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日本初のバスガイド

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日本初のバスガイド、98歳で死去…昭和初期に別府で活躍 2009年3月31日(火)19時50分配信 読売新聞
 大分県別府市で日本初のバスガイド(女性車掌)として温泉地を案内した村上アヤメさんが30日午前3時30分、老衰のため亡くなった。98歳だった。告別式は関係者で済ませた。4月26日正午から同市中央町5の17の亀の井ホテルで「お別れ会」が開かれる。
 村上さんは1928年10月から33年まで、「亀の井自動車」(別府市、現・亀の井バス)の初代女性車掌の1人として勤務。「地獄巡り」などを七五調で説明しながらのガイドが評判を呼んだ。引退後は後進の指導に当たり、2007年11月に同県知事表彰を受けた。
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合掌。
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亀の井バスの設立は1928年1月10日。九州観光の祖と言う油屋熊八が別府地獄めぐりの遊覧輸送を目的に亀の井旅館のバス事業部として設立するが、戦後独立し、1964年に西鉄グループの傘下に入る。そして、現在は系列外の別会社である亀の井ホテルの株式を保有している。だから亀の井ホテルで「お別れ会」を開くのはあるいみ好適であろう。いまや亀の井ホテルは全国に展開しており、ビジネスホテルを展開するそうな(それまでにも兄弟会社としてビジネスホテルの経営に関係しているようだ)
箱根宮ノ下温泉にある富士屋ホテルが、観光をかねて乗合バスの運行もはじめたというのが有名だがこのころははやったのだろうな。
この油屋熊八という人はかなり独創的な人だったらしく相場師となるが浮き沈みが多く別府温泉に移る。その後別府亀の井ホテルを創業。洋式ホテルに改装。続いてバス事業に進出し、亀の井自動車を設立して、日本初の女性バスガイドによる案内付定期観光バスの運行を開始した。様々な奇抜な考案をしアイデアを展開したという。

* 「山は富士、海は瀬戸内、湯は別府」というキャッチフレーズを刻んだ標柱を全国各地に建てて回った。(これは今の広告宣伝でもありますな。そーいえば「♪山は富士なら酒は白雪」というのもある。)
* ゴルフ場を開き、温泉保養地とスポーツを組み合わせた。
* 新聞主催人気投票に葉書を市民に配って組織的投票を行い、別府を首位に導いた。(これは、古牧温泉(青森県)が最近やっている)
* 日本初の女性バスガイドによる案内つきの日本初の定期観光バスの運行を始めた。(上述。七五調の地獄めぐり案内は、現在でも亀の井バスの観光案内に受け継がれている。バス会社のサイトには全便七五調案内便ですとあり、七五調とは?の説明には・・昭和3年に定期遊覧バスを運行させた際、沿線の観光地を「ここは名高い流川…」の名調子で案内し、好評を博したものです。・・とある)

別府地獄めぐりは、若いころ行った事がある。別府温泉に多数存在する様々な奇観を呈する温泉を周遊する別府観光の定番コースだ。たしかに、別府温泉には、青、赤、白などの様々な泉色を呈する温泉や、間欠泉などの特色のある温泉が点在する。また、温泉熱を利用して飼育・育成した動植物を展示する施設を併設したものもある。観覧を目的とした温泉は地獄と呼ばれている。(ちなみに地獄炊事という言葉もあり、温泉熱をもちいた炊事施設、行為である。温泉の蒸気を利用して様々なものを蒸すこと、また、蒸したものをいうともある。貸間:食事が付かない、湯治を目的にした長期滞在者用の自炊施設  によくある。 )
多くの地獄の中でも別府地獄組合(CO-OPでないだろうとはじめ聞いたとき動揺した)加入のの8つの地獄は特によく知られ、ここに観光バスが約2時間半で回る。もっともこれに入っていない地獄もあるらしい。(最近入ったものもあるようだ)たしかにこれは今でも記憶にあるぐらいで面白い。
------------------------引用
村上アヤメさんのお別れ会/別府市  2009年04月27日 ASAHI.COM
 日本初の少女車掌(バスガイド)で先月末、老衰のため亡くなった村上アヤメさん(享年98)のお別れ会が26日、別府市中央町の別府亀の井ホテルで開かれた。会場には村上さんの高等女学校時代からの写真や資料も展示され、200人近い人たちが別府観光のPRに尽力してきた故人をしのんだ。
 別府市は生前の功績に対し、感謝状を贈呈。晩年の村上さんの世話をし、お別れ会を主催したアヤメ会世話人会の代表が受け取り、遺影の前に飾った。
 浜田博市長は「別府観光の語り部として数多くの宣伝をされてきた。見舞いに行き、車掌姿の写真を町並みに出したいと話したのが最後になった」などと話した。
 村上さんを少女車掌として登用した故油屋熊八翁の長男、油屋正一さん(76)=千葉県浦安市=は10年ほど前から熊八の碑前祭でお会いするようになりました。一緒に食事をした時、『先代にそっくり。今度は丸い眼鏡をかけて来たら』といわれた。近年、お年を召されたようで気にしていたが」と話した。(後略)
----------------------終了
油屋熊八さんの長男がご健在なんですな。
「生きてるだけで丸儲け」は波乱の人生を歩んだ上述の油屋熊八の言葉と言われているらしい。そして、それを知ってかしらずか判らないが、「生きてるだけで丸儲け」というのは明石家さんまの師匠の笑福亭松之助師匠がよく言っていたことばと聞く。別府と大阪は汽船の通じている間。話があってもおかしくない。そして、師匠を敬愛する明石家さんまは、娘にもそれを省略して「いまる」という名前をつけたという話である。
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さんま長女、IMALUがモデルデビュー! 産経新聞 2009.3.28 08:06
 タレント、明石家さんま(53)と女優、大竹しのぶ(51)の長女、いまる(19)が「IMALU」の芸名で芸能界デビューすることが27日、分かった。4月6日からFMヨコハマでラジオパーソナリティーを務めるほか、女性誌「Zipper」の専属モデルに就任。今後は歌手を目指して活動していく。(中略) IMALUは身長1m50cmと、同誌の歴代モデルで最も背が低いが、個性重視の誌面展開で土屋アンナ(25)や木村カエラ(24)らファッション性の高い歌手をモデルに起用してきた同誌が、音楽性を見込んでIMALUと専属契約を結んだ。(後略)
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とはいえ、その中でも初期の有力なスタッフとして活躍した村上さんは、後進の指導に当たり知事表彰をうけたのだから、「生きてるだけで丸儲け」ではなかったわけで。
参考:

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