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ムシとカビ

-----------開始(要約・・・登録制マガジンのため)
「カビ型違法行為」の恐ろしさ 蔓延・恒常化した違法行為はどう解消したらよいのか 日経ビジネスオンライン *2008年7月23日(水) *郷原 信郎 
 米国の違法行為というのは、一言で言えば「ムシ型」、つまり害虫型だ。ハエや蚊のような害虫と同じように、小さくても、その意思で動いている。個人の意思で、個人の利益のために行うのが、ムシ型違法行為だ。米国は自由競争、自己責任の国、あえて違法行為を行うとすれば、何らかの個人的利益のために、個人的動機で行うのが通常であろう。 そういう違法行為は、通常単発的だ。何十年も続いているということはあまりない。それに対する対処方法も単純だ、個人の意思で、個人の利益のためにやっているのだから、その個人に厳しいペナルティーを科して思い知らせてやるのが効果的だ。害虫に対しては殺虫剤をまくというのと同じことだ。
 それに対して、日本での違法行為には「カビ型」という特徴がある。個人の利益のためにやっているのではなくて、組織の利益のためにやっている。組織の中の一定のポストに就くと、好むと好まざるとにかかわらず、そういう違法行為に手を染めざるを得ない。違法行為は継続的・恒常的に行われる場合が多く、一定の分野全体、業界全体に、ベタッとまとわりつくように生えていることも珍しくない。なぜそうなるかというと、背景に何らかの構造的な要因があるからだ。
 司法や法令が、異端者の排除や特異なトラブルの解決という形で、社会の周辺部分で機能してきただけで、社会内での問題解決について中心的役割を果たして来なかった日本では、市民生活や企業活動と法令との関係が薄く、法令が社会や経済の実態と乖離したまま放置されやすかった。それが「カビ型」という日本の違法行為の特徴につながっている。
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カビ型違法行為の典型である談合問題
 公共調達をめぐる談合問題は、カビ型違法行為の典型だ。根本的な問題は、「最低価格自動落札」「予定価格の上限拘束」という会計法による入札契約制度の基本原則が、調達の実態に合っていないことにある。(中略)
 そして、違法行為であっても、それが恒常化し、システム化すると、何らかの社会的、経済的機能を果たすことになる。かつての日本で地域の経済振興、中小企業の保護、雇用の下支えなどを支えてきたのは談合システムであった。それが、その分野の環境全体に違法行為が深く潜り込んでいく「違法行為のカビ化現象」だ。
「ムシ型」の対応をして違法行為の潜在化と深刻化を招いた
 こういうカビ型の違法行為に対する対処方法は、ムシ型とは全く異なる。カビに対して殺虫剤をまいても意味がない。カビは、部分的につまんで捨ててもまた生えてくる。カビをなくすためには、まずカビの広がり全体を明らかにして、広がっている範囲のカビを全部取り除き、そのうえで、なぜカビが生えたのか、汚れが原因なのか、湿気が原因なのかを明らかにして、その原因を除去しなければならない。それと同様に、カビ型違法行為は、その違法行為の広がりを明らかにして、違法行為全体を取り除き、その原因となった構造的な問題を是正しなければ、解消することはできない。これまでの不祥事対応は、カビ型に対してもムシ型の対応をして「その場しのぎ」的な後始末をしてきただけだ。(以降概略)
鋼管データ捏造問題の背景にあった基準と実態との乖離
建前を前提としたため、問題解決につながらなかった
実態と乖離した法令を「遵守」させる内部統制が企業のリスクに
「法令を大切に守り、使いこなす姿勢」へ転換を
--------------------------終了
私は少しことなった視点を持っている。司法や法令が、異端者の排除や特異なトラブルの解決という形で、社会の周辺部分であくまで追認をすることが基本であると考えるところにある。それだけ社会自体に、異端者と言う存在を撥ね退ける姿勢が強かったのではなかろうか。いや、別にこれは日本だけというより、憲法が制定憲法と言う形でなく運用できたイギリスなどでも比較的近い構成があったと思う。
但し、では欧州において日本のように強固な排他姿勢をもっていられたかというと、それは異なる。国家の支配層自体の交流や「人事異動」(縁戚関係)は日本の皇室では考えられないほど頻繁であったわけだ。そういういみで国家間でのつばぜり合いの影響が各国の国内の意識形成に波及し易い側面もある。
農耕民族ベースだと、社会内での問題解決について法規が中心的役割を果たすことは、元々復旧しがたい社会的損失になりがちなうえ、国内移動に対する概念が土着的でもあり、移動を拒否することで共倒れということが起こりがちと考える。元々法令は生活を維持するものとしての存在価値は低かったのだと思っている。このメカニズムは東南アジア全体でも割と普遍的にあるのではなかろうか。但し、法律は最後のよりどころという教育の成果か、儒教のためか表向けの順法思想が強いというのがこの見方のなかでは算盤が会わないといえよう。かくして法令が社会や経済の実態と乖離したまま放置されやすかった。それが「カビ型」という日本の違法行為の特徴につながっているというのは、東アジア全体の体質としてあると思う。
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但し、そのバックボーンをカビ型とムシ型に分けたというのは、感心する事しきりである。カビとムシでは対策手法も違うわな。ムシ型というのは統制が取れないという個人レベルの問題、カビ型というのは制度遵守をすると生きていけなくなるという社会的制裁のほうが大きいということで、法規的逸脱ということで押さえ込んでも、全体の衰退のほうがより大きな問題になるということだと思う。言い換えれば、環境全体が制度疲労しているため、つっかえ棒を立てる先がカビまみれの場所の上ということになる。社会的制裁を受けるほうが法規的制裁より大きいのは、東南アジアでは比較的多くあることである、日本・中国・韓国においては意図的に法規的制裁を大きくしているたまそれが見えないのに過ぎない(それは儒教による思想の影響、統治方針もあるだろう)。但しこの発想をISOなどや経済対策議論の計画に反映することは、いまの基準の構築体制から見て盛り込むのは、残念ながら難しそうだ。
では米国エンロンの事例はどうかかというとカビ型の要素もあるし、ムシ型の問題で困っているのは野村證券の事例。但し今はこれを知って、カビの繁殖の萌芽になる事例もあるわけで、どっちがどっちということを割り切ってしまうのは米・日の二分論になり至極危険。だったら、2方向の対策をまずパッチ当てをする迅速処理を最初にするしかないと思う。問題はおっかけて制度構築をすることが求められるのだが、砂丘の上に制度構築をするのが現実には、求められる一番賛同者を得やすい状況であることを認識することになる。
革命と言うことが事実上人権などまで波及する、復帰できなくなる社会体制まで及ぶ以上、スクラップアンドビルドは机上の空論になろそうだ。そこで再構築の計画なのだが、此の再構築を制度疲労し、すぐカビが生える、やわな寒天培地の上で作ることがどうしても必要だということ。これが一般的問題対策と形相を異なるところだと考えている。
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事務所にダニが入り込んだらしく、「バルサン」を炊いて駆除した。もっともこのダニはネコが持ってきたものらしい。但し掃除が行きとどいているとダニはにげるというからそちらもしなけりゃならぬ。あーあ。

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