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一芸名人・一芸コンサル(2/2)

(承前)
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お笑いコラム【この芸人を見よ!10】「偶像は死んだ」ものまね芸人・山本高広の破壊力 (日刊サイゾー - 12月03日 11:10)
 たった1人のものまね芸人の意地と情熱が、織田裕二という巨大な偶像を破壊した。彼の名は山本高広。山本が開発した「織田裕二のものまね」は、単なるお笑い芸の域を超えて、大物俳優の人生を揺さぶる衝撃を与えることになった。
 山本高広の最大の功績は、「織田裕二」という人物を「笑ってもいいもの」として世間に提示した、ということにある。山本高広という免罪符を得たことで、私たちは織田裕二を笑う自由を手に入れたのだ。
 『世界陸上』のメインキャスターとして、子供のように無邪気に興奮する織田裕二。数々のドラマや映画で、独特のハイテンションな演技を見せる織田裕二。振り返ってみれば確かに、織田はもともと面白い存在だったのだが、それを意識している人はほとんどいなかった。本人が真剣だから、何となく笑ってはいけないような空気ができあがっていたのだ。その空気に流されて、私たちは長い間、織田裕二を笑うことを忘れていた。
 だが、山本高広がこの状況を打ち破った。織田裕二を直接見て笑うのは気が引けるとしても、ものまね芸ならば気兼ねなく安心して笑える。つまり、山本というフィルターを通すことで、織田裕二が笑ってもいいものになったのである。
 ちなみに、山本というと織田裕二のものまねばかりが注目されがちだが、彼のものまねのレパートリーはそれだけではない。DVD『山本高広が...きたーーーっ!!』を見ると、彼の持ちネタの豊富さが実感できる。
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 特に、織田裕二、ユースケ・サンタマリア、柳葉敏郎、北村総一朗、いかりや長介の5役を演じ分けて、ドラマ『踊る大捜査線』の登場人物を1人で再現する「ひとり大捜査線」は必見である。これだけしっかりしたネタを持っていれば、織田裕二ものまねのブームが落ち着いてからも、彼の人気はしばらく揺るがないだろう。
 先日、織田裕二の所属事務所から民放各局に「物真似を企画される際には、(真似される)本人のイメージを尊重していただくようなルール作りをお願いしたい」との通達があったという。織田の所属事務所はこの件に関して「中止要請ではない」と明言したが、一方のフジテレビは定例会見で「織田のものまねを止めさせるよう通達があった」と認めている。
 だが、山本はこれにもひるんでいない。DVD発売イベント直後の取材でこの件について問われると、「その質問キター!!」と応じ、「室井さん、聞いてるか? 織田さんのものまね、封鎖できません!!」と堂々と答えたという。
 現状を冷静に見れば、このものまね禁止令に実質的な意味がないことは明らかだ。たとえ山本高広がものまねをやめても、世間の人たちはもう、山本が示したような「織田裕二の楽しみ方」を忘れたりはしないからだ。
 偶像はすでに壊れていた。お笑い芸は批評性という鋭い牙をむき出しにして、1人の大物俳優のプライドを食い尽くしていたのである。
(お笑い評論家/ラリー遠田)
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偶像という判断は私は考えない。偶像を肯定しても、じぶんを偶像まで作り上げたという視点もある。ただし織田裕二氏としては俳優活動の内部を少し幅を広げなければならなくなる側面が出てくると思う。
彼とてデビュー直後は売れず役者を辞めようと思った時期もあったが、当たり役を掴むまでには葛藤があったことを語っている。
役作りでは、服装や小道具にこだわり、キャラクターをつかむのに時間がかかるタイプという。だから、織田氏は自分のイメージに近い役をかなり選んでいたともいう。その上で脚本を読み込み、リアリティある役作りをし、台本に詳細な書き込みをする品質保持を行っているという。さらに商品性を高めるからには 「夢を壊すと悪い」という意識や、自身が公私混同を嫌がる事から極力プライベートを明かさない。このように自分の商品性を構築していたのは私にとてわかる。だから上記の評価はできる。ただしそれは既存ルートを踏襲することを前提としての形、外乱(この場合ものまね)が入ると、それにそって変えたりする路線変更をするか、違った側面を付加することが求められることが多い。
