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職業倫理上の認識(1/2)

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飯島愛「私は3年後に死ぬ」 本人がそう語る動画でネット騒然 2008年12月25日(木)19時20分配信 J-CASTニュース
飯島愛さん自身が「私は3年後に死ぬ」と語る動画が見つかり、ネットが騒然となっている。いつ撮影されたものか定かではないが、台湾の占い師が鑑定したとのことで、本人が「本当にそうなるか超ご期待」などと話していた。ネットでは、占いが当たったのかどうかが関心を集めている。
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問題の動画には、TBS系バラエティー「金スマ」のクレジットが付いている。飯島さんは、台湾で凄く有名な占い師に鑑定してもらったことに触れ、
まぁ3年後に、超ご期待なんだけど、『死んじゃう』みたいなことを言われたの
と話し出した。実際には「いなくなる」と言われたそうで、それは芸能界からなのか、死んでしまうのか、と聞き返したそうだ。
「どちらも(死ぬのも、芸能界を去るのも)マズイんだけど、どこから (いなくなるのか)って言ったら『死ぬ時は、人は何も持って行けません』って言って、その人、私の顔を見て泣き出すの。私が泣きたいよ!」
本当にその通りになったとすれば、今回の収録映像は3年後に「予言」が当たった証拠として使える、などと飯島さんは話していた。

この動画は、飯島さんの死亡が伝えられた08年12月24日からネット上の様々な場所にアップされている。投稿動画サイト「ユーチューブ」では閲覧者が14 万を超え、170ほどのコメントが付いている。閲覧者の関心事はこの動画はいつ収録され放送されたものなのか、ということ。ただ、TBSの広報は「わからない」としている。
放送された日時を解明しようと、ネット上の有志が過去の掲示板や個人のブログを検索した。その結果、この占い師に鑑定してもらったのは、おそらく00年から01年にかけて、放送は01年だろう、という説が有力になっている。(注:放送は2001年5月11日という説が有力)そうなると、占い師から「いなくなる」と鑑定された年は04年前後となり、占いが当たったと結論付けるのは難しくなる。この動画を巡って「ユーチューブ」には、
「どんなにすごい占い師か知らないが、死期を本人に知らせるのはあってはならないことだと思う」
「実際には3年後ではなく7年後になるので、占い師の予言は完全的中ではないみたいです」
「占いが当たってたというよりは このことを本人がずっと気にしていたのかも」
といったコメントが出ている。
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時間軸が重要な内容ですからねえ、そういうことだと実は外れていますねえ。この話はそれでも中国(台湾・大陸)でも驚きを持って伝えられていると聞きます。
http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2008/08/post_b974.html
けどね。形だけでも当たった時だけ騒ぐのが占いという側面はあるんですよね。 後つけなんですな。 「まぁ3年後に、超ご期待なんだけど、『死んじゃう』みたいなことを言われたの」というのはある意味では開き直っている頭のいいコメントだと思います。
占い師に聞くときは答えが常に極端な事例があるんだということは承知しておかなければなりません。占いが統計的視点によりものかはともかく、占い師も職業倫理的には守秘義務は有るという解釈は出来ますが、それに対する責任には一定の限度があります。要するに、占いの中身の問題というより、占い師を顧客が(この場合は飯島愛が)どう扱っているのかを考えるべきでしょう。
それは
○メンター(無償指導者・・先輩が後輩に指導や支援を継続的に。日常のコミュニケーションを通して支援。)としてか
○人生へのコンサル(有償指導者・・・指導・助言・調停をし、ある程度の責任をおう専門家)としてか
○医療視点からみたアドバイザーか
ということで変わってくるんでしょうな。そこを本当に職業倫理がある職務と認識しているなら、まず占い師はそこを話さなければならんでしょう。
まあ、飯島愛さんの話しぶりを見る限りでは、多少動揺はあったとて別にこの段階でこだわっていたのではないでしょう。ただし頭のいい彼女は、感情の誘導に長けていたことから、このレトリックはわかっていたものの、暗喩として、「本当にそうなるか超ご期待」といいながら泣いていたのが印象的ではあるけれども、自発的に占ってもらったわけでもない(放送局の番組企画だったらしい)と聞くと、あまりやれ呪いとかいうのは不毛ですし、それこそ飯島愛さんの成仏を妨げる気すらします。
占いというものは科学的合理性とまたことなった、感情のなかでの所作(感情労働の所作)で成り立っており、その付帯内容で天文学や統計学というものはあろうとも、科学技術とはまったく異なった世界のなかで扱う事項だということは認識するべきとおもいます。
(続く)

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