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理科室のおじさん

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日立OB「理科室のおじさん」に、技術者経験を授業で活用  (読売新聞 - 05月09日 15:14)
 日立製作所OBの技術者が「理科室のおじさん」として茨城県日立市内の小学校に駐在したり、小中学校の実験や観察などの授業を支援したりする新たな取り組みが、今月から始まる。
 理科室のおじさんは、日立製作所の製品開発や研究などに携わってきたエキスパートで、市教委では「科学の楽しさをたくさん伝えてもらえれば」と期待している。
 日立製作所が創業100周年を記念して「日立理科クラブ」を創立し、「小中学校の理数教育に貢献したい」と申し出て、「子どもたちの科学する力を育む教育」の充実を図っている市と協定を結んだ。
 理科室のおじさんは日立理科クラブの会員で、市教委が指定する小学校に週2日間駐在する。要請に応じて、小中学校の理科や数学、総合的な学習の時間などにも出かける。理科や数学に興味、関心が高い中学生向けの「理数アカデミー」も、市教育プラザを会場に開いていく。
 クラブの事務所は市教育プラザに置かれ、9日の開所式では、記念講演「くらげは光る~ノーベル賞とくらげのお話」が行われる予定。土、日曜日には、竹とんぼや電磁誘導車などを作る「モノづくり工房」や「水ロケットをつくろう」なども定期的に開催する。
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このような活動は各地で結構やっていまして、目新しいものとはいえないのですが、ものつくりの技術者が後輩たちの育成ができないことに苦慮しているのはおおくある。これらは企業の社会的責任(CSR)を考えているもの、地域への還元を意図しているもの、優秀な就職者の確保といろいろな意図がある。ただしこのようなバックグラウンドが明らかにできないことから、あまり報道にはのらぬ。
この事例は、高度な研究者か高度な技術者、そしていわゆる技能五輪出場者の指導員だったり、職業訓練指導員資格を持つ企業OBの組み合わせにしていると聞く。
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製造業に限るとこのようなものがある。(このほかに放送局や新聞社が公正な報道ということなどの派遣授業を受託するものもある)

旭化成:同社の製品技術をベースにした実験。製品開発や用途開発の説明など
     延岡地区(旭化成の企業城下町でもある)で年15回程度、その他は年1~2回程度
アマダ(プレス機械メーカ):金属加工の紹介   年1回
NEC:NECガリレオクラブ(理科実験や工作実験教室)巡回して年20~30回
オークマ(工作機械):若年者ものづくり人材育成促進事業  
     工作機械操作の実技指導を年6回 社会人講師による実技講習会を年1回
キヤノン:レンズ工作教室(望遠レンズ工作)年3回(本社)
     カメラ工作教室年3回(本社)
     プリンター解体教室年4回(本社、福島、長浜)
新日本石油:ENEOSわくわく環境教室(石油製品の観察、燃料電池の発電実験など) 年20回程度
       ENEOS森のわくわく学校(植物や昆虫を観察) 年3回
ゼネラルエンジニアリング(設計開発技術者派遣):ものづくり体験教室(工作教室)年2回
       大田・ものづくり科学スクール  年5回
東京電力:環境エネルギー講座(発電のしくみや地球環境問題実験など)1800回
東レ:社会人講師活用型教育支援プロジェクト年3回程度
日産自動車:日産モノづくりキャラバン(組み立て製造の模擬体験。電動工具締め付け作業の体験)410クラス
日立建機:サイエンスキャンプ(油圧ショベルの試乗、近未来型建設機械のアイデア)年1回
富士通:デスクトップパソコン組み立て教室など 各地のグループ会社で各年1回
ブラザー工業:親子モノ創り教室(家庭向けラベルライターの組み立て 家庭用ミシンを使ったエプロン製作など)
年4回(社内3回・社外1回)
ホンダ:燃料電池教室(燃料電池のしくみ紹介。実験キットを使った発電実験)12回
     ドリームハンズ(段ボールクラフトを使った工作教室)171回
     環境わごん(モノづくり教室)246回

