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森田療法と赤塚不二夫

森田療法という森田正馬東京慈恵会医科大学教授(故人)が創始した心理療法がある。森田氏は医師であるが、心理学・法学・経済学にも精通した博覧強記の人とある。禅の要素も含む代表的な日本製の精神療法として知られる。(海外発の心理療法にも、禅の思想をどこかに取り入れているものが意外とある)世界20カ国以上で紹介・実践されている。他の療法と比べ、厳しく感じられる治療法のため、一部の患者には敬遠される傾向もある。しかし、神経症に対する治療効果と「禅」にも通じる東洋思想的な側面から、日本だけでなく、中国、アメリカ等にも広がりを見せている。(とはいえ心理療法は基本的に臨床経験から構築されており、医師によってはエセ科学扱いする人さえいるようだが、公的には認められているものである。)
医師や、専門家の指導による入院治療の具体的指標も示されているが、私は外来治療の典型例に興味がある。
外来治療では、面談と患者の記録してきた日記(最近はBLOGやSNSをつかうこともあるらしい(驚))に対する添削が行われる。医師は、日記へのコメントやアドバイスで、患者が自分自身の心理的な囚われに気づくことを促す。最近流行のレコーディングダイエットに似てる側面が見えるのは、記載行動による明示化で、意識化に事実を顕在化することなのかと私は理解した。その行動で、患者自身の「気づき」をきっかけに、日常生活における行動パターンを自ら修正させる。
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森田療法の指針として、神経症になりやすい人は持つ神経質性格(内向的、自己内省的、心配性、小心、敏感、完全主義的性格等)が基盤となって、特有の心理的メカニズムで発症すると考えている。(・・・内向的、自己内省的、心配性、小心、敏感、完全主義的性格等な要素が全然無い人っていなさそうだなあ・・・・)加えていえば(精神交互作用という)思想の矛盾と呼ばれる「不可能を可能にしようとする心の葛藤」と解している。そのような背景のある神経症の治療法として、「あるがまま」と呼ばれる態度を導入し、不安や症状を排除する行動を抑える素地をつくり、あえて、そのままにしておく態度を養う。不安を抱えながらも生活の中で、なすべきことから行動し、建設的に生きるという事を教え、実践させるという。生き方の再構築ともいえよう。じつは経済活動では「あえて、そのままにしておく態度」は好ましい態度とはまずいえないわけで、葛藤があるのは生きてる以上必然なる事象と思う。
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今般「おそ松くん」「天才バカボン」などの作品で人気を集めたギャグ漫画家、赤塚不二夫氏が8/2、肺炎のため死去した。72歳。6年ほど長患いをされていたという。
ということで、8/7午前、東京都中野区の宝仙寺(真言宗)で葬儀があった。
---------引用
タモリの手には白紙…あふれる感謝そのままに 2008年8月8日(金)0時14分配信 スポニチ
 タモリは、手にしていた紙を何度も見ながら弔辞を読んでいたが、紙は白紙で、すべてアドリブだった可能性がある。7日夜放送のテレビ朝日「報道ステーション」では、弔辞の様子をVTRで伝え、映像から「手にした紙には何も書かれていないようにも見える」と指摘。インターネット上の掲示板でも話題となり「白紙なんだよね。すごいよタモさん」「あの長い弔辞を白紙で読んでるとかすげぇな」「読み上げるふり。ささげるギャグなのかな」などといった書き込みが相次いだ。
---------終了
もしそうだとしても、(勿論、6年病床で意識不明に近い状態だということもあり、こういうことになるだろうということは、どこかで想定していたのかもしれないが)頭の中で相当リフレインされ、構成され、校正を繰り返し作られたことには間違いないとは思う。それはセレモニーをどう捉えているかという違いである。余計な推察をするにはあまりにも私は部外者過ぎる。
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本内容を全文引用しているBLOGも多い・・・というか、いくつかの記載を見ると名文と言うこともあり新聞社が引用許可を出しているようだ。ここでは引用先を提示しておく。(注:一応引用を産経新聞版でしておくことにしました)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080807-00000908-san-soci
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/080807/tnr0808071147002-n1.htm
http://www.asahi.com/culture/update/0807/TKY200808070146.html
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2008/08/08/02.html
http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20080807-393012.html
なお弔辞は、文章として出されたものではなく、ダイレクトに出してるところと編集を加えたところがあるようだ。文章の雰囲気が変わってるということも評する人がある。(産経新聞のほうは「全文」と出しているようで、文章も長いからオリジナルを伝えていると思う)
というわけで全文引用はしないが、一応産経新聞版で引用してみたい。

あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。
(中略)
 あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。
(中略)
しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

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かつて私は、植木等の「わかっちゃいるけどやめられない」というフレーズが期待せずして植木氏の実家の家業であった浄土真宗の親鸞の観念に通じるというところに驚きを隠せなかったと書いた。今回の弔辞を聞き、私は「これでいいのだ」というお茶らけた発言に見えるが、その実頑健なバックボーンに実は日本人的深遠な概念がここに含まれていることに驚いた。
ワンフレーズに含まれる深遠な思想。勿論弔辞の性、美化されたところもあるのかもしれないが、あまりにも端的な表記を赤塚氏はし、それを実践し、更にタモリ氏はそれを生かしている(有名なのはタモリ氏は番組収録終了後の反省会を一切しないというのがあるなあ)のだと感慨を禁じえない。
(PS)ここまで書いてきて森田正馬氏と、森田一義という所が関係あるように思ったと、想起された方もいらっしゃると思う。いや、これはたまたま偶然なのです。
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参考:(産経新聞版より引用)
タモリさんの弔辞は以下の通り。
 「8月の2日に、あなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが、回復に向かっていたのに、本当に残念です。われわれの世代は、赤塚先生の作品に影響された第一世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクターは、私達世代に強烈に受け入れられました。
 10代の終わりから、われわれの青春は赤塚不二夫一色でした。何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていたときに、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは、今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫がきた。あれが赤塚不二夫だ。私をみている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。
 終わって私のとこにやってきたあなたは『君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住む所がないなら、私のマンションにいろ』と、こういいました。自分の人生にも、他人の人生にも、影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。それから長い付き合いが始まりました。
しばらくは毎日新宿のひとみ寿司というところで夕方に集まっては、深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタをつくりながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。ほかのこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、未だに私に金言として心の中に残っています。そして、仕事に生かしております。
 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。マージャンをするときも、相手の振り込みで上がると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしか上がりませんでした。あなたがマージャンで勝ったところをみたことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかしあなたから、後悔の言葉や、相手を恨む言葉を聞いたことがありません。
 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折みせるあの底抜けに無邪気な笑顔ははるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀のときに、大きく笑いながらも目からぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺のときたこちゃんの額をピシャリと叩いては『このやろう逝きやがった』とまた高笑いしながら、大きな涙を流してました。あなたはギャグによって物事を動かして(注:「無化して」のほうが正しいという説有り)いったのです。
 あなたの考えは、すべての出来事、存在をあるがままに、前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また時間は前後関係を断ち放たれて、その時その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち『これでいいのだ』と。
 いま、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が思い出されています。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外でのあの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あのときのあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。
 あなたは今この会場のどこか片隅に、ちょっと高いところから、あぐらをかいて、肘をつき、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に『お前もお笑いやってるなら、弔辞で笑わせてみろ』と言っているに違いありません。あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。
 私は人生で初めて読む弔辞があなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言うときに漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の一つです。合掌。
                平成20年8月7日、森田一義

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コメント

> 管理人様

拙ブログにコメントを頂戴しまして、ありがとうございました。「これでいいのだ」。難しい言葉です。言った人勝ち、のようなところがありますからね・・・

投稿: tenjin95 | 2008年8月12日 (火曜日) 04時48分

「これでいいのだ」
使い方が難しい言葉ですね。
勿論、赤塚氏はこの言葉で人生得したのかというとプラスマイナスではそう得をしてるということではないと思います。ただ彼の仕事を見ると流転する事象にすばやく対応する(追従するではなく)所に妙味があり、そこをタモリ氏もたどったのかなと思います。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月12日 (火曜日) 11時14分

とても興味深い記事で、いろいろと考えをめぐらせています。
私らの世代にはイヤミのシェーは強烈なインパクトがありました。
ピンクレディーの「UFO」などもその派生形かと思います。
谷啓の「ガチョーン!」も忘れられない。
これらは、どちらかといえば許容というよりは拒否断絶の姿勢でしょうね。

投稿: SUBAL | 2008年8月12日 (火曜日) 19時03分

時代の創造者の側面には、示唆ある言葉がついてくるもののようです。
谷啓氏はマージヤンが好きで、自宅が火事になったときにも偶然焼け残った雀卓と牌を使って見舞いの人と1卓囲んだという人ですが、この「ガチョーン」は牌をツモる時の手の動きなのだと聞いた事があります(笑)。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月13日 (水曜日) 00時10分

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