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選手のセカンドキャリア

私の仕事自体は、セカンドキャリアと言う形で参入される方がおおいのだが、さて、技術者がその意図を持って自分のキャリアを構築することは、どの世界(企業人としても、研究者としても、独立しても、リタイアメントしても)でも必須なのである。安定性ということでなく、可能性を否定しないと言う世界においてどのような考え方があるだろうか。
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埼玉に讃岐うどん店 元巨人・條辺さん(阿南市出身) 2008/05/05 15:22 徳島新聞
 2005年のシーズンを最後に、プロ野球の巨人を退団した條辺剛さん(26)=阿南市橘町出身=が埼玉県内でうどん店を開き、再スタートを切った。
 1999年、阿南工業高校からドラフト5位で巨人に入団。本格派右腕として、2001年には岡島秀樹(現レッドソックス)に代わる抑えも務めた。だが、肩の酷使がたたって戦力外通告を受けると、子どものころから興味を持っていた飲食店の開業を決意。同郷で巨人OBの水野雄仁さんの紹介で宮崎と香川での修業を経て「讃岐うどん條辺」の開店にこぎつけた。腰や背筋力の強さを生かせる手打ちにこだわっているという。
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 店を構えたのは、店の切り盛りを手伝ってくれる妻久恵さんの実家が近い埼玉県ふじみ野市。「お客さんでいっぱいにしたい」と言う店ののれん「條辺」の文字は、長嶋茂雄元監督が「現役引退後を応援するのも、われわれの仕事」と進んで書いてくれた。
 ユニホームを脱いだ選手のセカンドキャリア(第二の人生)を支援しようと、日本野球機構は昨年十月に「NPBセカンドキャリアサポート」を開設している。こうした動きについて、條辺さんは「野球選手は引退後の生活に不安がある。どこでどんな仕事ができるのか、もっと野球界で情報を共有できるようになれるといい」と期待した。
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元巨人軍投手が作る讃岐うどん 郊外立地でも1日700~800玉! 「讃岐うどん 條辺」(うどん店、埼玉・上福岡) 2008年8月8日 日経レストラン
2001~2002年に大活躍した、プロ野球読売巨人軍の元投手、條辺剛さんが、「讃岐うどん條辺」を開いた。都心から約30分の立地だが、連日人が押し寄せ、土日は長蛇の列ができるほどの人気店になっている。
店のウリは、野球で鍛えた條辺さんが188cmの体をフルに使って粉から打つ自家製手打ちうどん。肩を壊して24歳で引退後、香川・高松の老舗「なかにし」で1年8カ月間修業した本場の味を再現している。都心ではなく、久恵夫人の実家に近い埼玉・上福岡に出店したのも「できるだけ安く食べてもらいたいので、300円台で提供できる場所を探した。腰の強さ、のどごし、だしの透明感をぜひ味わってほしい」(條辺さん)との思いから。
営業時間は朝7時から午後3時までと短いが、多い時は1日に700~800玉のうどんが売れる。「麺に腰があり、薄味のスープも美味しい」(都内から来た女性客)と来店客の評判もいい。
実は條辺さん、小学校の卒業文集に「将来なりたいもののトップは飲食店の店主」と書いていた。プロ野球選手は2番目だったという。回り道はしたが、夢を実現した條辺さんのために、かつての上司長嶋茂雄さんは暖簾の文字を書いてエールを送ってくれたという。
かけ(1玉380円)、わかめ(同430円)、つけ(同400円)、ひやかけ(同400円)の4種類あり、サイドメニューもおにぎり、いなり、おあげ、天ぷら(100~120円)と充実している。1人で3玉食べる人もいる。天ぷら4品(海老、ナス、チクワ、アナゴ)本場そのままのセルフ形式で、お客はまず天ぷらやおにぎりなどのサイドメニューをお盆に載せ、最後にうどんの種類と玉数を申告してお金を払う。揚げ玉は無料でトッピングできる。
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参考:http://www.nakanishiudon.com/jyobe.html:
http://allabout.co.jp/gourmet/udon/closeup/CU20080415A/
まあ、ホントに身体が商売のお仕事。在籍していたプロ野球チームから戦力外通告を宣告され、崖っぷちに立たされた選手達というのが具体的にいるわけで、選手として再起を誓いトライアウトを受ける人、海外に道を見出す人、球団職員として裏方に徹するもの、コーチなどの実務に徹するもの、放送局と契約するもの、異業種に進むものと色々有るわけである。
野球選手さんの異業種進出は、体調管理ということなのか(奥さんがいらっしゃれば尚更)飲食業が多いそうな。ただそれだけでなく、大工さんとかということもあるようだ。こういったとき家族、地元の支援者、後援会の有志が仕事を面倒見るということもあるらしい。

