« メンタルブロック(1/4) | トップページ | メンタルブロック(3/4) »

メンタルブロック(2/4)

(承前)
ところで、風が吹けば桶屋が儲かるなど揶揄した経済連関であるが、今は、これが具現化されているごとき挙動が出ていて、経済政策も難しいという側面がある。私は、「他の手法をとっても確実かつ至近に効果が得られる景気刺激策がもうないし、何をやっても利害対立が生じ、最適化ができる状態にはない(官民とも)。回収率が悪くても確実性を求める」ということであろうと考えているがこれこそメンタルの慣性依存感性依存のしゃれですorz)ではないのか。現実のメンタルな閉塞感を示しているのではないか。かくてこういう認識が出てくる。
--------------------引用
おカネあるのに使わない高齢者 それが若者の低賃金を生む 2009年2月7日(土)17時39分配信 J-CASTニュース
車や旅行が売れないのは、若者がお金を使わないからだ。一面、これは正しい。ところが、個人金融資産の内訳を見ると、8割が50歳代以上なのだ。むしろ、お金のある高齢者が消費しないため、若者にお金が環流しないという構図が見えてくる。
ブログランキング・にほんブログ村へ

個人金融資産のうち8割を50歳以上が持つ
今どきの若者は、車も買わないし、旅行にも行かない。金を溜め込んで、家でケイタイやネットばかりしている。 そんな議論に対し、ネット上では、「お金がないから仕方がないだろ」といった反論がよく見られる。主に若い世代かもしれない。 もちろん、お金があっても車や旅行を購入しない可能性はある。しかし、若者にお金がない、というのを裏付けるかのような個人金融資産のデータがあるのだ。それが、情報サイト「Garbagenews.com」で2009年1月31日に紹介され、タイムリーな話題としてネット上で脚光を浴びている。
第一生命経済研究所が、2005年7月5日にまとめたレポートだ。それによると、04年度末の個人金融資産約1400兆円のうち、30歳代以下は1割にも満たない。ほとんどが中高年で、うち5割強を60歳以上が占めている。団塊世代を含む50歳以上だと、8割にも達するのだ。現在は、資産総額が約1500兆円に増えているが、担当の主席エコノミストの熊野英生さんによると、こうした傾向は変わらないという。
レポートでは、高齢者に資産が偏在する理由として、退職金のほか、住宅ローン返済完了、子どもの経済的自立、親からの資産相続などを挙げる。さらに、熊野さんは、「高年齢化や年金など社会保障の不備による先行き不安や、バブル崩壊の悪夢が忘れられないこともあって、貯蓄が増えている」と分析する。
とはいえ、過剰な貯蓄は、経済に悪影響を及ぼすと指摘する。
「経済が縮小して、所得水準が切り下がります。それが、さらに貯蓄に跳ね返るんですね。お金は使った方が、事後的には貯蓄額がアップするんですよ。お金を溜め過ぎるのは、経済によくないんです」
大前研一さん「10%使えば日本の経済状況は激変する」
経済縮小で影響を受けるのが、仕事を求める若者たちだ。主席エコノミストの熊野英生さんは、こう言う。
「例えば、高齢者が介護、医療などでお金を使わないと、そのビジネスが大きくならず必然的に低賃金になります。高齢者が消費しないと、世代間の所得移転が実現しなくなるということです。つまり、若者にお金が回らないことになりますね」
同様に、高齢者の消費活性化を説くのが、経済評論家の大前研一さんだ。
ダイヤモンド・オンラインの2009年1月27日付コラムで、大前さんは、日本人は、必要以上に「イザというときのため」の意識が強すぎると指摘。先行き不安というのは間違いで、日本はいくらでも繁栄できる要素があり、こうしたメンタルブロック状態を打破することが大切と説く。
繁栄可能の理由として、大前さんは、日本の個人金融資産はGDPの3倍と世界で例がなく、仮に10%の150兆円が市場に回れば日本の経済状況は激変することを挙げる。
海外では、イタリア人は人生を楽しむために金を使い切るまで遊び、アメリカ人は老後の準備をして、そのために最もお金を使うという。大前さんは、その金が市場に流れ、若い世代へ受け渡されるとしている。
前出の熊野さんによると、日本でも、お金に余裕のある団塊世代には、消費を活発化させている分野もある。ゴルフやフィットネスクラブなどのサービス業だ。消費不況の中で、ゴルフ業界は、08年11月は売り上げが前年比1.7%増え、利用者数も0.2%増だったという。ただ、幅広い消費で景気を下支えするほどではないようだ。
---------------------終了
うーむ。
日本の企業は資本回転率 (企業が、資本をどの程度効率的に利用し、売上高を上げているかを示す指標。「売上高」を「資本や設備などの資本投下要素」で割ったものが多い。会計年度で計算するから、例えば3という値が出れば1年で3回回るなんてことをいう。)をいう。ところがこの値が2000年ぐらいから極めて悪くなっている。1995年ぐらいの決して景気が良くなかった時代でも3回というのがいい企業のレベルだったのだが、今は0.6回ぐらいになっている。これは投資回収や売り上げの回収が実体経済では滞ってることを示す。でその分、不思議にこれらのお金は海外流出というのもあるが、個人資産確保という形で預金残額増加につながっているという。
なぜこれをあんたが関わるのかというと、じつはこの投資回収が悪くなっているのでベンチャーファンドが業務がなりたたないということが合ったり、起業した会社が回収不能でつぶれたり、さらに優良な起業への融資さえ回収見通しが不確定でできずといったことが頻発しているからである。かくて製造業の場合は技術自体を海外の企業う売ることで短期的回収を図ることにしか道がないということもあるし、また海外の資本で運営するベンチャーファンドが日本の起業体制に見切りをつけて撤退することが多くなっているのである。どこの時代でも資金調達は悩みの種であるが、日本で成り立たない企業や事業が海外でなりたち、その結果を持って日本で活動するというブーメランのようなことが最近又増えている。皮肉なことに預金残額増加ということで運用をしたいファンドはそれなりにあるのだが、安定した運用というのが前提であるため、金を持ったまま死んでいるということさえ云う人が居る。

