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雑談力にある無用の用

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仕事熱心な人ほどおろそかにしがちな雑談力   * 2008/12/4(木) 梶原 しげる
 光輝く経歴、資格。文句なしの容貌にすきのない服装。活舌のいい「正しい日本語」をハキハキしゃべる。非の打ちどころがない。すなわち、すきがない。ニュースキャスターやリポーター志望の女性にはこんな人が多い。
 オーディションの書類選考は軽くパス。時事問題に関する知識教養試験も問題なし。ところが、なぜか最終面接で落とされるのがこのタイプだ。
 MBAを持っていたり、英語がペラペラしゃべれたりする以上に、農家のおじいちゃん、おばあちゃんたちと日向ぼっこしながら1日仲良く、楽しく過ごせる「雑談力」こそがキャスターには求められるという事実をこのタイプは、どうやら知らないようなのだ。
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本論は、雑談をうまく交わした後の“ご褒美”
 「頭のいいデキる人であり続けたい」。そんな思いが、さりげなく相手を思いやったり、無駄話につきあって面白がったりする「余裕」を奪い去ってしまっているのだろう。
 「馬鹿だと思われたくない」という防衛本能が、対人関係に必要な「すき」を作らせない。こういう人は、ディベートはうまくても、雑談が苦手だということが多いものだ。(中略)
 今日的な課題を聞き出すことが最終的な目的だとしても、いきなり「鋭い質問」をぶつけて、いい結果が出るわけがない。まずは近づく。相手の懐に飛び込む。本論は、雑談をうまく交わした後の“ご褒美”なのだ。だから「雑談など意味がない」と考える人は“人間模様を伝えることが主たる仕事”であるキャスターにはまるで向いていない。
 これは何もニュースキャスターという特殊な職業に限った話ではない。企業の採用担当者から話を聞くと、受験者の知的能力の見極めはもちろんだが、同時に「この人物と一緒に仕事をしたいか」「職場の仲間とうまくやってくれるだろうか」という「人間性」にもかなり重きを置いている。

「役割交流」と「感情交流」は車の両輪
 職場では、2つコミュニケーションが求められる。一つは職務遂行のため、「総務部員である私」とか、「営業部員である私」といったスキルや立場を心得た「役割交流」。
 もう一つは役割を超えた、人間対人間として付き合える「感情交流」だ。「鋭い質問」は前者で効果を発揮し、「雑談」は後者で重要なカギを握る。「役割交流」と「感情交流」は車の両輪。どちらが欠けても職場の風通しが良くなるコミュニケーションは図れない。
 意欲あふれる若きビジネスパーソンほど、役割交流に熱心で、感情交流をおろそかにしがちだ。本当にデキル人は、感情交流にも長けている。
 すなわちデキル人は、相手や、相手の仕事に興味を持ち、観察し、寄り添い、共感したうえで言葉をかける。その時に威力を発揮するのが「雑談力」。仕事にのめり込み過ぎて「相手に寄り添う雑談」をおろそかにしていないか、一度点検してはいかがだろうか?
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よくしごとをするビジネスマンが面談やヒアリングをすると、「頭のいいデキる人であり続けたい」と当人が思わなくても、そもそも仕事をうまくやらなければという信念が強い人には、目的意識が強すぎて問題とはじめから意識していない人にはわからないというところがある。
最近は、その人の資質が高くても、そもそもこの人はものを知っているという段階で、相手が言葉を濁すということが多く、いわゆる大儀しか伝わらないことはおおいようである。しかもそれを元に世論を形成しようということになってしまうとさらに話さないということが多い。それよりも余談から入ろうとすると、それを頭から否定されいきなり本論に入ることを求める人もじつは多い。むしろ予断や雑談から入ることを極端に嫌うのは、この仕事やこの面談はこういう予定や目標があって、そのために10分なり20分なりを割いているという目的意識が明確だともいえる。このような人にはいかに話を振っていても異論を出すと滔滔と説得されるが落ちで、余計なことを考えたくないしそういうのに入り込みたくないタスク意識の強い方だたtりする。このような人には引き出す力は不必要であるし成り立たないし、この面談で考えを深めましょうという姿勢は帰って反発を招くのである。