というのは、約20年ほど前にこんなことを経験している。
独身時、通勤の経路途中の駅の近くに、大衆焼肉やさんがあって、よく「一人で」通っていた。
当時、同じ部署で電車で通っていたのは60人中2人だけであった。始発バスでも自宅から通えない(始業が7:50ですからね)と言う人は仕方がないとは言えるが、電車でも通える人も多かった。だが、勤務先も交通の便がいいので私自身は問題はあまりなかった。
但し自動車部品の工場でもあったので、自動車を買わない理由を聞かれたことがある。
「君は深夜に帰る事も多いし、駅からバスがない事もあるよね。免許もってるんだし、会社の駐車場の融通もするから自動車で通勤したらどうだい」
原付も持ってるから、車は今のところは考えてないんです。急な出張でそこから直接帰宅も多いし(自動車での出張が禁止であった)。それに会社帰りの一杯はたまりませんし♪beer駅前に、いい店何軒か知ってますが
と言ったら、この上司
「酒はいいよなあ♪bar商店街の奥の○○という割烹はおすすめだぞ」
と言う話で終わってしまった。その一件から以降、車通勤の人で近所に住んでる人から「帰りに送ってやるから」といわれた事が格段に多くなった。
さて、この焼肉店はマンションの2Fにあった。1Fは肉の商社の直営のスーパーで、この店はこの商社から肉を仕入れていたようだ。とても美人の奥さんと長身の主人とでカウンター10人の焼肉店を切り盛りしており、週0.5~1で食事+飲酒をしていた。この店は元々、フライと焼肉を出していたようだが、この時はもうフライは出していないで、モツ煮込みがフライに代わっていた。
店の端のほうにロッテのユニホームを着た選手の写真が写っていた。始めは私は「まあ野球好きな人なのだろうな」と思っていたし、店主も奥さんも、それを誇示することもなかったから気にも留めなかった。また店主は黙々と仕事をし、備長炭を黙って起こしたり(この店は炭火で焼肉を焼くのを売りにしていた。)して、その分奥さんが熱心に接客をしていた。ところが他の常連さんの中には、その当時を知ってる人もいたらしく、あるときお客同士の話でそれに気がついてしまった。要するにロッテの一軍選手だったというのである。(当時、ロッテは川崎に球団があったので、まんざらありえなくはない)それで、この2人が苦労してるんだなと思ったものである。あんまりこの話は触れて欲しくはないようだが、話では投手だったようだ。
階下のスーパーが突如撤退(スーパーの会社自体は肉の卸業務と共に今も盛業中である)したときにこのお店も閉店した。(但しこのフロアーの店舗全体がそのすぐ後引き上げたから、経営がと言うことではないかもしれない)
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NPBセカンドキャリアサポート開設
2007年10月、日本野球機構に「セカンドキャリアサポート」が開設され、プロ野球選手向けのキャリアサポートマガジン『New Ball』が発行されたという記事(http://www.joc-athlete.jp/interview/071128.html)を、このサイトでも以前ご紹介させていただいた。
今回は、「セカンドキャリアサポート」開設の背景や、今後の活動予定などについてのお話を、キャリアサポート担当の手塚康二さんに伺った。
個人任せだけにせず、プロ野球界全体で、キャリアサポート体制を整えることに
ある日突然戦力外通告を受けた選手は、次の進路をどう考えればいいのでしょうか。今までは個人的な人間関係(家族、地元の支援者、後援会)などで新しい道を探している選手がほとんどでした。もともと、プロ野球の選手というのは、個人事業主、いわば社長なのですから、契約が切れた後のことまでは、球団がめんどうを見るということは少なかったのです。
しかし、現役選手が余計な心配をせず、安心してプレーに集中し、力を伸ばすためには、個人や球団だけでなく、プロ野球界全体で、すべての選手をバックアップする体制を整える必要があるのではないかという声が、だんだんと聞こえてくるようになりました。同じプロスポーツのJリーグで、数年前からキャリアサポート組織が設立され、実績を上げていることも、そうした組織をプロ野球に設立したほうがよいのではないかと要請される、一因になっていると思います。サポート体制がしっかり整っている競技であれば、親御さんも安心してお子さんを送り出せます。少子化の時代、ご家族の理解というのも、子供が競技を始めたり、続けていくうえで大事なことのひとつになっているのです。
プロ野球選手の中でも、常に1軍で活躍していた選手であれば、引退後は後援会や地元の実力者の方などが世話を焼いてくださって、新しい仕事に就くことはさほど困難なことではありません。もちろん、その中で本当にやりたいことや満足が得られるかどうかというのはまた別の問題ですが。
セカンドキャリアサポートが主に役に立てるのは、長く2軍にいた選手や裏方の仕事に携わっていた方ではないかと思っています。実力者の知り合いやコネなどをあまり持っていない選手に、「セカンドキャリアサポートに行けば何とかなるかもしれない」「まずは話を聞いてもらおう」と、相談できる相手先のひとつとして、どこかで認識していただければいいなと。
1軍の選手は、日頃から企業の経営者などと名刺交換をしてビジネスの話をしたり、さまざまな分野の人たちと食事をしたり、後援会の方たちとの交流の中で世間話ができる人もたくさんいます。そういった機会を経験することで、社会的にある程度、“場慣れ”しているのです。ところが、高校を出て、野球だけ練習してきて、あまり野球関係者以外の人たちと交流の機会がない選手は、意識的に行動しないと、視野が狭くなってしまいがちです。そんな選手が、戦力外通告を突然受けると「自分は野球以外に何ができるんだろう」と、アタマの中が真っ白になってしまうこともあるかもしれません。
野球関連の仕事を希望する人が多いが、正社員、正職員の募集は少ない
(中略)野球関連の仕事で問題になってくるのは、正式な社員や職員として採用される人はほんの少しで、1年ごとの契約社員など、暫定的な雇用形態が多いということです。球団のスタッフなど、職員の数も限られており、とりあえず契約社員で入団しても、一生勤め上げることは難しく、また保障なども十分ではありません。バッティングピッチャーなどは、チームによって仕事の範囲もさまざまで、「1日のうち短時間に集中して投げて、高い給与をもらうけれど、平均して、契約期間は長くない」というところもあれば、「バッティングピッチャー以外のスタッフ仕事などもこなしながら、それほど高い給与はもらえないけれどやや長めに働かせてもらえる」というところもあります。球団ごとに雰囲気もずいぶん違うものです。(後略)
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そうなのか。アメリカと違う労働環境でもあることが、意外と「プロ選手になることを家族から反対される」という事象がおおいのかもしれません。もっとも、アメリカの企業勤務者は年俸制だったりするのでむしろ日本人の労働慣行から考えれば、自営にかなり近いという見方が出来るかもしれないですね。
ともかく、こういう人生のLLP(=長期生活計画)を立ててみる。キャリアデザイン構築ですね。(参考:http://www.career-design.org/)意識してすることは少ないかもしれません。だからこそ、時々酒を飲みながらでも鉛筆を持って、線図を引いてみることをお勧めします。

