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イエス・アイ・キャン・・・スピーク・イングリッシュ

--------------引用
「アイ・キャント・スピーク・イングリッシュ」で笑い誘う  特集 ノーベル賞 (2008年12月9日00時01分 読売新聞)
 【ストックホルム=山田哲朗、阿利明美】異例の英語字幕付き日本語講演となった益川敏英・京都産業大教授(68)は緊張した面持ちで、アドリブなしで原稿を読み上げた。
 しかし、壇上から降りた後は高揚した表情で「緊張するタマではない」と相変わらず「益川節」を展開。一方で小林誠・日本学術振興会理事(64)や下村脩・米ボストン大名誉教授(80)は、滑らかな英語で穏やかに研究の経緯を語った。
 「アイ・アム・ソーリー。アイ・キャンノット・スピーク・イングリッシュ(ごめんなさい。英語は話せません)」。益川さんはグレーのスーツ姿で緊張した表情で登壇した。しかし、開口一番飛び出した英語が、会場の笑いを誘って、一気に和やかなムードになった。
 講演には子供時代の話を盛り込んだ。勉強嫌いを心配した母が、「たまには宿題を出してほしい」と教師に訴えたところ、「出しているが、おたくのお子さんが(宿題を)しないだけ」と逆に言われたという逸話を紹介。「両親からたっぷり2時間、説教を食らいました」とちゃめっ気を交えて告白した。
 しかし、戦後の銭湯がよいの道で自然の仕組みなどについて語ってくれた父を振り返り、「勉強はダメだったが、父の話のおかげで、授業以外の先生の質問には答えられる、おかしな少年だった」と「理科好き」になった道を振り返った。
 ストックホルム大の学生ら700人余の聴講者も、益川さんの背後の字幕スクリーンを読みながら、講演に引き込まれていくようだった。(後略)
------------------終了
いや当然のことながら、私は英語が不得意である。一般的に批判される日本語以上に英語が不得意である。社外秘ならぬ国外秘クラスの不得意さである。文法はともかく、単語がぜんぜん覚えられないのである。もともと少ない事項を如何に拡大・類推して解していくのが私の特徴のようで、「理由なくただ覚えろ」というのがまったくだめである。確かに専門的語彙の間違いもどうしてもあるので、最近はそこを慎重にすることが必須である(まあ技術系単語はそれなりにわかるので、現在形・現在進行形・過去形ぐらいならなんとか言えるが、聞き取れない。)だからといって益川敏英さんのようなハイクラスの人ではないのがさびしいorz。
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日本史なんぞは、ストーリーを想定して、その流れに従って現象を理解するとあるていどわかるし、また逆説的に現在から逆引きに想定するとある程度ストーリーが類推できる。この読み方を世界史でもしたらよかったのだが、高校当時の世界史は記憶事項の多さにつぶされ成績は最悪であった。(けど実力テストはよかった。そういう世界史の本は確かに読んでいた記憶がある。)
それでも英語が読めればいいとは常に思っていた。企業に入ってアメリカ・ドイツとの技術交渉の場面がよくあった時期には会社の費用で英会話を勉強したり、海外文献(UL規格書の翻訳)も読み翻訳する羽目になったりしたのだが・・・では実力はというとお寒い限りである。しかも最近は工業英語のセミナーのお手伝いをし始めている。(おいおい)そう考えると一番覚えるという行為以外に英語を勉強したのは予備校時代である。
ある有名講師は文構造だけでなく文章の内容をも重視する指導をした。文の構造と内容には深い関係があり、その関係に留意しつつ読解することが、より読解に優れるはず(ポスト構造主義ならぬポスト構文主義と彼はいった)という考えだ。大学入試の英語試験にて、文章の意味内容を理解しなければ(十分な背景知識を持っていなければ)、個々の英文の理解もあやふやになってしまう出題が当時行われ、文章の内容をも重視する必要があった。受験生は背景知識まで含めた精緻な読解手法を用い入試問題に対応することを想定するはめになる。彼の講義テキストは、哲学文献の英文からの引用がかなり多かった。文学・哲学・社会学等に及ぶ講義に入っていたのだが、講師はむしろこの学習が、大学に入って文系にせよ理系にせよ文献を読むときに必ずぶつかる考え方と考えるから、受験に特化したテクニックはまったくなかった。むしろ受験テクニックを毛嫌いしていた。(ほかの講師から受験テクニックを学んでいた気もする)これで英文を読むのが未知の世界に踏み込むような感覚になったのである。
この考えでは、分析的視点と総合的視点から英文読解を行うことになる。となると、

