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糖分は滋養強壮にいいとか(1/2)

東京都大田区田園調布1丁目~2丁目 の間にある東急線多摩川駅の北側、多摩川園ラケットクラブ跡の北を線路際から西に上る田園調布せせらぎ公園の北側の坂は「どりこの坂」というそうだ。
東京には坂が多くナントカ坂という名前は確かに多い。かくてそれだけをトピックとした、TV番組(東京の数ある坂を、アイドル・女優・売り出し中の女性タレント・時に局アナが全力で駆ける、それ以上説明のしようがない2分間番組)DVDもある。(地方から来た人は東京、特に山手が平坦ではないということに驚くらしい。丘陵地だから最もなのだが)しかし大概典拠がみえるようであろう。道路開発をした篤志の人(権之助坂の由来の一つ)だったり仙台藩の施設があったから仙台坂だったり。けどこれはなんだろう。
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昭和の初めに“どりこの”という飲料の開発者の家が近くにあったので, この名がついたという(その後資産管理会社が最近まであったという話もある。後述)それまで「池山の坂」という名前で親しまれていたこの場所が「どりこの坂」と呼ばれるようになったんだとか。では、「どりこの」とは一体 どんなものなのか。

当時の講談社社長・野間清治氏が多角化方針を打ち出した中で、昭和6年講談社が既存の飲料を見出し商社として発売した飲料である。もともとは、講談社で販売するいろんな雑誌を用いた通信販売を拡充する故という。当時の講談社から出版されていた「キング」「婦人倶楽部」「少年倶楽部」の雑誌にも 広告が出されていた。この商法はいまでいうメディアミックスに似ているという。さらに「どりこの」の電気式の店頭用広告が今、豊橋の収集家の手にのこっているらしい。
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特に、「キング」は広報媒体として相当面白いものだったようだ。「キング」は「面白くてためになる」「万人向きの百万雑誌」をコンセプトとして1925年に創刊(定価50銭)上記の看板まで含めるとあらゆるメディアを使って大宣伝し、いきなり50万部(追加注文で創刊号は74万部)。その後昭和に入って本邦最初の100万部を突破、昭和3年に最高150万部がピークとなる。内容は小説、講談、実用知識、説話、笑い話など「今の民放テレビのように」多岐に渡り、安価でボリュームのある(かつ広告も多い)ページ数、豪華な付録、万人受けする多彩で娯楽的な編集方針であった。大量宣伝、大量広告、大量出版を実現させた初の事例としても特筆される。競合雑誌の出現、戦時中の敵性語排除による題名変更などをへて、戦後は用紙統制に悩まされ、最大30万部で推移し(それでも多い)1957年に終刊。
(講談社は2006年に『KING』という男性サラリーマン向け月刊誌を出し、2008年9月に休刊となったがこれは単に偶然だったらしい。)
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開発者は軍医であった医学博士・高橋孝太郎氏。正式名称は「高速度滋養飲料どりこの」。ブドウ糖・果糖・アミノ酸 その他の薬品が主成分で, 5倍に希釈して飲む濃縮飲料。けど薬ではないらしい。 1びん 1円20銭で 全国の薬局で発売された。最大230万本/年、安定してきても100万本/年である。戦争が激しくなる昭和10年代には、砂糖の入手が経済統制の対象になった関係もあろうし、元軍医が開発したこともあって陸軍省医務局扱いの医薬品と格上げになり、一般市場からは姿を消した。最後は台湾製砂糖の入手が不能となり昭和19年で製造中止になった。
「どりこの」という名称は, 「どり」が共同発明者(示唆を受けたという)のドイツ人医学博士・ドーリック氏、「こ」は高橋孝太郎氏の「こ」、「の」は助手の野口氏の名前からとったと言う。
で、どういう販売方針だったかと言うと、
○ブドウ糖・アミノ酸を主成分としたもの。(「含糖栄養剤」という名前で特許になっているらしい。)
○虚弱体質や腺病質の子供や大人に効果あり

という。初期の新聞広告には各界著名人が「どりこの」を賞賛するコメントを寄せるとかしていたり、こういう広告文面(ママ)も残る。
「大評判の高速度滋養料……『どりこの』とはどんなものか?:身体の弱い人には申すまでもなく、丈夫な人でも毎日『どりこの』を飲むと、精力を増し、元気をつけ食慾が壮んになり、気分が爽やかになって常に安眠が得られます。而も何とも言ひ様のない美味、芳香を有し、誰にも容易に召上れますから滋養料として又嗜好料として全く申し分のない優良品であります」
嗚呼ありがたい(・・・いまの薬事法ではきわどい表現だなあ・・・)。当時は勤労者の疲労解消が問題になりかけ(労務上の問題が主)また、乳幼児の養生・健康的発育が話題になっていたこともある。(養命酒も虚弱体質児童向け滋養用飲料の需要があった関係で、戦後に少年少女向け漫画雑誌へ広告を出していたという。)
ジュースというよりも薬に近い、どうやら 現代のドリンク剤のような売り方で、今で言うドラッグストア扱いの製品みたい。まあコカコーラもドラックストア扱いの商品の時代だからね。今ならオロナミンCやポカリスエットのような感じですかねえ。
また当時の流行の語彙として用いた「高速度」という言葉を用いたのもなんか広告的意図があったのですかね。その後帝都高速度交通営団というのが出来る。(第二次世界大戦中に国家による統制管理のために設置された経営財団の一つで2社の地下鉄(現在の銀座線)と工事中の線路(現在の丸の内線の一部)を継承。他の営団が戦後すぐなくなったので営団といえばこの法人が運営する地下鉄路線をいうことになった。現在の東京地下鉄の前身)この場合「高速度」とはすでに計画があった新幹線のような高速鉄道の意味より路面電車に対して高速という意味のようだが・・・)
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戦後、講談社は発売元をおりた。製造も止まったという説が多く伝わるが、資産管理会社として「どりこの株式会社」(この会社兼自宅がこの坂の途中にあったらしい)もあった関係でしばらく細々と製造(この事務所で作ったかは??である)販売が続けられたようである。その後昭和50年代中頃生産は打ち切られたという。(昭和遺産な人々(泉麻人/新潮社・絶版)による)製造に関わったらしい親族も亡くなった今、ビンが1個残るだけでこの味の再現は困難らしいが、甘くカルピスみたいな味をしていたという。最近有る飲料メーカーが懐かしいのみもののを募集するとこの名前が多く出てきたが、再現できる資料がなかったそうな。しかも講談社にも何も資料がのこっていないらしい。つまり残るは上述の特許らしいが、特許庁の提供する特許電子図書館では古過ぎてDBでは検索できないため、特許庁に行かなければならないようだ。
(続く)

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