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交渉技術が弱い

ある経済人の書籍を読んでいたらこういう項目が目に入った。
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日本のビジネスマンや官僚は、アメリカと交渉する場合、交渉力が弱いといわれている。
一般論としては、ディベートの教育をしていないからだとか、日本の精神文化のため、などといわれているが、多少の交渉技術があれば、かなり改善できると思う。
 私の観察するところ、この交渉力不足により、相当の国益が失われているように思う。そこで、白身の経験から学んだ交渉技術について触れてみよう。
脅しの技術
① intimidation(恫喝):これはよく使われる手である。例えば、握手をする時、相手の目を見て強く握る。これは「俺はお前より強いんだぞ」という意思表示である。日本では、相撲の仕切りで、相手を睨みつけることがあるが、全く同じ手口である。
② threat(脅威):アメリカの場合は仕掛けがあって、単純なものは少ない。手が込んでいる場合が多い。不用意に反応することは危険である。まずは拒否することが初期動作である。
③ harassment(執拗な脅威):相手が負けるまで連続的に繰り返す。通商摩擦を例にとれば、アンチダンピング法、関税法、相殺関税、通商法、独禁法、歳入法、通商拡大法など、次々と繰り出してくる。元来、争いごとを嫌う日本人は、安易に妥協してしまう。こういう戦法をmultiple legal harassmentと言う。
(『「誠意」の通じない国-米国企業とのつきあい方』矢部正秋著、日本経済新聞社)
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相当の国益が・・・という言い方には聊か抵抗感が私にはある。それはともかく、いくらかの技術的交渉にかかわると、日本人以外との対応では困ることがある。私の場合技術契約ぐらいであるためこのような話ではないが、そのような場合であっても霹靂することは多い。
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intimidation(恫喝)というのは、確かにある。握手をする時相手の目を見て強く握る意思表示はされたのだが、私は全然鈍感で気がつかなかった。相手が負けるまで連続的に繰り返す執拗な脅威というのは切羽つまったらあるんだろうが私は経験しなかったな。けど価格交渉ではままあることとは聞いている。

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篭絡の技術
相手を喜ばせる、親しみを感じさせる、心理的な重圧をかける。これは日常茶飯事である。交渉でなくても、ビジネスの世界でもよく使われる。例えば、相手を自宅に招待する。これはマナーとしては良いことであるが、日本人は過剰に感激する。私の経験では、アメリカのビジネスマンは酔っ払う日本人を冷静に観察しているのである。
日本では家が狭いので、料理屋で接待をする。これは全く効果がない。親しいアメリカ人のCEOの話では、目をつぶって刺し身を食べたら、日本人は手を叩いて喜んだという。
交渉役の適性
 ① 人に好かれたいと思っている人は不適である。組織の中にはいつも、仲間に奸かれたいと思っている人が意外に多い。好かれるということと、好かれたいと思うことは別である。好かれたいと思う人は、人間として心が弱い人である。こういう人を交渉の場に出しては負ける。
 ② 自己顕示欲の強い人は不適である。これは、説明するまでもなく、交渉事には不適である。
 ③ 交渉役は、非情でなければならない。私がたくさんのことを敢えてもらったアメリカ民主党の大物がいる。この人は、通商交渉で日本側では最も嫌われた人物である。交渉をする時は相手に憎まれても気にしないことがプロである、と教えてくれた。
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篭絡というのに、この場合は「浪花節」の感覚といったほうが、じつは判りやすいのかも。人に好かれたいと思っている人は不適というのでは、日本の企業における出来る人より人格者が引っ張っていくという既存概念との別離が限定になるだろう。交渉だけを専門にする人材を抱えるということを必須とする。昔ならヨゴレ仕事要員である。(言葉は悪いが、総会屋担当要員というのがあるような企業では、存在が近いかも知れぬ)ただし、これはすでに日本式の敏腕経営者にはなりえないことであるとすると、もうひとつ割り切りをすることになる。
人に好かれたいと思わないようにじぶんを偽ることに長ける人。交渉をする時は相手に憎まれても気にしないように思い込むこと。自己顕示欲が低くてこのような職務に耐え切れる人。
こんな表裏のある人にはかかわりたくないのだろうがおおかたの日本人だろう。そもそもこういう交渉が日本人ができないのは社会的にこれを是としない環境におかれているともいえる。更に交渉ことは相手の土俵にはいることを前提にする日本人同士の交渉とことなり、相手の土俵にはいるような振りだけをするというのもある。
考えたら「あいつは笑いながら人を切れる男だ」という、信念がぶれないが、目的意識の前には道理・倫理を問わない人を言うことがある。そういう人が最適というのかもしれぬ。それは中庸を見極める江戸時代の侍というよりも戦国時代の野武士ということをいってるのかな。そしてこういう人は、社会に取り込まれるか、出なければたやっかいものにされるかの両極端ではないだろうか。
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交渉の駆け引き
① 交渉をしている時に、アメリカ側はよくポジション・ペーパー(注:問題が起きた場合に、事実関係を客観的に示す文書。「公式見解」「統一見解」「声明文」)やメモを出してくる。これを受け取ってはならない。日本の官僚の一部には、非公式とか言って、ポケットに入れて持ち帰る人がいる。メモには、貴国の回答を持つとか、期限が付されている場合もある。こういう場合は、サラッと目を通して突き返すのが標準動作である。覚えたことはトイレで手帳に書き留めておけばよい。受け取れば返事を追ってくるし、交渉が追い込まれることになる。帰国してからの報告よりも交渉現場が重要である。
② 交渉はいかに自分に自由度を残すか、逆に言えば、相手の自由度を奪うかということである。相手を追い詰めたら、スパッと斬る。スパッというのは、日本の忍者の言葉である。いきなり刀を抜くことを「スッパ抜く」と言う。これにはある程度の度胸が必要である。白兵戦の最中、いきなり塹壕から飛び出して、機関銃が撃てる程度の気合が必要である。
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帰国してからの報告よりも交渉現場が重要なのはもっともなのだが、授権をあたえないことを前提にして業務をさせることが多くある。その行為には信頼関係と、管理職は「泥をかぶる」割り切りになる。
相手の自由度を奪う交渉手法は、日本ではむしろ立ち往生させて物事を硬直させるということであまりほめられない。田中角栄氏の交渉は、最後の一線だけはのこしていて、相手が開き直って決裂することを絶対させないことからむしろ交渉上手といわれていたのだが。これは中国ではよく通じても、米国では反発を招くのかも知れぬ。
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合意文書
① 交渉が煮詰まると、合意文書を作る。この時、ドラフトを作ったほうが断然有利になる。日本は簡単に相手に作成を許してしまう。これは、英語が苦手ということも理由としてある。日本は、企業も官公庁もドラフトに長けたネイティブを雇うべきである。
② ハウスキーピング(注:優先交渉権契約の一形態)と言って、ワーディングを争う(注:言葉選び)ことがある。囲碁で言えば[寄せ」である。これも後日、大きな影響を持つ。

