後日本 第4章 しのびよる「ものつくり敗戦」 終章  「匠の呪縛」からの脱却―コトつくりへ
筆者は 第一の科学革命というものを定義しており、ガリレオ、ニュートンらによる近代科学の確立 第二の科学革命というものは、大量生産、大量消費生んだ科学と技術の結びつき 第三の科学革命は、人工物を対象とする科学、すなわち「システム」の登場 と定義する。 但し大衆的視点においては第三の科学革命は、少しかじったものでないと見えないのである。たとえば銀行でお金を下ろした場合、ATMにおいては機構に着目するのが普通の考えらしく、あんまりソフトまで考えている人は周りにもいないようで、この発言をするのは専門的にソフトや銀行業務担当と言う感じがある。 P100にある記載
 日本の技術は、熟練や経験などの個人的な技能に技術を収赦させる傾向が強く、精進と修練によって得られた「匠の技」を重く見る。半面、数式や定型化された手順など普遍的な枠組で技術を表現することが苦手である。いわゆる「暗黙知」に頼る傾向が強い。これは明らかに労働集約型の特徴である。労働集約型の技術がこのような技術の風土を生み、そしてそのような技術風土がさらに労働集約型の技術に磨きをかけた。この精神的な土壌が西欧で生まれた近代技術と切り結んだとき、ものに対する汎神論的な見方を生み出す。
確かに日本人の生活は労働集約的なものが多い。他国と異なる農業生産体系も其の傾向がある。これはすでにいろんな人が指摘しているのだが、この結果人的依存度が高い工業的嗜好や産業構成ができてきたと考えるようだ。職人技や匠の技など、属人的な技術を賛美し、できあがった物への信頼を本質的に求め、信頼を損なう製品はブラッシュアップすることで信頼を高めることを社会が求め、そして信仰につながるまでの高度な信頼性を求める。機械でも同じ物が作れるにもかかわらず、人間の心意気が問題になってしまう場合、心を込めた精神性より、完成度の高さが求められるにもかかわらず、心意気を大切にしてしまうというものは、じつは「手作り」がセールスポイントになるという製品が意外と日本に多いというのがそれを物語っている。 そういえば、さっき餃子を買ってきたが、やたら「手作り」を売りにするものが多い。価格の差を訴えるのに同じような物理的形状を考えると、なんで「手つくり」と「単価高め」が同意となるかと思うと本当は疑問だとはいえよう。そして、労働集約的な発想では、見える物つくりには良いだろうが、見えない事つくりにはむかないといえよう。対応が可能なのは、優れた個人的なリーダーが対応できる規模までである。そして、大規模な組織でしかできないと、システム的な発想がないと難しいようだ。 産業革命以後の西欧は資本集約産業だが日本の技術は「人間を軸とした」労働集約産業である。資本の集中が産業の条件であるのだがそれを極めて嫌がるという行動(投資という行動を故人では行なわなず、企業等に行なわせる)があると考えているのだが、この結果「道具から機械へ」の転換を実現する資本集約型技術とは逆な、「機械から道具へ」と言う手法に企業の研究や開発が進んでいった。これは他国の驚くところでもあったのだが、技術の軸足が「機械からシステム」へ移動すると、日本は決定的に立ち遅れてるという。

ただし、私は少し違う考えをこの論旨に感じている。
●機関銃の部品の互換性はなく、海軍だけでも30種類の機関銃、弾薬にいたっては120種類が作られたという。このような多品種乱造は生産効率を下げただけでなく、使う側の練度向上の妨げや整備・補充の混乱にもなった。
●ゼロ戦は、日本の航空技術の一つの到達点を示すが、名人芸の設計を反映しきわめて複雑で多くの工数と熟練工を要した。仕様変更を行おうとすると設計すべてをやり直す必要が生じた。
これを日本人のシステム力の弱さを示していると筆者は言う。ただしこれは軍というシステムのトップとボトムの乖離を示している側面も多い上に、ユーザーの声と言うものが元々届かないシステムをとるのが大きいのではないか。困ったことではあるが、軍用技術自体は戦後民需転換で技能やノウハウと言う形でしか伝えられなかった側面が大きい。また、一旦は「軍」という存在を否定したこともあって、問題が大きいと言う指摘を、トップマネージメント側からでなく労働集約産業の担い手であった現場から訴求すると言うのが多い。ボトムアップであがる形では「カイゼン」的発想になるのだが、ここでもシステム的思考は検討にかかわらない。軍の様々な問題点を解決するのにシステム的思考を取ることなしに、短期的には自分たちの思考体系で、問題のパッチを当てるがごとき対策を行い、それなりに解決してしまったと言う「成功体験」があると言うことになると考える。このため旧軍時代の事例をそのまま継承していると考えるのは、私は無理が在ると思っている。
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日本でシステム的なもので成功した(というか世界レベルで互角に戦っている)ものとしてプラントエンジニアリングがある。このような企業の場合使うもの、使われるものという主従がはっきりしている側面がある。これらのシステムを見ていると非常に第三者的に奇妙なものがある。つまり一部のセクションをまとめるリーダーに設計者(機構・制御など)の少細胞がくっつき、次にこれらのまとめを統括する細胞(セクション)がまとまり・・・という形でシステムを組み立て、あるものがトラブルをおこしたならユニットごとかえるというセクションなのである。
所がこの設計システムは製品を作成する技術としては、ターゲットがきまった、タスクが明確なものについては合理的である上に海外の企業の発注システムに対しては親和性が高いのだが、このシステムを突き詰めると大きな問題がある。つまり現場から問題があがってこないということ、そして問題があがってもそれを技術課題として盛り込むことができないのである。
つまりシステム的な思考で、技能と言うものは普遍性があると言う前提でだれでも交換可能な組織をつくりあげたともいえるのがこのような交換可能な社会。労働を標準化し、誰でも企業間の移動が可能になり、退職しても復職が可能になった。しかし、企業間の差異が出なくなったため、技術の内部留保を想定する構成が困難になった。逆に「一度就職するとその企業に一生勤めざるをえず、中途採用が成り立たず、労働者は一つの企業に縛れられたことが存在価値になる社会」にはシステム的志向は両刃の剣になる。

