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全ての道はローマに通じる(2/2)

(承前)
ところで、登米市は仙台からバスでいくと2系統ある。

仙台 - とよま線 5往復/日 97分
宮城県仙台市と登米市登米町を結ぶ(三陸自動車道経由)。登米(とめ)市の登米(とよま)行きで、登米市役所のある佐沼へは行かないため、登米を平仮名でとよま行きとしている。登米(とよま)は基本的に農産の集散地であるが、古い町並みがのこっているので、観光地の側面がある。
仙台 - 佐沼線 16往復/日 96分
登米市迫町佐沼を結ぶ高速バス(東北自動車道経由)である。

いずれも高速道路が普及したことで、仙台へ結ばれた。過去には佐沼高校 - 古川 - 仙台の急行便が有ったが、高速道路経由でなく廃止となった。のち宮城交通は仙台 - 気仙沼間特急バスを改めて設定し佐沼を経由したが、のちに経路を高速道路に変えた。鉄道を利用するとするとJRの瀬峰駅までバスで出て仙台へでていた。バスは登米-佐沼-瀬峰(仙北鉄道廃止代替経路)で、佐沼-瀬峰はバスが列車に連絡し時間1本ぐらいまであったのだが、今度はJRが日中帯はさらに途中の小牛田で乗換える列車が大半になってしまい(これは仙台近郊は乗客がいたが仙台より離れた地域を便数を変えずにワンマン運転にしたため)少し不便であった。このニーズから高速バスが普及したものの、逆に佐沼-瀬峰便は乗客の減少を招き1日5~6本の市の代替バスになってしまう。なお同じ理由で登米(とよま)と佐沼の間も市営バスになって1日10本(2系統)程度になっている。
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元々はJR線を基本としその培養の形で仙台への交通(さらには東京まで)は図られてきた地域であった。つまり、JRで近くにきて、バスに乗って、と言う方とで交通が図られていた。登米(とよま)は一時期県庁が置かれた町、佐沼は商業・農業集散地であるのだが交通の面ではこの地域の大方の道路は、佐沼から放射線状に走っているのでバスもその形態を踏んでいたといえる。かくて、知り合いが当地で車を運転すると必ず道に迷ったときには人のおおそうな平地に走ると佐沼地区の商店街にでてきたんだそうで、かくて、「全ての道は佐沼に通ず」なんていっていました。
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そのように結節化していた訳で、ハブ(ある地方において周辺各地への様々な交通機関が集中する場所。交通結節点。ハブ港やハブ空港が該当する。鉄道ではターミナル駅、バスではバスターミナルがその役割を担う)形態が以前は佐沼にあったのだが、地域の全体のハブが仙台になってしまったのだ。従って仙台から地域の主な地域に行く交通手段は確保されているのだが、下手するとタクシーなどを使わない限り、隣町に行くのに一旦仙台にいったほうが便利ということになることさえある。
これは、仙台が東北全体のハブ化してしまったともいえる。山形の間は都市間バスとしては72本/日ということになってしまい、郡山や福島は新幹線との使い分け・庄内地方も直結状態となり、仙台自体にストロー効果・ストロー現象を起こされる形になってしまった。

2001年2月の改正道路運送法施行による規制緩和により、東北地方各都市と仙台市を往復する高速バス路線や便数が激増して、JR(新幹線・在来線)と高速バスとの間で熾烈なシェア争いが起きた。また高速バス同士でも消耗戦をしてしまう事例もあった。この結果、仙台都市圏の商圏が拡大して、宮城県に隣接する岩手県南部、山形県東部、福島県北部にまで及ぶ仙台経済圏が形成された。特に、高速バス仙台 - 山形線の影響で、仙台都市圏と奥羽山脈を挟んで隣接する山形都市圏とは「双子都市圏」の様相を呈す状態である。仙台経済圏の外側と見なされる東北地方の各都市圏との間でも高速バス路線が発達し、東北各地から仙台に集まる傾向がある。近年の東北地方各都市~仙台間では、高速道路や新幹線の開通直後にストロー現象が起きた、さらに規制緩和を契機として安価な高速バス(ここにはJRのバスも入る)が発達し、(但しこの高速バスも地域の体力が減少し、バス会社としては高速バス業務に移行するしか企業存続手段が残っていなかった)さらに対抗してJRが安価な仙台発着商品を開発するしか手が無かったことがストロー現象を惹起している。すなわち、ストロー現象は運賃の価格競争と仙台一極集中によるものと言える。但し広域的には仙台は東京のストロー効果の下にあるとも言える。