たしかに固定イメージがつくとリストラクチャーが大変という側面がわからなくはない。(他の例だが、それなりに役者として活躍できる力がある出川哲朗氏があまりにも固有イメージが強すぎてドラマには使いにくいといわれるようだが、それを打ち消そうと劇団活動もしてるんだというのもひとつであろう。)だから、織田氏の考えは、過去の蓄積が大きく消極的経営手法になってしまう気もする。
さて、一つの経営資源に過度に偏る場合は経営上に苦しむ場合が多い。大体3割の顧客に7割の収益というのがよく言われる。(一種のパレート則である)競合相手をつぶすオンリーワンタイプの経営は正直なかなか難しい側面がある。つまり企業の競合でCM効果を生む側面もあるからだ。ないしは複数の製品への分散によって回避を図るということになる。
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モノマネ「キターッ!」禁止からビジネスを再考する  金森 努 有限会社金森マーケティング事務所 取締役2008年11月25日 17:39
織田裕二の「キターッ!」のモノマネを得意とする芸人・山本高広がピンチを迎えているという。しかし、それは他山の石として学ぶべきところがあると思うのだ。
山本高広はオモロイ。実は昔から織田裕二好きの筆者からみても、似ていて、ビミョーに似ていないモノマネはかなり笑える。しかし、織田裕二本人は笑えなかったようだ。
<織田裕二の所属事務所から民放各局に「物真似を企画される際には、(真似される)本人のイメージを尊重していただくようなルール作りをお願いしたい」との通達があった><この通達は事実上の禁止宣告>とのことである。(中略)ファンとしては山本高広に何とかこの苦境を乗り切ってもらいたいと思うだが、それと同時に彼の現状から教訓をひとつ思い出したのである。
ジェラルド・M・ワインバーグの記した「コンサルタントの秘密―技術アドバイスの人間学」という名著がある。1990年の発売以来、根強い人気を保ち続けているのは、ワインバーグがコンサルタントとして会得した課題解決のポイントが、惜しげもなく公開されているからだ。その内容は全てのビジネスマンに大きな示唆を与えてくれる。
さて、著者であるワインバーグの持論の一つに「一つのクライアントからの収益が60%を超えないこと」というものがある。当たり前といえば当たり前なのだが、収益源を単一にしてしまうとそれを失ったときのダメージが大きすぎるからだ。しかし、当たり前なのだけれど、つい、やってしまう。コンサルタントだけではない。営業マンはどうだろう。つい、通いやすい営業先ばかりに足を運んでしまわないだろうか。
もしくは、「一つのクライアント」というところを「一つの業務カテゴリー」や「売り物」と読み替えたらどうだろう。筆者はコンサルティングと講師の仕事をしている。正直、どちらかに集中した方が楽なのだが、あえてそれはしていない。性質の違う業務は収益構造も違う。そのバランスがうまく取れるからという理由からだ。(後略)
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実は、どの会社でもそうなのだが、日本の場合はクライアントを特定のものに固めたほうが、継続的に業務が得られる場合もあるためどうしても中小の事業者はクライアントを絞る傾向がある。また、クライアントによっては他社との契約をしないことを前提に契約するところもある。これは製造業だと特定の企業の協力会社になったときによくある問題である。(後者の案件は私の業務では断ることも多い)
コンサルタントの場合安易な手法として顧客の絞り込みをしてしまうと、指導内容を思い切ってすることができず、顧客の要求というか望む中身に限定された指導しか受け付けない「御用業務」になってしまい質が落ちるのが多くなる。建設の設計などもそういう側面がある。あまり指摘されない事実であるが、某耐震偽装事件の要因の一部(複合要因のうちの1つ)にも、顧客が特定に偏る問題があった上に、専属契約しか結びたたがらない中小ゼネコンの体質で無理な要求を類推して聞かなければならない(このことが、無理な経済設計を求められても隷従するしかない・・・というか隷従することを期待できるコンサルタントや協力事業者しか使わない)ところがあるという指摘もあるんですよな。この辺りの考え方は、契約の流動性がやや高いアメリカとはかなり異なる(というか日本は世界のなかでは特殊だともいう)からどちらがどちらとは言えないが。

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