« ノンアルコールビールのCM | トップページ | 日本社会で起業(2/3) »

日本社会で起業(1/3)

--------------------------引用
日本社会で起業するため本当に必要な9つのモノ 2007年03月31日 06時16分00秒 GIGAZINE
以前にインタビュー記事を掲載した「ビジネスプランコンテストSEEKS」、これには実際にGIGAZINEも審査員として参加し、全部で12チームの出したプランを見ていったわけです。で、終了後に交流会があったりと、いろいろな起業を志望する人と交流ができたわけです。
その中で感じたことを以下、まとめていきます。ホリエモンによっておそらく本格的に火がついたというか、注目されてきた就職以外の「起業」という選択について、大いなる誤解が跋扈しているので警鐘の意味を込め、どちらかというと学生向けに書いていきます。なので、実際に起業したいと考えている人にとっては不愉快きわまりない超ネガティブなものになっていることを最初に注意しておきます。ですが、これがおそらく日本における真実です。起業したいと思っていない人でも、心の片隅にとどめておけば必ず役に立つはずです。あるいは新興企業へ投資する際の判断指標として役立つかも。
ブログランキング・にほんブログ村へ

ブルーオーシャンなんてどこにもない
「ブルーオーシャン」というのは、2005年に話題になった考え方。競合他社とコスト削減や差異化などで戦う既存市場を血みどろの「レッドオーシャン」とし、そうではなく競争自体を無意味なものにする未開拓市場「ブルーオーシャン」を創造すれば過剰な競争に晒されずに企業は繁栄できる、というもの。これだけだとただの新規開拓事業と大差ないわけですが、ここにいろいろな分析ツールを駆使し、実例を交えていくことでかなりの説得力を持つ内容に仕上がっています。
これはどちらかというと既存のレッドオーシャンに身を置く企業が過当競争の中で消耗戦に陥り、利益幅が縮小してしまうという事態を回避する方法を示したものであり、新規に事業を行う場合はあまりあてになりません。しかし、今回に限らず多くの起業を志望する人はこの「競争のない未開拓市場」という点に非常に魅力を感じるはずです。なぜなら、既に大企業が存在している市場に新しく参加すると、いわゆるベンチャー企業は資金・営業力・設備・経験など、あらゆる面で不利だからです。結果、どうしても未開拓市場を創造することによって利益を出すと言うことを夢見がちになります。
ですが、未開拓市場を開拓すると、あとから別の企業がそれを見て「うちもやってみよう」となるわけです。これはブルーオーシャン戦略の中でもちゃんと示されています。つまり、最終的にはどこかでレッドオーシャンに突入するだけであり、その覚悟も戦略もないまま、ただ競争が最初はないからと言う理由だけで「新しいこと」をビジネスとして起業するのであれば、失敗するのは必然というわけです。残念ながらほぼ9割のビジネスプランと企業を志す人々はこの段階で既に終わっています。ベンチャーを志す人の集まったコミュニティや勉強会などといったものを外から見たときに感じる「ふわふわした感じ」の正体はまさにこのレッドオーシャンからの逃避という選択を選んだ人間が放つ戦闘意欲のなさそのものです。
-----------------中断
ブルー・オーシャン戦略とは、INSEADビジネススクール教授のW・チャン・キムとレネ・モボルニュが著した経営戦略論。これが出たときにたまたま読んだ記憶がある。私には魅力的な理論であっても、魅力的な選択とは思わなかった。解釈の違いに過ぎないと思うのである。
ここでは競争の激しい既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海)」とし、競争のない未開拓市場である「ブルー・オーシャン(青い海)」を定義する。
市場で生き延びるため、レッド・オーシャンでは競争の中で確かな地位を築くことでライバルより有利な状況を作ろうとする。そこで通常は、競合他社の動向を分析し、より良いことをしようと競争する。限られたパイのなかでより多くのシェアを獲得しようとするのは、ある企業が利益を取れば別の企業が損をしているというゼロ・サムゲームである。つまり、成長に限りがあるレッド・オーシャンを分割することに集中している以上限界がある。
ブルー・オーシャンの視点では、市場の境界はマネージャーの頭の中にしか存在しないという見方で、既存のマーケット構造に考え方を制限されず、未開発の需要が市場にあると考える。どのようにそれを作り出していくかの問題では、着目点を供給から需要へと、競合他社との競争から、顧客にとってあまり重要ではない機能を「減らす」「取り除く」ことによって、企業と顧客の両方に対する価値を向上させる「バリューイノベーション」が必要だとしている。マイケル・ポーターの競争戦略が、「事業が成功するためには低価格戦略か差別化(高付加価値)戦略のいずれかを選択する必要がある」としているのに対し、ここでは、低コストと顧客にとっての高付加価値は両立し得ると主張している。
ブルー・オーシャンとレッド・オーシャンは今までも共存しており、企業は両方のタイプの戦略理論を理解するべきだが、レッド・オーシャンで戦うための理論に焦点が当てられ、それらが主として実行されている現状がある。

いままででも、このような事例が紹介されている。
(1) 日本の10分1000円のカット店の事例
(2) 韓国サムスングループが組織的にブルー・オーシャン戦略を実施。
(3) 高性能化競争に埋没しかけた任天堂が、比較的ロースペックのハードウエアで「Wiiリモコン」などの新機軸で付加価値を提供(ゲーム市場が漸減した理由を、「ゲームの複雑化に伴うゲーム離れ」にあるとした。システムや操作の高度化・複雑化が進み、あまりゲームをプレイしない層とゲームをよくプレイする層の間でゲームに対する心理的な距離に格差が生じ、ゲームに対するスタートラインが、人によって全く違うと考えた。)

