« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月の記事

配置販売業

------------------
日本伝統の置き薬 ミャンマーへ  - 2009.02.27 11:00
2008年5月にミャンマー南西部を襲った大規模なサイクロン。1年近くが過ぎようという今も、支援を必要とする人々は少なくない。NGOや慈善団体等による支援活動が続く中、日本の置き薬システムを活用した取り組みが注目されている。
日本財団がミャンマー政府に協力して進めているもので、被災地からスタートし、2010年までにミャンマー全土の約7000村に薬箱を配布予定。日本同様、巡回時に使った分を支払う仕組みで、すでにモンゴルやタイで導入され、成果を上げているという。
薬箱の中身は、薬草を原料にミャンマーで生産されている伝統医療薬。痛み止めや下痢止めなど、現地の人々にはポピュラーなものという。財団で実際に事業に携わっている広報担当氏のブログ『本山勝寛ブログ:BOYS, BE HUNGRY!~夢を現実に~』では、辺境の「医療が行き届かない人々にも、風邪や下痢など簡単だが最も多い病気に対して、基本的なケアを行えるように」と、事業の意図を説明している。またブログ『アーモの愛』が、テレビニュースで報じられた現地の人々が喜ぶ様子を伝えている。
一方、本家である日本では、戸別訪問の困難さや薬事法改正による制度の変化を背景に、置き薬から撤退する業者やメーカーが増えている。アジア各国で役立ち、注目されているのは、喜ばしくも少々皮肉な現実だ。
(あさよる)
--------------------
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "配置販売業"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

出家とその弟子(2/2)

まあ、弟子をたくさん作ったという師匠とて、老兵が消え去ることは当然ある。
----------------------引用
ひやあつの祖、宮武うどん閉店/「体力の限界」2009/06/07 10:00   四国新聞社
 讃岐うどんブームを代表する人気店「宮武うどん店」(香川県琴平町上櫛梨)が閉店した。店主の宮武一郎さん(66)が、年齢を重ね、体力的に限界を感じたことから決断したという。先代が開いて半世紀以上、地元住民やうどんファンに愛され続けた老舗は、静かにのれんを下ろした。
 同店は、父の士郎さん(故人)が1953年に創業。同店の代名詞にもなっている「あつあつ」「ひやあつ」といった注文の言葉は、同店を訪れた客が使ったのが発祥という。
 宮武さんは、本広克行監督の映画「UDON」で、製麺所を営む主人公の父のモデルになったことでも知られる。
 最後の営業となった6日は、「家族と同じように大切な存在」の常連客に閉店を告げるのが一番つらかったという宮武さん。「突然の幕引きになったが、自分の体力を考えると仕方がない。長い間、多くの人にお世話になり感謝している」と目を潤ませた。
 同店と親類関係や師弟関係にある“宮武ファミリー”の店は香川県内外に健在で、「お客さんに讃岐うどんをもっと愛してもらえるよう、弟子には日々悩みながら勉強し、俺を超えてほしい」と期待を込めた。
 「麺通団」団長の田尾和俊四国学院大教授は「うどん巡りブームの第1世代に当たる人気の大将。ただひと言、お疲れさまでしたと言いたい。幸せな隠居生活を」と宮武さんの労をねぎらい、「店がなくなるのは残念だが、“宮武ファミリー”が味をつないでくれるはず」と話していた。
----------------------終了
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "出家とその弟子(2/2)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

出家とその弟子(1/2)

師弟制度がなくなったものが多い。漫才では師弟関係がなくなっており(養成所出身が多くなっているから、業界団体として強くなったと見える)、伝統的なものではない近代的工業での師弟関係は、一部の工程(板金プレス、造船の鉄板曲げやハンドワーク、溶接のうち特殊なものに見られる)で残っている(溶接などは専門の学校を出てからも、熟練工の育成に10年は必要ということはある)が、おおむね薄くなっているようだ。比較的感性に左右されるものには師匠・弟子と明確に言わなくても、結果的に師弟関係に近いものも多いとも言える。
ただし、技能的なものではなく精神的というところの場合もある。この言い方をする場合「心の師匠」といういいかたや私淑という言い方が近い場合もある。それと、メンターと呼ばれる指導者とであった結果、主に対話による気づきと助言で、被育成者(メンティー)本人の自発的・自律的な発達を促す場合は近かろう。
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "出家とその弟子(1/2)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「会社こそすべて」の企業人の逝去