人材指導と言う視点でも、リーダーをどう扱うかは差が有る。欧州的視点では、優れた個人的なリーダーが対応できるようにフラットベースな社会ができあがったのだが、日本では、優れた個人的なリーダーを見いだすのでなくそこそこのレベルのものを育成し、それを企業がが外部に動かないようなヒエラルギの高い社会で囲い込んだたともいえる。しかも、「育成し」と言う前提で考えるとわかるように、企業体が変わるとこのリーダーのノウハウは使いにくいように各自カスタマイズしている。
元々人材に関しては、欧米の機会平等主義に対して日本が能力平等主義であることがかかわる側面もあろう。つまり、機会平等主義では優れた個人的リーダーというものは人間の能力の全体量に、多い人もあれば少ない人も有るという視点でなされるからこそ、「能力の全体量が多い人」を「選んで」、「優れた個人的なリーダー」になると言われる社会になっているのだとおもう。所が能力平等主義下で「個人的なリーダーを育成」となると、人間の能力の全体量は基本的に変わらず、活用の旨さとか、単純にその人の能力がその時の時代背景に合致しただけとみなす以上、「能力がたまたま合致した人」が「優れた個人的なリーダー」を任かされているだけで、あわなくなれば排除される社会になっているのだとおもう。このため日本では「優れた個人的なリーダー」でずっと生きていく人、一種のカリスマは憧れにならない場合も多い。カリスマが凡庸なミスをすると「まああの人も、人間臭いところがある」とか「天然なところもあるんですね」で親しまれるが、それさえも持たない純粋にスーパーな人は逆に煙たがられていく。つまりシステム的思考を持つこと自体の社会的な受け取り方自体が、元々育たないのではなかろうか。
これは逆に言うと、優れたリーダーの絶対数のニーズが極めて少ないともいえる。個人的な技術の研鑽を賛美する姿勢は、狭い部分の個別的な改良は得意である。反対に全体を貫徹するような理論構築には不向きである。所が元々優れた個人的なリーダーの下に集まり、その下で働くと言う手法自体がどうも日本人にはあわないという側面もあり、上司に対して常日頃から意見することを受容しなければ業務推進が図れないということがある。(日本人と仕事をするとこれがストレスになる海外の人は多い。反対に中国の人を雇うと常日頃から意見することをすることはないが、上司の指示を元々受けることを望まないというのもあるそうな)

ここで考えるところで日本発で世界の技術手法に影響を与えた設計技術というものを考えると、これがことごとくシステム統制手法としては逆になっていると考える。
たとえば、QC活動は現場改善からのスタートで、アメリカではモトローラ社によりシックスシグマという品質管理手法の原典となった。(とはいえ、シックスシグマといわれる管理法は、日本で言われるような統計学のシックスシグマのは100倍以上の発生率の差がおきている。これは合理的な視点で統計学的なシックスシグマの値では経済性などを考えると無意味と考え3.4ppmとしている。日本的志向では限りなく不良がなくなることとということで0.002ppmの発生確率である)この手法は、マネージメント論からすると明らかにリバースである。
またコンカレントエンジニアリングは現在ITツールとしての活用がされているが、この手法自体は逆リバース手法であって、マネージメント論からすると明らかにリバース手法であるのだが、元々日本の経営手法研究の結果を用いたものであるらしい。
実験計画法にその典拠の一つがあるタグチメソッドとて、マネージメント論からすると明らかにリバース志向である。だからこそ海外では「そういう見方があるのか」と思われたのであろう。その意味ではロシアの技術であるTRIZもこのリバース志向である。
すなわちこれが、『「道具から機械へ」の転換を実現する資本集約型技術とは逆な、「機械から道具へ」と言う手法の企業の研究や開発』であろう。
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となると、筆者の意見だと
第一の科学革命:ガリレオ、ニュートンらによる近代科学の確立
については、日本は独自性をもって行なったが、最終的には習得によって得てきた。そのため多少基盤にあやふやなところがある。
第二の科学革命:大量生産、大量消費を生んだ科学と技術の結びつき
ここにおいて科学を技術に転写し、援用することに世界は進んでいった。所が科学から技術への片勾配になっていた技術革新を、逆にリバースすることをするというカスタマイズをしていくことで、独自性を確保した。
第三の科学革命:人工物を対象とする科学、すなわち「システム」の登場
独自性を前段で進めてしまった結果、システムというものの重要性が見えなくなってきた。従ってこのところでどうしても進めないというか、過去の遺産をさかのぼって壊しているのが今であろう。
ただしこの前提は、第一の科学革命のスキルを不完全でももつからこそ、第二の科学革命のスキルが構築され、第一の科学革命のスキルを不完全でももち、かつ第二の科学革命のスキルを不完全でももつからこそ、第三の科学革命のスキルが構築さているという半分重層的関係であると考えている。
(続く)

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