私の経験したことを書き上げたが、これら交渉権の基本は、ある程度訓練すれば向上すると思う。日本は部長、課長とか審議官とかポストに座っている人に交渉を任せる場合がある。そういう場合でも、簡単なトレーニングとテストをしてから交渉に当たらせれば、随分と結果が違うのではないかと思う。
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ワーディングを争うのは、イメージで言えば言葉の些細なところを定義する作業であろう。条件闘争に近い。これはすこしやったことがあったが、私は音をあげてしまったし胃を焼いた。後日、大きな影響を持つのはよくわかるのだが向き不向きがありそう。
ただし、合意文書を作る時、ドラフトを手を上げてでも作ったほうが断然有利になるのは日常業務でも、日本人同士の交渉事務でもよく経験していることである。仕事の全体をまとめて認識できるし、最後にはこの仕事のキーマンとして扱われるので、こういう交渉ごとでも発言の立場が急に増すのである。また議事録を持ち回りで確認願うときでも、出席者の意見の調整を逆に議事録作成者が担うことも多い。(メールでも同じである)若い人にも、かならずこれを薦めるのだが、仕事を押し付けあうところが先にたつのか「課長が先に・・・」なんていうひとが極めて多いのが実態である。
書いた人も、ある程度日本の会社制度と社会慣習をふんで、難しいことを前提でいっているのだ。もちろん、多少の交渉技術があれば、かなり改善できると思うということは、交渉専門の人材を日本人では確保することが難しいということが前提であろう。社外取締役に弁護士を入れるのはひとつはこういう人材という場合もおおくなった。とはいえ、外にこういうのに長けてるのは、実はインテリやくざなんだが、これは別の意味で問題である。
このような悩みは対中国でもあるようだが内容はかなり違うらしいし、むしろこちらは専門の中国人を雇用するほうがいいとも聞く。(欧州はまだ日本人には感覚が近く、是々非々はあっても比較的紳士に進むというがどうだろうか。)
この下手さは日本のオリジナリティーと笑えない。日本社会自体が300年間引きこもった(=鎖国)事から苦手なところがあるかと、なやむ。というか交渉相手がいわゆる日本人的な意味で、「いいタマ」でないという言い方、「やくざの脅し」という認識もあるかも知れぬ。ちなみによくヤクザもののドラマなどで、チンピラがものいいをつけた後で親分が「まあまあ」と入るのがあるが、これこそ「篭絡の技術」のそのものである。

要するに国際的交渉なんてその本質には、道理も仁義もなく、あるのは最低限の儀礼だけだということかもしれぬ。また日本人同士でこれをやったら・・・都市部では冷血な経営者として評価されても、ほとんどの地域では地域内の信用を失うことも覚悟する必要がありそうだ。

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