私なぞこのような力量はきわめて乏しいものであるが、目的意識を持ったことによって得る効果と、目的意識がない段階での結論が間反対になることはしきりに経験している。職場でのコミュニケーションに職務遂行の「役割交流」と、役割を超えた、人間対人間として付き合える「感情交流」ということだが、そもそも職場たるものが戦闘の中であり、和を持って尊しというものが新たな価値を見出さないシステムという人にはこのような職場不要である。この問題は若いからという話ではない。いつまでも強いことを維持することを執拗に追いかけることで、役割交流を強く進めることによって業務を進めることが最高の生き様と信じていることの多いこと。しかもそれはあまり年齢にかかわらなくなっているのが私の認識である。仕事で「相手に寄り添うこと」をすること自体を否定することはうまくいけば最大の効果、うまくいかなかったら最低の効果というピーキー(挙動が神経質であり、ある限定的な範囲では非常に高い性能を発揮するが、その範囲外の場合は操縦性が低いという自動車用語)な所がでてしまう。
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勝間和代さんという女性、最近ビジネス書で著名である。
その視点の鋭さは納得させられるし、無頼派に近い姿勢は、私には西原理恵子の仕事のうちの感情依存の所作の半分をそいだ感じさえする。生き様を聞いても、この人は目的意識を決めたらそれに向かってがむしゃらに動き、それが行き詰まったら、見事にほかの指針に従って猛進する。体力がある人だ。
意外なのは、彼女はワーキングマザーとその予備軍を対象にした、女性向けの会員制掲示板をインターネット上に立ち上げ、子育ての経験や知恵、また仕事上の悩みについて、情報交換する場を運営するという仕事も、なんと利益無視でしていた(いまはフルのスタッフというわけではないようだ)。そういう意味では自分のかかわったことに対して責任ある「こと」をし続ける姿勢は評価できる。合理性を追求する姿勢は、狩猟民族的で、同士になったら専門家としてならこんなに強い人はいないだろう。
だが、同じコンサル業界にいるものとして、この人の存在はすごく頼もしいが、一緒に仕事をしましょうといえば私は躊躇するしかなかろう。あっていない人に対し論評を出すのは傲慢極まりないが、たぶんに目的のためには手段を選ばず、主観でしか動く時間的余裕はないとなると、仕事の上で見えていく連携・連関・相反を頭ではわかっていても事にいざあうと一刀両断、会わなければ捨てるか無視していくことになると思うのである。
彼女の著作は「この本を著した」理由をがっちりと定め、「無理な働き方や、必要もない仕事をなくすにはどうしたらよいか」というところが貫徹されている。また彼女の仕事全体に、目的というものを確実に定めて、そこからぶれない。これを、子供が三人いる離婚歴二回のシングルマザーの著者が尊厳をもって生きるには無理な働き方や必要もない仕事をしている余裕はないといえば納得できる側面はあるし、そこに対しては納得できるのだが、逆に言うと(鶏と卵の関係ではあるが)脇を見ないからこそ、1かゼロか、ONかOFFか、尽くすか見放すか、一生懸命にするかしないか、濃密な結婚関係か離婚かというオセロのこまのような選択肢に生きてるという見方もありうる。(もちろん、結婚相手の素質の問題は当然あるわけだし、だめんずばっかということもあるかもしれない。そこを判断するのは明らかに独断であることは容赦願いたい)
1かゼロか、ONかOFFかという視点は彼女の思考で完結されている。執筆した書籍のなかで、提案している各種指標がきわめて単純に、明晰に、枝葉がなくできていることもそのプラス面での証左になろう。けど相反条件ってあるんだ。
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応用範囲・実践事例とそのPDCA的解析が丁寧というのは、この手の視点の人にはあまりない類型性の見出しである。ツールと割り切ってる可能性もあるが。(ここは素直にほめたい)そして、さらに簡潔に説明をするのもわかりやすいように1かゼロか、ONかOFFかという視点なせる業なのである(但し、これは反対に短絡的な見方になることも感じるし、そこは彼女もいさめてる側面はある。ここは実務経験がかかせてるんだろう。)ここでの簡潔さには思い切りの良さを感じる。その意味だけでも彼女の書籍は一度は読む価値があり、そのうちのキーワードを誤差大と認識していてもなおかつよむべきであろうと考える。
確かにこの場合、相互の自発的な意思により関係が築かれる場合の社会である、自営コンサルタント業務(外資のコンサルや投資銀行だとやはりおなじことになるかも)ならこの思考は有効だろう。しかし目的意識が少しでも異なっていたり、そもそも目的意識に与えるモチベーションが異なっている人にはつらかろう。そして業務を成し遂げるときに、価値観がまったく同じ人を集めることは本邦では難しいし、そのような人が集まる企業や集団は時に暴走する団体である。(外資にはその傾向もあるから積極的にみれば納得できるが、逆に言うと逮捕直前のオウム真理教も洗脳という論議以前にそうである。)したがって彼女の幅広い考察と事例研究、そしてとうとうとした論理構成はビジネスパーソンとして立派であっても、第三者に説くべき仕事を彼女がするとたぶんに相反を招くであろう。ある狭い範囲での利益・刺激を与え続ける共同体にはなるだろうが、そこに旨くランディングしなければクラッシュする存在と考える。そしてこの場合でもクラッシュせず滑走路をぶっ壊していく力を持っているのは認めるが、壊れた滑走路は累々と重なり、燃料が切れたときに思い切り遠くの空港が着陸許可を出すとか、緊急避難する飛行場がなくなってる可能性がある。
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ここで、私はこのような知的生産をする技量を否定することは意図としてない。知的生産は肉体労働となんら変わらないどころか汗をかくところが見かけ違うだけでしかない。いや同じ場所だったりするのだってある。(実験・フィールドワークなんかはそうですな)勝間和代さんもその意味では見事に頭に、手足に、すべてに汗をかいている。この意味では同士ではある。ただし体の健康というとこれは素直に私は反省・・・。
しかし、目的の確定があるからこそ汗をかくというのは私には我慢できないことである。
料理のときにすべて材料をそろえないとレシピを作れないのかな。雑談には結果を予想させるものはないことが普通であるし、目的を予想させるものはすでに雑談でない。梶原しげる氏の想定している相手は目的意識がないか、目的意識を見出すのに困っている人であるが、勝間和代さんは、たぶん頭でわかっていても目的をオブラートで包んで遂行して、時にはそれを出さないで置くことはたぶん精神的に耐え切れない所作になるのかなとも思う。じつは男の私からの視点からであるが、女性起業家のひとつの典型的パターンでもあるとも経験上感じる。
そういう皮肉なみかたを私は、
http://www.amazon.co.jp/%E6%96%AD%E3%82%8B%E5%8A%9B-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%B0%E6%9B%B8-%E5%8B%9D%E9%96%93-%E5%92%8C%E4%BB%A3/dp/4166606824

を読んで感じてしまった。この本は読んでいい本ではあるが、批判的に読まないでまねしようとする(時々、この手の本を雛形にする余りそこしか見ない人もいますな。)と、これは困難至極である。使い方に相当のスキルと周囲の理解が必要である。(もちろん『ただし、「断る力」はたいへん強力な武器であるため、扱いもとても慎重に行わなければなりません。むやみやたらに断るのではなく、どういうところでは断り、どういう場面では逆に歯を食いしばって引き受けてベストを尽くすべきなのか』とかいてあるところは考慮しているが、そこの育成をするには無理に受ける経験を記載事例以上にたくさん当人がしないとだめだな)こう考えると、読む相手を極めて選ぶ本である。

「雑談力」は勝間和代さんのように目的意識からのブレを極力ないようにする人では、精神的に耐えられないものかもしれない。しかし、もともと目的というものが軸足を持ちながらもその実流転すると考えてる私は、雑談を愛する。むしろ雑談を旨くするために素人落語まで手を出した経緯もある(もちろん趣味もあるんだがorz)。かくて私は無用の用(「無用の用」:『老子』『荘子』にある概念。一見役に立たぬと思われるものが実は大きな役割を果たす。「不易」より「流行」が重視される風潮では、社会からは「即戦力になる」や「直ぐ役立つ知識」が期待されるが「即戦力」は往々にして基礎がしっかりしないために寿命が短く陳腐化しやすい。無用の用はここに潜む)を愛するからこそ、しごとに価値と応用性がついてくると思っているのである。

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コメント

人生、遠回り、ですよね。
簡潔なオチで斬ってしまったのでこの後が続けられません…(=雑談力なし?)。

投稿: niwatadumi | 2009年8月18日 (火曜日) 00時05分

よく成功体験のみを期待する人がいます。時間と成功実績を前後の脈絡なく得なければならない人や環境があるのは事実ですが、2分論的な「成功」「失敗」の分類と解釈は事実認識をひずませているようです。
遠回りをわざと選ぶ必要はないが、遠回りで疲れたのを嘆くより、遠回りで拾い物をゲットしたことを喜ぶべきと思います。普通はそんな遠回りをしないならなおさら。

投稿: デハボ1000 | 2009年8月18日 (火曜日) 00時31分

こんにちは。
「雑談力」は一朝一夕には身につかず、マニュアル化もできないアナログな力ですから、「断る力」よりも身に着けるにが難しい力といえそうです。
しかしデジタルの時代、アナログそのものの「雑談力」はビジネスマンにとって大きな力になりますね。なんだかんだいってもウェットな日本社会においてはなおさらに。

投稿: kunihiko_ouchi | 2009年8月18日 (火曜日) 12時27分

>デジタルの時代、アナログそのものの「雑談力」はビジネスマンにとって大きな力になりますね。
「ONとOFF」という本がありますがなかなかあのような境地に達せないです。判断基準がデジタル化する間での工程がアナログという今の状況では、両方見につけないという結論。
ただし私の場合は「漫談力」という説も・・。

投稿: デハボ1000 | 2009年8月18日 (火曜日) 18時30分

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