70代のお知り合いが逝去された。

密葬が行なわれたあとでわれわれに連絡が来た。その1日のち新聞社のサイトに載った。「葬儀は近親者で済ませ」というあれである。
2年前から種々の仕事でお付き合いさせていただいたという関係であるから、最末期のお付き合いであるが、熱意と意志の人であると私はおもっている。経済界では要職をされた方で、最後まで仕事に対する意欲を失わない方であった。ネゴシエーションで非常に優れた人で其の経験を核に企業・財界でリーダーシップを発揮し、なくなるまでも某社の会長をされていた。後日お別れの会を実施することになっている。

合掌

ブログランキング・にほんブログ村へ
「大企業が持つ技術シーズや経営マインドを持った優秀な人材を,社内に埋もれたままにせず開放していくことは,社会的なニーズである」ということを晩年提唱していた彼は、自社の技術を他社に対してオープンにするという流れが足らないのが日本だと、常々言っていた。大企業の研究開発成果の約80%が活用されずに,埋もれてしまっているというが、この中には大企業という市場管理の枠の中では生かせないけれども、ある特定の要素技術として活用できる先を提供すれば、投資した原資を完全回収はできないでもゼロスタートにはならない。これは、市場規模が小さいため,事業化を断念したという場合だと、研究成果や研究に携わった研究者は未活用資産になってしまうが、開発した大企業にとっては市場が小さくてもベンチャー企業・中小企業にとっては十分に魅力的な市場ということなのだ。
もう1つは外部の技術を社内に取り入れるという流れである。これは同じことをベンチャー企業・中小企業絡みでおこなった形になる。

続きを読む "「会社こそすべて」の企業人の逝去"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メンタルブロック(4/4)

(承前)
私の周りには概してライフサイクルマネージメントをする人が多いようだ。だから「イザというときのために」生きているというのは私は正鵠を欠くと考えている。心理一つの差ではあるが、イタリア人は「人生は自分が楽しむためにある」と考えるが、日本人の多くは、「人生は他人に迷惑をかけないためにある」という志向が強いのではないか。
-----------------
65歳から年金を受け取り、死ぬまでの15~20年、もはや会社のこととか上司の機嫌などを気にしないとなったところで、今度は社会の中で存在を慎ましやかにでも保つためにカネを使うということを大前氏に私は送る。
ブログランキング・にほんブログ村へ
私の関わる団体が偏っているといえばそれまでだが、定年後(といっても制度的な話ではなく、心構えであろう)に、社会の中で自分の存在を明確にするために働くという人がえらく多くなっている。縁側で猫をなでるのも悪くないが、少しでも社会に還元することで、きわめて少ない対価をもらうことで存在を確認する「アクティブシニアが集まって形成されるコミュニティ」ってのがきわめて多いともいえないか。地域によっては規模を縮小した形で農業にいそしむ以前2種兼業をしていた農家もあろう。都市部ではNPO・NGOとして社会事業を収支を多く期待せず活躍する人も居るし、そのような団体に私もアドバイザーとして関わっている。(確かに定年前の人がこの様な活動に関わりにくいというのも海外と異なるかもしれぬ)。いや趣味の世界でも例外ではない、刑務所に限らず福祉施設の慰問も、このような「アクティブシニアの同好会が還元している」のが多く関わり、ここでも社会性というものが強くモチベーションの中に存在する。(もちろん地域社会の中で暮らす定年後のほうが、企業に居るときよりも心理的な問題ではきついという意見もちょくちょく聞くのだが、そこは個人の感性の違いなので定量比較はむずかしかろうし、これは話題にしないでおこう。)

続きを読む "メンタルブロック(4/4)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

メンタルブロック(3/4)