確かにたとえばハード製造というところで既存技術の実績にこだわるならば、既存技術の中での選択によるものはレッド・オーシャンなのだろう。そこで新たな価値があると提案することで社会が納得するというのは「既存のマーケット構造に考え方を制限されず、未開発の需要が市場にあると考える」以上、新規な使用法の提案と同じことである。
たとえば、焼肉のたれを改良してバンバンジーのたれとして売り出し、広報宣伝で新たな食習慣を訴求するというのはブルー・オーシャンの骨子としては近いのかもしれない。
ところが、このバンバンジーのたれを用いて、惣菜製造販売をする人がここにいるとした場合、既存実績が供給元・販売先ともにない前提であるとしたら、すでにここで販売末端部がレッド・オーシャンに縛られていることになる。もちろんこれが全部でなく、中華料理をほしがる市場が実はあって、いままではその分食べ物を食べなかったというなら、ブルー・オーシャンなのだろうが、実際はバンバンジーを食べればほかのものを食べなくなるということになるのだから、限られたパイのなかでより多くのシェアを獲得というところに限られてしまう。
未開拓市場を開拓するとみせかけて、じつは末端部はブルー・オーシャンに掛かってくる。更に追従者登場とのは、ブルーオーシャン戦略の中でもいわれていることである。
そう考えると
(1)10分1000円のカット店は、散髪をする人を少しは増加させた。ところが人間の数が増えない事情から既存の理髪店の衰退が出だしたこともあり、存在が無視できなくなってきた。また既存理髪店が低価格カット店に移行するのも思いのほかすすまなかった。むしろ、衛生面の問題と既存店舗の保護ということで、地域によっては新たな設営を認めなくなってきた(例:福島県条例では洗髪設備の設置を義務つけたなど)
(2)韓国サムスングループも世界市場の占有を行うことで結果的に、レッド・オーシャンになてしまった市場が多くなってきた。
(3)「Wiiリモコン」などの新機軸で付加価値を提供することで、今まで係わらなかった新市場を開拓しているが、ゲーム機自体がメーカーが少なく、地域特性の選択性が高く(地域によっては社会インフラや、宗教上などの理由でそのそも受け付けないことを特徴とする地域が固定化されている)
となると、レッドオーシャンからの逃避を前提にするのは無意味であるというのは事実である。
----------------------
但し、これは別の意味もあって、レッド・オーシャンの成り立つ市場であるからこそ、安定性があり社会的に流通性があり(WORDがワープロの標準仕様として定着してしまったのがこれである)、逆にブルー・オーシャンの業態である以上社会的が取り込まないというのは、意外と強い(アメリカはこのあたりの敷居が低い地域であろう)意識である。上の(1)は純粋なブルー・オーシャンでなかったし、都会にはこの原型のビジネスモデルは実は単発的にあったことを想起すると、ブルー・オーシャンの面をかぶったレッド・オーシャンの異端児ということにしたほうがいいかもしれない。(確かに短時間低価格の理髪店が大都市のターミナルにはあった。個人的には大井町駅の近くとか、大阪駅の近くとかの店にはいったことがある。これらは、フランチャイズに入った事例もおおいそうである。極端な事例では阪神三宮駅の近くには12分で散髪する店があり、一電車遅くするだけで散髪できるという売りだった。当時、阪神電車は普通・急行・特急など12分毎の頻繁運転を売りにしていたからである(笑)。)
(2)は、確かに、ブルー・オーシャンを攻めて、結果的にレッド・オーシャンになったのだが、価格決定権をにぎるということで先行者利潤を得ているものも多い。
(3)は、ブルー・オーシャンになるべく、市場飽和しないような開拓をしている。
但し(2)・(3)ともこれらの先行投資額が実は尋常な額でないことからできることである。既存のレッド・オーシャンに身を置く企業が過当競争の中で消耗戦に陥りる回避する方法であるということが初期資本が莫大に掛かるということであろう。つまりこのモデル自体が、そもそも、ベンチャーに合わないということになってしまう。

但し、最終的にはどこかでレッド・オーシャンに突入するという前提を知っていると結果的に1000のうちの3つの起業可能性までつぶしているというのもありうるのである。競争が最初はないからと言う理由は、逃げ切ってしまうか、逃げ切れなくなったレッドオーシャンへの変化点のときにマネージメントバイアウト、経営権委譲などの手法をとることで攻めから守りに入ることを前提にするなら、失敗するのは必然とはいえない。(同じ経営者がそのように視点を変えれればいいのだが、よっぽどの経営パートナーを持たない限りは、まずこれは成功しないようである。逆に、SONY・HONDAはパートナーがあたからこそ成功した。)また、企業の継続性を求める側にとっては出資者に、「レッドオーシャンになったら企業としては他社に売却します」ということは、理解されないはずである。
京セラはブルー・オーシャンの成功例である(たしかに初期の社風は学生のノリだった)が、ある程度企業体制と市場の限界が見えたところから、M&Aなどにシフトし、また不採算部門を惜しげなく、社会的責務も関係なく切り離すという、熟練した経営をするように変質している。日本電産もそのシフト途中にあると見える。
そもそも創業者が求める、開拓者意欲によるレッドオーシャンからの逃避という選択はこれはから回りにせよ戦闘意欲であると私は考え「戦闘意欲のなさ」ということは非常に不遜だと思う。但しその目的は「起業にある」という視点で継続的営業とはいえないであろう。そもそもこの筆者は、ごく一部の稀有な例に従うべくないものねだりそのものをしてると私は思うのである。
(続く)

|

« ノンアルコールビールのCM | トップページ | 日本社会で起業(2/3) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/43845083

この記事へのトラックバック一覧です: 日本社会で起業(1/3):

« ノンアルコールビールのCM | トップページ | 日本社会で起業(2/3) »