ところで確かに運用という形で資金の流動性を高めることを、日本人は促されてもしないことがある。それどころか投機をする人を、先行きを読まない馬鹿な人とか、見えないリスクを想定しない人とか、「草食」とか、揶揄する言葉は回りに腐るほどある。
貯蓄性を金融機関に求めることは海外の銀行業務から見ても特殊らしく、かつて日本の銀行業務を調べた海外企業は、なぜあのシステムで銀行が営業できているのか・・・つまり貯蓄を所有資本を担保にして貸し出している業務だけで、投機的行動やリスクをもたないものがなりたつのか・・・と懸念し、しかも投機的行動をした銀行がいい評価を得ないことに悩んだ様である。また、海外にあまりなかった、徴兵保険と呼ばれる保険を扱う徴兵保険会社がなりたっていた。徴兵保険とは、養老保険の一種で子供が小さいうちに加入し、子供が徴兵などのときに(徴兵時には勤労者が居なくなるため生計がなりたたないことが多かった)保険金が給付される。このように保険とて貯蓄性の高い商品がメインであったわけで、生活不安からという形とは少し異なる側面を持つ場合もある。

世代間の所得移転が進まないということであるが、流動資産という形では中高齢者と、老齢者(いわゆる後期高齢者(苦笑))の間でお金が回っているということはあるといえる。ただし、若年者がそのうち中高齢者になっていくのは事実である。ライフスタイルのなかでは必ず回っているのであろう。ただし高齢化で寿命が延びて居る現在それが昔なら若年者に回るものが、寿命が延びた分年齢層が上の人に回ってきたということではないだろうか。

もう一ついうと、これらの高齢者の所有資産は、平均して均等に分配されているのではないかという見方もできる。個人所得の差が少ないと、当然蓄積もにあtりよったりになる。となると、平準化された生活環境の中では、相対的に個人資産の平均値が増加する傾向にある。このことは投資を他人と同水準の生活コスト以上の費用が充当されるもの(つまり一発逆転ホームラン的な投資でないもの)とすると、投資性向がある資金自体が見かけよりかなり少なくなっているという見方もなりたつ。
-------------------------
となると、もともと生活にあるリスクをできるだけ回避しようとする志向があって、それが現物としての「カネ」ということになっている上に、それがいくらかの減衰(相続税)はあるにしろ、相続して継承されるという前提があるならば、投資によって生活をスリリングにすることをするのは、若気の至りという志向になるのは至極当然である。ただこれらは過去の生計の失敗によるものも多い。
ちょっと前の人は第二次世界大戦中に国債を買わされた(というか企業体を当時買収したときに国債で充当を押し付けられ、戦後反故になったため没落した企業家は少なからず居る)ことから、国債は買わないで現物が一番ということを云われた人は多かろう。また投資家を山師とかいって嫌がる(そもそも鉱山技師でなく山師ということ自体一種の投資をリターンを確定させないものと認識した蔑称であろう)のも確定性をきわめて重視したことになる。
注意しないといけないのは、これがあるからこそ日本では、品質向上や規律遵守、共同体成立という形で製造業が独自の高い信頼性を追い求めなければ社会に受け入れられないという「安全・安心の社会」を頑強に作ることを推し進めた側面があると解することもできる事である。私は「安全・安心・安定の社会」という言い方をするが、これが購買者の求める際限のない品質に関して妥協を許さない市場要求につながっているとはいえる。製品の中に不良品が混入するのは想定されたリスクとして計算するのと、想定するぐらいなら購入しないと要求する「メンタルブロック」があるからだろう。
革新する事は物事に対しては反映される限り進歩であるが、メンタルの慣性力・メンタルブロックがあるからこそ革新の前提になるという、相反条件を内包する側面がどうもあるようである。
だから、確かに爆発的な経済の復帰は求められないという嘆きは、この様に金回りが悪いといいたくなるのはヨークわかるのだが、その所持資産が浮遊性のものでない現物である(つまり相場で価値が一転するというほどのものでないもの。不動産なんかは浮遊性がありそうですね)以上、景気変動に対してスタビライザー(安定化装置。乗り物に取り付けられ、操縦時の不規則なゆれや転倒、転覆防止に使う。車ならスペンションにつく。)になるような側面があるとも思う。ただしそれを阻害する社会変化(非正規雇用の増加・変動に対する感受性の過敏化)もあるから実感しにくいが。
更に云うと、トリガーは必要だが今あわてて急激な繁栄をすることは、バブル経済破綻前のように、お金がだぶつきその後急な縮小を憂慮する事自体、地道にこつこつ、すこしずつ生きるための材料を得るのが安全・安心・安定なのだと達観してるというならば、そもそもメンタルブロックというネガティブなものではなく、農耕民族の嗜好性というポジティブなところになってしまう。
-----------------------
さて

ダイヤモンド・オンラインの2009年1月27日付コラムで、大前さんは、日本人は、必要以上に「イザというときのため」の意識が強すぎると指摘。先行き不安というのは間違いで、日本はいくらでも繁栄できる要素があり、こうしたメンタルブロック状態を打破することが大切と説く。

いったい大前氏はどういう主旨でこの論議をしたのかは気になる。そこで、原文をよんでみることにした。
(続く)

|

« メンタルブロック(1/4) | トップページ | メンタルブロック(3/4) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« メンタルブロック(1/4) | トップページ | メンタルブロック(3/4) »