こうなると、いくら仙台ではメインの食材ではなかった(但し、仙台藩が備蓄用に持っていたという記載はある)あぶら麩といえども、いまや仙台の近郊の登米という位置付けになってしまう解釈が合理性を持ってしまうし商標ならこれで通じるんだろう。嗚呼。
なお、同じことは徳島・香川県が大阪に求心力を持つ傾向が想定もしなかった高速バスの台頭、長野・山梨の東京への高速バスの台頭などあるし、極端なことを言えば、京阪神都市圏すら東海道新幹線等により首都圏に吸われていると見ることさえ言える。また神戸・京都とて大阪に商圏を吸引されており、(但し政治的意識がそれを阻害しているし、広域都市圏という形で分化しているとも言える)決して自動車中心で無い交通流動も大阪への片勾配になり始めているという見方も有る。
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ライリーの法則という商圏の算出理論があるんだそうだ。
 都市Aと都市Bの中間にある都市において、ある商品を販売する商店がないとすると、その商品を購入するために都市Aと都市Bへ流れる小売取引の比は、「都市の人口の比に比例し、都市と都市への距離の二乗に反比例する」という考え方による。
Ba/Bb=(Pa/Pb)/(Da/Db)
Ba:都市Aが中間都市から吸引する小売取引
Bb:都市Bが中間都市から吸引する小売取引
Pa:都市Aの人口
Pb:都市Bの人口
Da:中間都市から都市Aまでの距離
Db:中間都市から都市Bまでの距離
通信網で同じことを言う人もいるらしい。メトカーフの法則といい「通信網の価値は利用者数の二乗に比例する。また、通信網の価格は利用者数に比例する。」例えば通信網に対し現在の3倍の費用をかけると(=利用者を3倍にする)、その通信網の価値は9倍になるという考え方。これを顧客吸引力は、人口ないし品揃えに比例し、距離の二乗に反比例すると解し一般化すると、「産業集積によって発生する効果は、集積量に比例し、アクセスの容易さの二乗に比例する」となるという。
瀬戸大橋開通前に備讃地域開発計画に参画した小野五郎(当時通産官僚・元信州大・元埼玉大教授)が、「ライリーの法則」を解し「瀬戸大橋のような幹線交通路が開かれると、大きい方の経済圏に小さい方の経済圏のメリットが飲み込まれてしまうから、予め四国島内の交通網整備による四県の結束と物流拠点の整備を図る必要がある」として、自身を本州側に、アイスコーヒーの入ったグラスを四国側に見立てストローで吸い、「このように美味い部分は吸い上げられ、残されたのは氷だけでは困るだろう」といったという話がある。これをストロー効果と称する。結果直近では香川の商圏は岡山に、そのうち淡路海峡が橋でつながると、大阪神戸に吸引されてしまう傾向が出てしまう上に、徳島は(岡山にはいかず)いきなり関西直結の文化圏化したのだから、まんざらずれた話でなかったわけだ。
さらに地域内部でも、交通高度化やインターネットが発達すると、消費行動はより合理的になり、行動範囲も拡大される。商圏内の1 位、2位のシェアを持つエリア・店舗が多くの消費を吸収し、それ以下のエリア・店舗ではほとんど収益を上げるのが難しいような状況になってしまう可能性もある。大きなゾーン(この事例では仙台)では市場が集中し、さらにその細かいセルのなか(これが登米市)でも商圏内の1位、2位のシェアを持つエリア・店舗(この場合は佐沼にあるイオンショッピングセンター イオンSuC佐沼店)が多くの消費を吸収して残りの店(この場合は佐沼にある在来小型スーパー)が衰退する。この段階でも階層構造が出来る。
この理論は小さなつまるところジャック・ウェルチの企業理論までかかわるという見方も有る。企業活動のグローバル化によって、この競争優位性は大変重要な要素となっており、一般企業も航空機やインターネットの発達などによるビジネス経路の高度化により、流動化が急激に高まり、競争優位性は欠かせない経営判断基準イコール市場占有率(ここは無理があるとも思えるが)が1位・2位の業者しかいきのこれないし、それをひっくり返すのは1位・2位の業者が事故をおこして転落することによって得られるという考えになっているわけ。即ちこれは少量の特異な優位性がある製品を出しても、全く異質な製品群・あくまでマイナーな世界でに生き残りを図る経営として創出するしか成功しないという解釈になる。(但し、ジャック・ウェルチ自体は大砲巨艦的な日本で言うリストラ手法を経営にとったが、逆に小型で雇用確保中心かつセル的企業運営を高く評価する側面もあることは理解されたし。)
これは逆に言うと、意図的に制御しなければ商品選択の幅やキャパがある所に対するところに全ての情報・購買能力が偏るということであろう。それを国際的に制御するには自由競争の下では、これ以外の障壁、即ち政治的遮断・経済的遮断ということになるのだが、はてこれがどこまで効くかは疑問である。
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確かに、「全ての道はローマに通ず」と言う言葉がある。
 ローマ帝国の全盛時には、世界各地からの道がローマに通じていた(また国策で道路を整備し世界各地からの道をローマに通じさせた)ということ。物事が中心に向かって集中すること、手段は違ってもめざす目標は同じであること、あらゆる物事は一つの真理に発していることなどのたとえとする。後段の考えは微視的には真理であるものの巨視的には多少疑問符がつくと考えている。
しかしローマは西欧文化では中心地となったが、中国にはそれなりの城壁都市があり世界の中心にはなっていない。その後イタリアのローマになったが、現代では世界の中心にローマという地位ではなくなった。競争優位性は欠かせない経営判断基準イコール市場占有率が1位・2位の業者しかいきのこれないし、それをひっくり返すのは1位・2位の業者が事故・内部崩壊をおこして転落する(・・・今のGMみたいなものかなorz・・・)ことによって得られるという考えになっている事になるんだろうが、それにはかなりの年月が掛かるともいえるが。そーか。だから「ローマは一日にしてならず」と言うことわざがあるんか。

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