(承前)
経済評論家の大前研一氏はダイヤモンド・オンラインの2009年1月27日付コラムで、日本人は必要以上に「イザというときのため」の意識が強すぎると指摘。先行き不安というのは間違いで、日本はいくらでも繁栄できる要素があり、こうしたメンタルブロック状態を打破することが大切と説く。
けどどういう意味で彼が言っているのかは検証の余地がある。彼の感性は海外を向いているからこそ読むに値すると考える。
----------------------------引用
大前研一氏が大不況の経済界に特別提言 「メンタルブロックを破って商機を掴め!」 大前研一  ダイヤモンド・オンライン
大不況のパニックが世界を駆け巡っている。「そこには人の心理が大きく作用し、まさに心理戦争の様相を呈している」と指摘するのは、ビジネス・ブレークスルー大学院大学学長の大前研一氏だ。大前氏は、「メンタルブロック」を打ち破るビジネス心理学の重要性を力説する。
 日本はバブル崩壊以後、失われた15年と言われる景気低迷を続けたが、それも2002年を底に回復。景気拡大期間は1966~70年の「いざなぎ景気」を超えて、最長になったという。
 だが、国民にその実感がまったくない。景気回復と言いながら所得は減り続けているのだから、それも当然だ。日本経済は先行き不安に怯えている。だがそれは間違いだ。日本はいくらでも繁栄できる要素を持っている。その引き金となるのは「心理」である。(聞き手:『週刊ダイヤモンド』副編集長 前原利行)
個人金融資産を流動させれば千載一遇のビジネスチャンスに!
 現在、日本の個人金融資産の総額は約1500兆円ある。これはGDPの約3倍。これほどの個人金融資産を持つ国は日本だけだ。仮に1500兆円の10%、150兆円が市場に染み出せば、日本の経済状況は激変する。 これは国と地方自治体すべて合わせた税収の1.5倍。どれほど巨大な財政出動よりも絶大な効果があることがわかるだろう。
ブログランキング・にほんブログ村へ
 じつは個人金融資産はバブル崩壊以前は700兆円程度だった。これが“失われた15年”のあいだも増え続け、1500兆円に達した。これは大変不思議なことである。不況のときに個人金融資産が2倍になる国などありえない。

続きを読む "メンタルブロック(3/4)"

| | コメント (0) | トラックバック (1)

メンタルブロック(2/4)

(承前)
ところで、風が吹けば桶屋が儲かるなど揶揄した経済連関であるが、今は、これが具現化されているごとき挙動が出ていて、経済政策も難しいという側面がある。私は、「他の手法をとっても確実かつ至近に効果が得られる景気刺激策がもうないし、何をやっても利害対立が生じ、最適化ができる状態にはない(官民とも)。回収率が悪くても確実性を求める」ということであろうと考えているがこれこそメンタルの慣性依存感性依存のしゃれですorz)ではないのか。現実のメンタルな閉塞感を示しているのではないか。かくてこういう認識が出てくる。
--------------------引用
おカネあるのに使わない高齢者 それが若者の低賃金を生む 2009年2月7日(土)17時39分配信 J-CASTニュース
車や旅行が売れないのは、若者がお金を使わないからだ。一面、これは正しい。ところが、個人金融資産の内訳を見ると、8割が50歳代以上なのだ。むしろ、お金のある高齢者が消費しないため、若者にお金が環流しないという構図が見えてくる。
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "メンタルブロック(2/4)"

| | コメント (0)

メンタルブロック(1/4)