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コメント

こんばんは。
プロの野球選手も、ほとんどの方は引退後の生活は大変ですね。
しかし中国のスポーツ選手の引退後の生活はもっと大変なようです。

元陸上金メダリスト、生活苦でメダル売却
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/asa8043/daily/20070411

スポーツ選手の引退後の幸せ度は、国としての成熟度の1つの指標であるかもしれません。

投稿: kunihiko_ouchi | 2008年9月 3日 (水曜日) 00時52分

中国と言うところ、こういう事例もあるんですね。
考えれば、指導者のほうに入っているならこういうことも無かったのでしょうが・・・決して日本も恵まれているほうではないですからね。

投稿: デハボ1000 | 2008年9月 3日 (水曜日) 21時15分

スポーツ選手のセカンドキャリアの問題は難しいですよね。

スポーツの世界は学歴社会という本を読んだ。

選手引退後の人生では学歴は重要になってくるらしい。
文武両道でがんばることが大事ということですね。

文武両道といえば、慶応の理工4年福谷選手がドラフト1位で指名されましたね。文武両道ですごいですね。がんばってほしいです

サっカー界には文武両道で有名な東大卒Jリーガー久木田さんや他にも岡田武史さん、宮本恒靖さん、橋本英郎さんが文武両道で有名です。、ゴルフ界といえば、坂田信弘さんくらいしか思い浮かびません。


しかし、大学ゴルフ界に文武両道プロゴルファーになる卵がいます。
東大法学部4年の高野隆

彼は朝日杯争奪日本学生ゴルフ選手権には4回出場し、6位に入った。他にも、日本学生ゴルフ選手権3回出場、日本アマ出場、トップクラスで活躍するスーパースターです。

九州大2年の永井貴之

彼は九州ジュニアゴルフ選手権4位、国体選手にも選ばれた。日本学生ゴルフ選手権出場、文部科学大臣杯争奪全日本大学・高等学校ゴルフ対抗戦出場など、全国大会の常連です。

和歌山県立医科大学医学部医学科1年の辻田晴也

彼は関西高等学校ゴルフ選手権2位、全国高等学校ゴルフ選手権に3回出場など全国大会の常連で、関西学生秋季新人戦2位、西日本医科総合体育大会2位です。

他のスポーツ界に負けず、文武両道3羽ガラスが将来プロゴルフ界で活躍すればなぁーと思います。

投稿: スポーツ好き | 2012年12月 9日 (日曜日) 11時08分

>文武両道
確かにそういう人は私の周りにもいましたね。国体連続出場の実績を引っさげて旧帝大クラスにいっちまうのだとか。
もっとも其の後のキャリアは、大学で・・というより大学にかかわる知識の「吸収習得法」を手に入れたという人にその後、いかなる障壁があれども立ち行くというのはあるのかも。
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問題は、高卒クラスなど、純粋培養で来た人を即戦力としてきた場合であります。スポーツ選手OBが生計に困り、ついには食い詰めて種々の問題を起こしてしまうことはありますが、それが現実優秀な選手発掘に問題になっている側面があるんですよね。

投稿: デハボ1000 | 2012年12月 9日 (日曜日) 22時14分

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