* 語と語の関係
* 一文一文の関係 
* パラグラフとパラグラフの関係
* 読者と文章の関係

という視点を緻密に組むことになる。必ずしも英文読解のみに限定される考え方ではなく、文章読解の上では必然的な行為であろう。逆に言えば、このような包括的なアプローチは、「これさえ覚えれば点数が取れる」的なアプローチとは、ほど遠いアプローチででもある。この手法は現代国語や小論文の勉強に対しても、効果的であるようで、なんかしらわからん文章を読み下す(わかるかは別)ともいえよう。ただしこれは会話・ヒアリングにおいてはまったく使えない視点であるため、試験内容がヒアリングを多くする現代の大学試験の手法としては確かに近道にはならないことになる。
この少し前、高校のとき、ある理由で当時の参考書『試験にでる英単語』の著者・森一郎氏が非常勤講師になり週1時間講義を受けていたことがある。その当時国語の非常勤講師に俳人仲間の先生がおり(ちなみのこの非常勤教師はあるいみ飄々とした人であったが、実は戦前の言論統制事件である京大俳句事件に連座している。今年13回忌だったらしいが句碑もあるそうだ)その関係の上、氏は当時学校の近くに住んでいたこともあった。けど森一郎氏の授業がわたしにとっては苦痛であった。わけのわからぬ読経のごとくである。
この講義はそれとは対極をなすものであった。(正直、森一郎氏のことを批判している)とは完全に志向がことなった。ただしただし、私にせよ知的好奇心を満たしてくれる魅力的な講義と言う印象があった。一説によると1990年代までは教養そのものの商品価値が高く、教養指向の強い受験生が多かったことも大きく影響しているようで(うーむ、これはうすうすは気がついていたがあからさまに書いてる事例があるらしい)、追いかけをする人もいたが(よその教室に聞きに行く)私はしなかった。彼は最近まで予備校の講師と大学の講師を兼任していた上論文の作成もしていたようだ。最近は随筆を出してるらしい。
講義の中に、ある意味「学問の社」に対して警句を吐く人である。後の記載にもそういうのがあるし、逆にそれを嫌がる生徒もいた。
・「学者の論文は、ある事項とある事項を観察し、それに対して今までない見かたを見出すことで2つの事項の相関性と非相関性を見出す。それでできる。」
・「さらに研究実績はこれらの蓄積と再構築と蓄積とで成る」

これを考えるといまのわたしのBLOGがまさにそのものになっている(とはいえ成熟度はまったくないが)。この発想はそれなりに正当性があると思うし、事実TRIZという技術開発技法にはこの要素が原則として入っている。TRIZを学び始めたころ。驚いたこともある。(TRIZの解析技法の考察は別途論じる)
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ところが、じつはこの人、もちろん英語の学習書籍をたくさん書いているが、もともとは経済学博士でマルクス経済学の文献研究や翻訳が専門だったらしい。そのためそちらの文献のほうが多いし、大学の講師として講義もいくらかはしていたらしい。ただしその前には大学の全共闘議長(新左翼ということか)にも就任していたらしいから、あるいみむかしから理論家だったようだし、予備校のような生徒を鼓舞する一種の「アジ演説」は得意だったのだろう。その影響はよく聞くと、マルクス経済学の退潮から正規の教員になれない(しかも履歴を危惧された)とかいろいろ思うところがあったらしい。それを考えると自分の考えていた理論が目の前で壊れていく(彼にとっては)のがつらいのかもしれないと思うところもある。ある意味「学問の社」に対して警句を吐くのもどこかに彼なりの決別の意識があったらしい。
大学に入ってあるとき私は、労働価値説(古典派経済学の労働価値説から労働力の概念を導入た剰余価値説。資本家と労働者の間で売買されるのは労働ではなくて労働力であり、資本家は労働力を使って賃金分を越える価値を生み出すこと、その超過分である剰余価値こそ資本の利潤の源泉である)をあっさり理解して、工学部生の癖に変なやつと言われたのはこれでかもしれないなあ。
まあ、この教師今でもこういう生き方もあるのかと思う人の一人である。
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けど、本格的にマル経なんぞをやっていない私はなぜ、彼や友人の言うせりふを比較的わかり(もちろん批判もした)とれたのかというと、どうもこういう本が家に転がっていたから読んでいたためらしい。
* 『日本恐慌史論(上)』(東京大学出版会、1952年)
* 『日本恐慌史論(下)』(東京大学出版会、1955年)

筑波大学名誉教授 大島 清著(マルクス経済学における経済原論、金融論が専門 故人)
そもそもなんでこんなのが家に転がっていたのかがよくわからぬが、最近実家に帰ったら、書棚の奥のほうにこれが立っているのを発見した。古本だったらしく奥付けに鉛筆で値段が書いてある。けどよく私は暇に任せてこんな面倒なものを読んでいたんだなあとあきれるやら懐かしいやら。ただし正直この本悪文ではあった。
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英文のパワーポイントを作成したものの、英和文併記にしてプレゼンをおこなったことがある。そういうつらい経験をへていても、今でも英語を勉強するのは能力があたわずとも楽しいが、なかなかその時間をとることが難しかった。今回スタッフとして工業英語のセミナーの支援をすることになったが、それに乗じて(無料で講座をきけるんだから)勉強しなければといまからわくわくしている。けど確かに私は適性がからっきしなかったものの英語は読んでいたから私の今が「それなりに」あるんだ、自分で自分をほめる情けない当方であった。

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コメント

この年になり、ようやく英語の習得法を身につけた気持ちになってきました。習得と呼べるにはまだまだですが。40歳になってこんなことになるなら、大学時代にマスターしておけばよかったとつくづく思います。

投稿: KADOTA | 2009年1月 5日 (月曜日) 19時07分

このしばらくの間英語学習に複雑な意味合いを見い出すのに難渋してました。
文系的な「書ききれないものの中にバックグラウンドを見出す」文系論文的記載と、「科学的論旨に則った理系的解釈」には、即断などを要せず吟味できることからロジック的解釈とそのバックグラウンドが必須であります。
ただし、いまは即時性のほうが重視されることから、TOEICの試験でも高得点者のなかには、即答性のほうが尊ばれていて、論旨の吟味に乏しい人がえらく高得点をとっていることがあります。

投稿: デハボ1000 | 2009年1月 5日 (月曜日) 22時48分

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