---------引用
「高級ブランド」の凋落くっきり 12年で市場規模が約半分  2009年6月4日(木)11時15分配信 J-CASTニュース
未曾有の不況で海外高級ブランドの販売が落ち込み、国内市場は12年間でおよそ半分の規模にまで縮小した、という調査結果が出た。ブランドブームを支えてきた「中産所得層」が減っていること、若年層の「ブランド離れ」が顕在化していることも響いている。2009年の高級ブランド市場はいったい、どうなるのか。
02年以降は年々、数百億円規模で縮小
矢野経済研究所によると、08年の海外高級ブランドの国内市場規模は1兆643億2600万円(小売金額ベース)で、前年比89.8%の大幅なマイナスを記録した。最盛期の1996年をピークに、12年間で約8000億円も縮小して、規模はおよそ半分近く(56.1%)になった。
インポートブランドを展開するファッションアパレル、ブランドの日本法人、商社に09年2月~5月に調査を行い、6月2日に発表した。
ここでいうインポートブランドとは欧米から輸入している高級品の類で、レディスウェア、メンズウェア、ベビーウェア、かばん、靴、ネクタイ、スカーフ、ベルト、手袋などの10分野を対象にしている。構成比は、「かばん・革小物」が45.4%と大きく占め、ついで「レディスウエア」が20.5%、「靴」が13.6%だ。
J-CASTニュースはこれまでにも高級ブランドの苦戦ぶりを報じてきたが、 それを示す数字はなかった。今回の調査結果で「ブランドの凋落」が決定的であることが分かった。
ブログランキング・にほんブログ村へ
調査によると、ピークだった1996年の1兆8971億円を境に、97年は1兆6612億円、98年は1兆5674億円、99年は1兆3477億円、2000年は1兆2137億円と減り続けている。01年は持ち直して1兆3312億円だったが、02年以降は年々、数百億円規模で縮小している。

続きを読む "メンタルブロック(1/4)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

悲劇の動物園

例によって又落語を改作してみます。
参考:http://ginjo.fc2web.com/132doubutuen/doubutuen.htm
舞台設定と性格をかなり変えて人情話と仕込み落ちにしています。
元々は動物園・移動動物園という噺。英国の小話が端緒とされているがそれとしてもかなり変わっている。もちろん由来、詳細は不明である。ただし上方から江戸に伝わったものとはわかっている。東西で語られる。なお移動動物園自体は日本でも江戸時代には仏教の説法がらみで存在したらしい。
-----------------------------------
■次のかたどうぞ
●へぇ
■はい。私、当職業安定所の嘱託の池田と申します。平井さんですか。
●そうです。今回はお呼びになりましたので参上いたしました。
■お呼びも何も、支給のときにあれやこれやと・・・・まあいいです。ではですねえ、前回の勤めをおやめになった理由をお聞かせ願いますか。
●そんあこというたかて、あんたのためにならせん。
■いやね、こちらもいつまでも生活保護を支給するばかりが仕事違いますねん。かといって、無理なお仕事をご紹介しても三月も持たんちゅうのもいやでっしゃろがな。そらあきません。そこで当職安では社会経験を踏んだ、苦労した人を嘱託として薄給でやといまして・・・・こらなにをいわすんです。まあ、仕事をしなければならんということですわ。おやなにをぼーっとして。
●・・・いやあ、あなかお話になってるようですが。
■だからですねえ。・・・・まあ、そしたら、この提出書類にかんする履歴をご説明して下さい。
●・・・おもいだしとうもないです。しかも書類で出してるんですからよみゃわかるんでしょう。
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "悲劇の動物園"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

出会いの場(3/3)

(承前)
まあ現実を把握し新たな条例を作らない限り法的な摘発は難しいということだが、このようなことは行政と業者のイタチごっこであると感じると述べた。そのほかにほんとうにこのような欲求が、制御するにどのところに「ガイドライン」を作るか自体が、過大な問題である。もちろんこのような人権侵害に限りなく近似した行為を是認する気はないし、フォローする内容ではなかろう。
しかしバーチャルなら問題だし、リアルなら問題だし、出会い(結婚を意味しない)自体にそもそもシステム的な問題を持ち出すと、コミュニケーションというもの全体にに禁則を設けることにより、コミュニケーション自体を忌避するほうがトラブルに巻き込まれずに楽であるということを感じるひとが多くなっていないだろうか。この行き着く先にある「引きこもりが正しい生き方」という見方はちょっと問題であろう。
さらに、問題のある出会い系サイトであるが、真剣に出会いを求める男女が結婚情報センターや結婚相談所が運営している良心的サイトもあって、全うな出会いがある場合は実は極めて多い(のだが、余り表にでてこないため統計にはでない)らしい。厄介なのは、余りよくないといわれるサイトでも、志向が合致しある意味社会的に認知される付き合いになる事例も、実は少ないながらもあるということはいわれている(これは利害相殺というところにはなろうが)。そこを期待するためには良心的サイトを見いだす必要もあるらしいが、これがかなり難しいとも聞く。
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "出会いの場(3/3)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