このほか品川区では電気機器メーカーが区を支援して、企業の技術者OBで管理部門で働いている人たちを活用、そして学校に派遣しているという。
理科離れの進行により、次の時代の研究者・技術者が育たないことがよくいわれる。理科や数学に対する子どもの興味・関心・学力の低下、国民の科学技術知識の低下、若者の進路選択時の理工系離れと理工系学生の学力低下、将来の科学技術人材が育たないこと、などが問題の総称だ。国力全体の問題もあるし地域特性の中での差別化の視点もあろう。ただし日本だけでなく先進国に共通の問題である上に、世界的な科学技術競争が激化する中、主な国は科学技術重視の政策を推進している。それまでは日本は意識的な理工系人材拡充への政策努力や教育が際立っていたのだが、優位性が維持できなくなっているという見方もあろう。また科学技術が産業競争力の根幹という認識が国民の間に必ずしも浸透していないし、むしろ「理科好きになり理系の道に進むのは割に合わない」社会状況がある。というのは理論より人間の感情の操りのほうが、日本では付加価値が高いとみなされることもあろう。
短絡的な言い方になるが、こういう都都逸がある。といっても「意地悪ばあさん」での話だから、長谷川町子の筆になるものであろう。
奥さんは大学卒(東大卒となっていた)でなかなか子供の教育について意見を聞いてくれないということを旦那から聞いた意地悪ばあさんは、説得に出かける。しかし、感情論に訴える意地悪ばあさんに対し、(当時はすくなかった大卒の)奥さんに「理路整然、滔滔と」論破され、いい負かされて追い返される。やけになって入った帰路のてんぷらやで都都逸を。
「♪明治が昭和に 言い負かされて 大正海老にて 憂さ晴らし」

