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キャリア指導の現場にて(2/2)

(承前)
http://www.sozogaku.com/hatamura/news/visit,visit-company-M.html
M社見学記【2003/6/24】畑村洋太郎 2003年6月24日(火)雨
工学院大学3年生の授業にエンジニアリング・クリニック・プログラム(ECP)というものがある.企業の持っている実際の課題を学生の与え,既成概念に捉われない新鮮な考え方で1~2年かけて課題解決を試みるというものである.本年,私はM社から提示のあった"自転車における人間工学"というテーマを担当をすることになり,先日,担当の5人を含む15人の学生と共に工場の見学に行ってきた.
自転車のフレームを作り塗装する工程,他所で作られたさまざまな部品を取付け組立てる工程,自転車の種々の部品の特性試験,その他に小形消火器の製造工程なども見せてもらった.見学後の質疑応答で学生から活発な質問が出た.M社の特徴である技術として,自転車のフレームの組立てで普通は溶接で行う接合を圧入と接着で行うというものがあった.これによれば,高熱を与えることなくステンレス・アルミ合金・カーボンファイバーなど材料に関係なく接合できる.しかし,この工程は企業秘密なので誰にも見せていないとのことであった.この会社は他の自転車メーカーが生産拠点を海外に移転する中にあって,国内での生産にこだわり,そのためには新しい技術を次々に生み出そうとした結果,この技術が出来てきたとのことであった.これを聞いて私は日頃言っている"見せない・しゃべらない・触らせない"の"3ナイ"が実行されていると感じ,興味をそそられると同時に,わが意を得たりと思った.ここでの接着の工程が他所で行われている接着の工程とそれほど大きな差があるとは考えられない.だが,それだからこそ"見せない・しゃべらない・触らせない"が重要なのではないだろうか?
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あの線路脇の大きくて古い建物でこういうことをやっとるのか(爆)とおもわず特定化してしまいました。むかし、行ったこともあるんですがね。この場合は、国内の他者に一応存在を示している工程があるだけましかもしれない。ただし、この製品は市場で買えるものですよね。だからリバースエンジニアリングを行えば(ただしそれ自体に相当の技術力が必要だが)いずれは解析できるというもの。時間を秘匿で買い占めたというイメージですかね。
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ただこういう解析をするというのは失敗の中から経験を拾うそのものです。考えれば、よく成功体験を書いてあるのをみます。それ自体はいい事例ですが、だいたいその前提条件を明確に示せないため経験が貴重とはいえそれだけのスタンドアロンの議論に終わりがちですな。だいたい、
●勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし:(野村克也)「負けるときには、何の理由もなく負けるわけではなく、その試合中に何か負ける要素がある。勝ったときでも、何か負けに繋がる要素があった場合がある。」という意。.
てのがあるわけで勝ちを成功に負けを失敗に置き換えればそのものになりそうですね。

 失敗を通じてのみ真の科学的理解が得られると考えると、挑戦する行動とてその99.7%は失敗する(センミツ)ものです。そこに体感実感(受入の素地)があって、「知識・経験・思考」が付加される。さらに一般化された体験(体に滲みついた知識・経験)が付与されると学習という行為が盛り込まれるから、真の科学的理解(現象の因果関係、減少のモデル化、条件変化による現象変化、予期せぬ事象への対応)に至るという説があります。その要素は、
1、構成要素を見出す
2、要素同士の関係性(構造)を見出す
3、確認し、心理が分かる。
というよみなんだそうです。
ところが、今は、生産現場で起こっている現象が露呈してるといいます。
■見ない・考えない・歩かない(全ての生産現場で起こっている3ナイ)
たしかに生産トラブル・・事故が無くなるとこのような人材も減るし、経験もないし、さらに単純に体を動かすだけの人材に特化して配置することのほうが人件費の削減が図られるということになるから、必然の理です。でもこれが恒久的に成り立つものではまったくないと私は思います。
人材を育成するには
■現地・現物・現人(げんにん)  (3現を通じてのみ実情が分かる)
私は現場 現物 現実という表現でこれを記憶してました。そうか・・・人がいることを前提としたのがもともとだったのにそれが今は「人」ということを入れなければならないんですな。
そこでここでも出てくるのですが、
■見せない・喋らない・触らせない (これからの日本の製造業の目指す道)
という表現。しかし趣旨が異なっていて知識伝承では完成したものを渡してもだめ。見せないし喋らないし触らせない。本人がベテランからむしりとることで始めて成長の糧になるというのが畑村氏の意見である。
確かに実務上ではこれは重要ではあるというのはわかるのだが、たぶんこれを額面どおり実行すると、たぶん日本人の間でも隠蔽行動が行われる。結果日本の技術者もいなくなるであろう。そもそも学ぶという習慣を持たないことが普通の時代。秀才ばかりを採用することは現実問題厳しい。となると、習慣付けをさせてからでないと、時間がかかる。本来ならそこで有効な効果が得られるのだが、早期の結果を求める状況下では憔悴するだけだ関の山と考える。そもそもむしり取るぐらいの技術ならたかがその程度の技術とい認識のほうが多く読まれる解釈と考える。
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要するに、キャリア形成に関しての配慮は、たぶんに「流行」「社会動向」という短期的視点にしか立てない側面があるということで、確定した事象はないといえるのだろうと思う。大企業と中小企業のどちらに勤めるのか自分の技術者としての人生に好適かというという議論もあるのですが、これは考えるのは面白いこととはいえ一面的な気もします。

<メリット>
大企業:安定感、給与水準、福利厚生、労働環境などの待遇  システムとして完成しているので様々な知識や経験が身につく
中小企業:成長余力がある、様々な挑戦の出来る場がある、成長の醍醐味を感じられる
<デメリット>
大企業:成熟期から衰退期へと移る企業が多い(企業の繁栄期間は約三〇年)、保守的
中小企業:社長の手腕に大きく左右される(社長の器以上に会社は大きくならない)、不安定

というのは私は一般性があるようで非常に違うと思っています。大企業の待遇の良さはある程度は言えますが、システムとして完成しているので様々な知識や経験が身につくのは、完成したものとしてみているわけで、その由来や簡易化した機構などのモディファイ可能性などをすでに喪失したものしてる場合が多いので、事例収集以外の中身はそのままでは見いだせないんですな。ほかにも大企業の衰退状況からの復帰(第二創業という言い方をする)のほうが資本力の上で有意性が高いモデルとも言えるのではないかといえる側面もあります。まあこれはあえて書かないでいきましょう。
それに耐えられる人だけが残るというには事実ですが、非常に人員による技術の薄さが目立つビジネスモデルになってしまうのを危惧します。要するにモデルって実はなにもないということです。それで日本企業を忌避するならその他の手がすぐ思いつかないのもまたつらいんですが。

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