出会いの場(2/3)

(承前)
「複数の出会い系サイトに会員登録し、女性との出会いを求めてチャレンジし続けるがダマされ、それでもクリックし続ける60歳の元国家公務員」
天晴れである。もっとも、あくまで人間の社会の中で、出会いを求める男女がなくなることはまずなかろう。犯罪を含め、消える事は無いと思われる。
しかしリアルな出会いが安全だというのは大きな間違いである。
最近、横浜市内を歩いていると目に付くのは出会い喫茶という看板。全国で100店以上あるとみられ、神奈川県・京都府・大阪府、愛知県・東京都にはかなりあるらしい。といってもなんか、胡散臭い。
首都圏でも「店舗型異性紹介営業(いわゆる「出会い喫茶」)の法規制の実施等について」の要請を行っている。 「風俗営業等の規制及び業務の適正化等に関する法律」(以下「風営法」という。)などの規制対象とはなっていない。ほんとうは所轄官庁としては、国に 「風営法」の改正と「出会い喫茶」の危険性周知啓発を早期に期待してるらしい。
ブログランキング・にほんブログ村へ
-------------------------引用
【明解要解】児童買春の温床? 「出会い系喫茶」規制拡大   産経新聞 2008.11.5 07:59
 ■店自体に違法性なく取り締まり難題
 男性が好みの女性を店外デートに誘い出すことができる「出会い系喫茶」が児童買春の温床となっていることから、条例を改正するなどして規制する自治体が増えている。京都府と神奈川県は条例改正で18歳未満の入店を禁止。北海道や大阪府なども同様の規制に乗り出す方針だ。しかし、男女間の出会いを提供する店そのものには違法性はないことから、条例がない自治体では「正面からの取り締まりや捜査は難しい」(警察庁)のが現状だ。(社会部 道丸摩耶)

続きを読む "出会いの場(2/3)"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

出会いの場(1/3)

夜遅くの電車の中で20台中ごろの恋人らしい2人が、和やかに、しかし見詰め合って話しをしていた。女性は清楚であるが美人ということではなく男もまあ普通の人である。ただし2人とも若いが、それなりの社会的なステイタスをもってる人のようである。話をそれとなく聞いていると(真横に立ってたら聞きたくなくても)振る舞いは確かだが親密なお付き合いのようだ。さわやかささえ感じる。
とかく車内ではお互いに体をすりすりといういわゆる「バカップル」といて、以前、そこそこ混雑している東海道線の電車の中で隣席の男女がずーっと男性が女性の太ももをなでながら話をし、逆に女性が男性のふとももから中側orzをなでながら・・というのを横浜から品川までずーっとやられた日には、終日落ち着かないということになってしまった経験もある。ただし欧州などでは日本で言うバカップルクラスの感じのほうがノーマルである場合もあるため、私の視点は極めて主観的判断とは言えよう。だいたい英語に「バカップル」を意味する言葉はない。また、北米や南米、欧州の多くの国では、このような接し方は社会が寛容である場合が多い。反対に中国語では「バカップル」と同じ意味の言葉があるんだとか。
ブログランキング・にほんブログ村へ
ただし、確かに恋愛を不要なものとみなすこともひとつの社会的現象であるとは言えるが、社会的認知がどうあろうと、恋愛をすることを否定することはできないし、その出会いという初期のトリガーをなしにすることは、恋愛が社会的には家の維持の問題に極めて影響を受けていた江戸時代ならいざ知らず、あたまから否定することではなかろうとはおもう。となると、基本的にはあるていどその使い方とリスクヘッジを念頭に置けるなら、ネットで親交を深めること自体は否定されるものとはいえないのであろう。ただ善意の人だけでないしそれを査定することに困難がともなうのもかなりの技量が必要である。