たぶん、明治=意地悪ばあさん 昭和=奥さんでしょうな。とかくこのように感情論のほうが同意されやすい側面がありそうである。

便利で豊かな環境の中で生まれ育ち、生活を支えている科学技術がブラックボックス化し、科学技術の必要性をあまり感じなくなっている今の子どもたちを理科好きにさせるには、「科学する心」を芽生えさせるアプローチが必要であるが、それが「だれのための科学する心」なのか「科学する心でいくらゼニが儲かるのか」とすりかえられる現実もある。洞察力と判断力を養うような理科教育。これに苦慮しているがモチベーション付加自体に困難があると、単なるイベントになってしまう怖さは必ず伴う。その側面を知りながら、「科学する心」を語らないとならぬ。
日本では、科学が文化、教養の一部になっていないという意見がある。では欧米先進国ではどうかというのだが、持つ人と持たない人はかなり差が有ると私は考える。こまったことに、教養という意味での知識の存在感は、世界の一般市民の間にすでに少なくなってきている。
同じように科学の知識を国民がある割合でいても、日本の場合、社会の中で平坦に分布している上にボトムアップして意見を強く訴え、さらに意図しない意見には従わないことを行うことに対してはさほど他国に対し障害が少ない。このことが科学的なものより調整を求めることに意義を持つ社会構成からの地盤があるかもしれぬ。その意味で言うととかく国の指導者に科学リテラシーがないことが第二次大戦での日本の敗因につながったという発言は、そもそも感情論で統率をし、その感情によって動く人間に(つまり日本人だからというものとはまったくいえない)よて大方が決する軍隊においてはそもそも、ツールとしてしか科学的な思考パターンは使われないといえる。とかくこのことを現在の日本国民の間に科学する心がないということとくっつけることはきわめて短絡的であろうと私は考えている。
また、われわれは、知っているべき知識が多くなりすぎ、知的層でもそうでない層でもないようが違うとしてもオーバーフローしかかっているのである。むしろその知識を得ることを通じてその根源やその過程の間違いを見極める資質の育成が求められているように感じる。その中で科学知識自体が埋没するのは当然であると私は考えるのだが、埋没しかかってもすぐ使えるときに引き出すような訓練が今後の科学教育なのではとおもう。
そうなると、浅薄な内容でもプレゼンテーションができる役割の人が必要ということになるのだとなるとこれはこれで壮大なる自己矛盾である気もする。ただ即物的・至近に果たすべきものとするならば、現在進行中の科学研究や過去の発見の中から大切な仕事を洞察力良く探し出し、一般の人たちに分かりやすく伝える人を育成すること自体はやむをえないとは思う。しかもそれらは以前なら大学の研究者などの専門家、官僚などが担っていたのであるが、それ自体ではもう支えられない、猜疑心前提の、感性依存の社会がなりたっているのも事実である。そのなかで、リアルな実験や実習を経験させることは猜疑心を少なくする可能性があろう。
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日立市のこの働きかけについては、学校側・教育委員会からのニーズも強くあるといわれる。国内の、工業が産業の中心である地域では良質の技術者を地域で育成して地域の継続的発展をはかろうとし、現在の学校に科学などを教える環境が乏しいということであるが、ローカルな産業構成に対応している地域がきわめて熱心というのである。そしてそれは、組み立て工場に特化した地域では余りなく、研究開発基地の近くにどうしても固まってしまう偏在傾向は注意したい。
中学校には理科の先生がいるわけで、教えるための基礎的な知識と経験があるのだから、教える人がいないというのはあれれとおもうのだが、これらの先生方は理論としての教授はなれているのだが、それを補強する実験などの手法に長けていないということを指摘するのである。つまり(ある意味理論的思考にたどり着く前段階として)の「食いつき」自体に問題があるとの認識であるらしい。それ以上に小学校の場合は、教師に文系学部出身の人がきわめて多いようになってしまったものだから、独創的な教授ができにくいという事情まで聞く。本当なのだろうか。
この場合定年後60~70歳前後までの研究者や技術者など企業に正規雇用されていない(これが上の企業の活動とは違う)人たちによる活動である。まず市内のいくつかの小学校の理科室に、会員が「理科室のおじさん」として、週二回駐在。子どもたちの疑問の対応と実験や観察の授業で教員たちを支援する。ほかに「出前授業」も行う。
一方、中学生には月一回土曜日に、ハイレベルな理科の実験や試験に挑戦し、科学の楽しさに触れる会を開くわけでこれは学校とは話した形にしている。この際に実験用教材の開発も行う。
なお自治体が企業と連携し、子どもたちの教育活動を支援するのは、全国的にもそう多くない珍しい取り組みということになっているが、この場合企業自体が口は聞くが金を出していないということには注意したい。あくまでも、企業OBによる活動なのである。そして雇用対策の側面さえある。
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理科の実験に関する教材研究は実は、工学教育の研究会などでかなりの蓄積があるし、精力的な先生方による技法開発はその気になれば結構あることから、決して不足しているとはいえないとも思うのだが、それを「安全に」相互に交換し、そして相互に活用する環境が足りていないと私は思っている。
ただし、上述のようにアトラクションに特化した形でこれらの授業が収斂してしまう危険性は多くあることだ。そのうちいくらかでも科学に興味を持ってもらえれば歩留まりが悪くてもOKといえばそうなのだが、実際はそうはいかないだろう。本当は「科学する心」の真髄である、現象を把握し、そのとき感情に左右されず理論として組み立て、再構成していく手法の理解にあると考える。それを知ってやることを覚悟しなければならない。それを前提にすればこの活動は頑強な社会への還元になるとは思うのだが。

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コメント

こんばんは。
企業主催の科学クラブ、当方の近隣でも行われています。でも科学の面白さというより遊びの要素が前面に出過ぎているのでムスメには勧めません。
学研の「科学」も今では学校で取りまとめていませんので、我が家では添削教育ついでに「こどもチャレンジかがくぐみ」をやっています。
でもその前に日本語をきちんとさせたいなあ、というのが本当のところなんですよ。

投稿: niwatadumi | 2009年5月17日 (日曜日) 19時59分

>でも科学の面白さというより遊びの要素が前面に出過ぎているのでムスメには勧めません。
ちゃんとカリキュラムを見てらっしゃるんですね。
鶏と卵の関係で、興味が持てないアトラクション的内容だと、今度はニーズが捕捉できていないという評価になってしまうんです。カリキュラムをどう評価するかという親御さんの思想も実は問われている側面もあります。

投稿: デハボ1000 | 2009年5月17日 (日曜日) 21時08分

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