« 使われるためのツール | トップページ | 責任やリスクは極力避けたい »

都民農園の存在?

私の住んでいる町でも、遊休地・休耕田を活用して「市民農園」てのをやっている。一時我が家もそれを家族総出でやっていて、大根とか、葱とか、ピーマンとかを収穫していた。楽しい時間であった。一時期地権者の相続の都合で中止され、その後市が継続的な租借を受けたのだが半分を児童公園にしたので、今はのこりで行われている。所が、このおかげで借用の抽選倍率がすざましいことになっているので、我が家はいつも抽選からもれるはめになり、以降継続できないのである。
----------------------
だから、吉祥寺駅で電車を降りると「吉61:都民農園セコニック」という行き先のバスがあって、経由を含めるとかなり多い(しかも大泉学園駅まで行くともっと多い)ということを知ったときは、近代的な、市民のための都市農園を、都内でも近郊農業の歴史がある練馬区のはずれに都がもっているのか・・・メインは稀少となった練馬大根かねえとおもっていた。
よくないことに、未来世紀ブラジルという映画があって、私はこの映画をたまたまDVDで見たことがあり、「20世紀のどこかの国」の暗黒社会・管理社会を舞台とするものを、カルト映画というより、「動物農場」を思い出し、意味としてはこれに重ねるようなものであると想像したもんだから、ますます妄想は膨らむのである。曰く、ああいうようなダクトの中の工場型農地なのかとか・・・・
ブログランキング・にほんブログ村へ

ところで、仕事でOCRのことを調べていたのだが、株式会社セコニック(写真用露出計が主力商品。OMR・OCR装置や監視カメラの製造。複写機の受託生産を業務。東証2部)という名前がでてきた。

本社:東京都練馬区大泉学園町
安曇野事業所:長野県北安曇郡池田町
本社最寄りの西武バスの停留所「都民農園セコニック」

あー。父親が持っていたなあ。ここのを。
このバス停は隣接する埼玉県新座市にある。東京都と新座市に旧東京工場の用地がまたがっており(1993年に池田町や子会社に業務移転)この用地の埼玉県側の一部を使用し、いなげや(スーパーマーケット)と大手図書販売会社の倉庫(日本図書販売)がある。都民農園セコニックバス停はこのスーパーマーケットの前にあり、現在の本社は東京都側にあることになっている。したがってこのスーパーの建物(セコニック社のマークが入っている)や敷地の大家は「株式会社セコニック」らしい。
で、この情報を元に、吉祥寺からバスに乗って「都民農園セコニック」まで行って見た。(爆笑)
-----------------------------
吉祥寺から延々45分(大泉学園駅でほとんど乗客が入れ替わる。このときは途中の「西武車庫」で運転手も入れ替わった)「都民農園セコニック」バス停は操車場をもつバス停で誘導員も常駐する。運行上の重要な基地になっているのだ。そして向かい側には「いなげや」をメインにもつ敷地が広がる。ダイソーなんかもあるが、よーく見ると建物の端にSEKONICと書いてある。其の奥に大きな立体倉庫がある。うーむ、これある意味近代的工業農園の絵でもおかしくない。
さて、本社所在地となっている東京都練馬区大泉学園町7-24-14にいってみたのだが、じつは工場敷地の西の端で、車の車庫と「セコニック」のカンバン、無人の小屋があるだけである。会社の紹介地図などであるのは、埼玉県新座市栄4のいなげやが入っているところの建物の2Fらしく、ここが実質の本社のようだ。(となると、電話は東京03になっているから、ここから構内を貫通していなげやの入っている朝霞市に立地するビルにひかれているのかな。ちなみにいなげやは市外番号048である)
つまり厄介なのは、この工場敷地が県をまたいでるからなので、登記上は東京都内にして、実態を朝霞市内にしてるのだろう。この場合税金のもんだいもあるから、登記上練馬区の企業になってるのだろうが、この間歩いても5分程度、大きな差がないとは言える。
なお、スーパーの中に本社があるというと、よく似た事例にタチエス(東証1部。昭島市の本社工場が撤退した後はイトーヨーカドーになり、その裏に本社がある。スーパーの建物はタチエスが大家で、会社の食堂は実質スーパーのフードコート)がある。
さて、幽霊と枯れ尾花ではないが、え、それなの・・・・というのが正直なところである。私は残念なことに長野県に工場のある企業としか認識していなかったのだ。
じゃあ、「都民農園」というのは・・・となる。事実「都民農園」というバス停もある(こちらは、練馬区大泉学園町にある。ご丁寧にもこちらもバス停の目の前にサミットストアという大手スーパーがあるほかにバス運行系統の要になっている)。しかし、それらしい雰囲気はなく、近郊都市の穏やかな風景である。というのは都民農園とて
   「この地に作る計画だった。」
ということらしい。ただし昭和30年ころの当地(大泉風致地区)の練馬区と埼玉県の境付近に「都民農園」というものはあったという記載もある。昭和30年代後半に入ると、この地に宅地化が始まり消えたのではないかという。今は昔という感じなのね。(私が使っていたような「市民農園」は今は「区民農園」として練馬区にはある)。ただ、当時のセコニックは敷地の大きさと業務を考えるとそれなりに活躍した企業なのだし、おまけにかなり長い間バスの終点だったらしい(いまは新座市内の回転所も使うためここ経由というものも多い)ので、この地の呼び名として、よく使われているという。
-----------------------
私以外にもおなじことを考えていた人がいたらしい。
泉麻人氏は著書で、「セコニックとはその停留所の名称からヨーロッパ風の農園を想像していた」というし、下記portal.nifty((http://portal.nifty.com/2009/06/03/c/)にも、「「都民農園セコニック」って、農園の名前がセコニックっていうみたいで、少し近未来SFぽいなと思いながら」とあるからあらかた同じイメージがあるのだろう。ちなみに、成光電機工業というもとの名前からセコニックはきているので、欧州がどーとかいうのは関係なさそうだ。
とはいっても、この近所には学校や墓地、そして至近に広大な朝霞駐屯地があるのだから、決して環境が悪いといいことはないだろう。けど、ある意味幻像がなくなったのには残念だったとはいえようが、それは第三者の勝手な思い込みですよね。

|

« 使われるためのツール | トップページ | 責任やリスクは極力避けたい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/45223405

この記事へのトラックバック一覧です: 都民農園の存在?:

« 使われるためのツール | トップページ | 責任やリスクは極力避けたい »