続きを読む "出会いの場(1/3)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

責任やリスクは極力避けたい

若年層「自動車無くてもいいヤ」その理由は「責任やリスクは極力避けたい」!? 2009年05月22日04時30分 / 提供:Garbagenews.com
ヤフーバリューインサイトは2009年5月20日、若年層から中堅層の男性における消費行動意識などを対象にした調査結果を発表した。それによると調査母体においては、自動車の所有意識は若年層ほど低い傾向にあることが分かった。また、自動車も含めたモノの保有について「責任やリスクとの天秤」をかけて考えた場合、所有に執着しない傾向が若年層ほど高い結果が出ている。責任・リスクへの懸念の高さが、若年層の自動車所有意向を低迷させる一因とも読み取れよう (【発表リリース、PDF】)。
-----------------------------
ふーん。というわけで見てみました。別に自動車だけの話ではないんですね。
ブログランキング・にほんブログ村へ
自動車、腕時計、携帯電話機の各アイテム購入時に重視することは、『使い勝手がよい、使いやすい』『全体的にコストパフォーマンスがよい』など実用面の項目では、どのアイテム・年代でも概ね6~9割以上と高く、また上の年代ほど高め。

続きを読む "責任やリスクは極力避けたい"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

都民農園の存在?

私の住んでいる町でも、遊休地・休耕田を活用して「市民農園」てのをやっている。一時我が家もそれを家族総出でやっていて、大根とか、葱とか、ピーマンとかを収穫していた。楽しい時間であった。一時期地権者の相続の都合で中止され、その後市が継続的な租借を受けたのだが半分を児童公園にしたので、今はのこりで行われている。所が、このおかげで借用の抽選倍率がすざましいことになっているので、我が家はいつも抽選からもれるはめになり、以降継続できないのである。
----------------------
だから、吉祥寺駅で電車を降りると「吉61:都民農園セコニック」という行き先のバスがあって、経由を含めるとかなり多い(しかも大泉学園駅まで行くともっと多い)ということを知ったときは、近代的な、市民のための都市農園を、都内でも近郊農業の歴史がある練馬区のはずれに都がもっているのか・・・メインは稀少となった練馬大根かねえとおもっていた。
よくないことに、未来世紀ブラジルという映画があって、私はこの映画をたまたまDVDで見たことがあり、「20世紀のどこかの国」の暗黒社会・管理社会を舞台とするものを、カルト映画というより、「動物農場」を思い出し、意味としてはこれに重ねるようなものであると想像したもんだから、ますます妄想は膨らむのである。曰く、ああいうようなダクトの中の工場型農地なのかとか・・・・
ブログランキング・にほんブログ村へ

続きを読む "都民農園の存在?"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

使われるためのツール

温厚な知り合いがあるときえらく憤っていた。
『「金融学という時代、金融は人々の暮らしに密着し、生活の便利のために役立つものとして使われていた。金融工学と言われて、技術に特化していった結果、理念から離れていき、使われるためのツールになってしまった。」ていうことを書いてるものがこのところたくさん出てきた。てことはだ、工学というものは人々の理念を堕落させるものかよ・・』
金融工学自体は、今までの金融市場の挙動を整理・解析し、経済学・会計学・工学・数学など様々な学問領域と接点を持ちながら裏打ちし、発達していたものである。そこで確かに理論は実務と密接に結びついていることから工学という概念、つまり実務から理論を導出していることから、工学としての形は多少あるとはいえる。(というか経済学・経営学自体もその側面があるし大きく分けると実学という範囲である)
ブログランキング・にほんブログ村へ
さて、経営工学というのはあるいみ工学技術として確立されているといえるだろう。工場経営に代表される諸問題には工学的見地で解決されるからだ。また融資問題などは計算工学や計算機工学・情報工学の中に入るともいえる。分類が難しいものではあるが金融工学は経営工学のなかに入る分類もある(たとえば技術士試験)のだが、これが技術者にはすこぶる評判がよろしくない。もちろん資格の実践には金融工学がなじまないという現実もあるのだが、現象が工学的な一意なまとめにならないのである。

続きを読む "使われるためのツール"

| | コメント (2) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »