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大学にはもう頼れない

引用

さらば工学部 「6・3・3・4年制」を突き破れ [ Weblog ] / 2008-08-18
 今週の日経ビジネスが「さらば工学部 「6・3・3・4年制」を突き破れ」というタイトルの特集記事でわが国の工学教育の現状を報告しています。
 記事はまず東京大学、京都大学という名門大学の工学部ですら志望者の減少、学力の低下という問題に直面しており、企業でも深刻な技術者不足に見舞われている現状を報告しています。ここまで読むと日本の将来は大丈夫かと不安になってしまいます。
 しかしその後は、大学にはもう頼れないと社内で大学レベルの教育を行うデンソーのような企業の例や、実習の技能向上のために地元企業で教員の研修を行う工業高校(岡崎工業高校、城東工科高校)、大学院レベルの教育、研究を行う工業高専(弓削商船高専、阿南高専)、全国唯一の中高一貫の工業高校(横手清陵学院)、そして定時制ながらロボット大会で好成績を収める工業高校(向の岡工業高校定時制)の事例が紹介されており、これを読むとちょっとほっとします。
 しかしながら、工学の中でも金属や機械といった「時代遅れ」と見られがちな分野でかつてに比べて大幅に学生数が減り、教育、研究の場も失われつつある状況は、日本のものづくりの将来を考えるとやはり深刻であると言わざるを得ません。記事でも指摘されていますが、わが国の科学技術戦略がバイオやITといった先端分野にシフトしすぎてしまい、金属や機械の分野に陽があたらなくなってしまった現状を変えていく必要があるでしょう。

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[日経ビジネス リポート]というのがHPでも展開されており、例えばこういうのがリストアップされています。
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* 「東大生の電気電子離れ加速、企業の求む人材と乖離」~さらば工学部(2) (08年8月19日)

  * 「『教育の金沢工大』は“褒め殺し”。教育改革に一切気は抜けない」~さらば工学部(3)

  * 「存続できず、廃部に追い込まれた工学部」 ~さらば工学部(4) (08年8月21日)

* 「溶接の総本山・阪大の異変」 ~さらば工学部(5) (08年8月22日)


の連載を私もこのところ読んでいます。雑誌を買わずというのにお金を掛けていないといわれそうですが・・・・

かつて大学の学部によっては、その研究内容によっては衰退の傾向を見せるところもありました。例えば家政学部ののように応用的研究がニーズの少なさによって減少していき、専門家育成以外は「よりかねの稼げる」学部を志願した結果になっているともいえるでしょう。一時の農学・水産学にもこの傾向がありました。
上記の記載の中でも、
* 「工学部を解体せよ」
* 「溶接の総本山・阪大の異変」
とを読み比べると、産学の視点の違いを考えさせます。人材が足りないのは産業に見合ったが、その中には「大学進学率は変わらず、学生の量が減少し、さらに生涯賃金が減少していったために、生徒の質も得られなくなった」というサイクルにはまっているということである。この2つの議論は完全に鶏と卵と言う形のようである。さらにこの2つの記載の中でも、よく読めば読むほど文中に「利益相反」項目が多く見られるのはどうしたものだろうか。明らかに内部相反があるんですよね。
実はこの視点がこうずれるのは、大学と言うものに対して社会

「先端的な研究施設としての位置付け」
「経済的な研究施設としての位置付け」
「高等専門人材育成の位置付け」
「基礎人材の創出源の位置付け」

と、いうことを混在して全部丸投げしているという現実がありそうである。また反って、大学の社会的評価は短期的には、
「先端的な研究施設としての位置付け」「高等専門人材育成の位置付け」
になり、長期的にOB創出などによて得られる見返りは、
「経済的な研究施設としての位置付け」「基礎人材の創出源の位置付け」
となってしまうのであるだろう。まあ、すべての政策は短期的(緊急対策)・長期的(恒久対策)の組み合わせで成り立つのだが、後者は経営指標の中での見通しが不透明である上、世界の中ではいまだ高級教育(高等とはあえて言わない)は大学しかないということに定義が変わらないから、ここでコンセンサスを得ることがまず得られないともいえます。
90年代前半、金沢工大では、学校の評価を高めるため、研究の強化を進めようと考えていた。そこで、米国の大学を100カ所近くも回って参考にしようとした。実際には、その視察が、研究の強化を撤回させることにつながった。なぜならば、研究で名を上げる一部の大学を除くと、米国の大学の多くは教育の体制を整えることに価値を置いて、成果を上げていたからだった。(中略) 代表的な取り組みは、数学、物理といった基礎科学教育の体制を整備したことである。入学初年度に、導入教育として、高校科目の復習をさせる。今では珍しくなくなってきたことだが、金沢工大が先進的に取り入れたものだった。

と言う事例は明確で、逆に優良な教員・目的意識が高い生徒が多くなっているのは事実ですが、ここまで15年かかって成果を出せたのは私は、経営者の意欲の問題と言う反面、社会の要求が逆に合致したという側面が大きいかもしれない。
この連載では、私学は教育をメインにといい、旧国立などでは研究を中心とするという言い方になっていますが、こうなると目的別の大学と言う形になります。(その意味で、私は「職業能力開発総合大学校」の存在は本来の意味ではなく企業内の「技術のボトムアップ的意義を伝達する人材の育成」と言う意味で、決して「無駄使い」とは思っていなかったのですが。(怒)
ところで、家政学部の研究内容は全然ニーズが無くなったのかと言うとそうではなくて、理学部・工学部・農学部・などにかなり研究内容が分散していったという見方も出来ます。この場合は、専門家になる場合は、そちらに進学していくという筋道が出来上がり、また、専門学校などの実務教育にシフトできるということから二分化が出来たのだと思っています。工学においては大学院修士を卒業しないと「高等専門人材育成の位置付け」が図れないという議論になっているのも、現場では聞くのですが、それは要求する人材にどのようなニーズがあるのかを分類せず、ただいい人間を刈り取るという側面もあるんですよね。
答えを求めようとしても求められない時代です。ライフスタイルのモデルを書けない所にはだれも寄ってこなくなりました。あえてルーチンワークをやることで生活を第一に考えるという生き方のほうが、尊ばれる場合もあるようです。けど今の世界にライフスタイルを書くのは現実難しいし、もしそれを提案するという創作活動をすること(例えば「製品企画」など)も裏読みをして、結果的に利益を上げたいだけではないのという現物的解釈にされることが多くなってしまうわけであります。さらにこの先鋒的ユーザーが割ける投資が減ってるようだと、このモデルとて先が描けないのかもしれません。
もちろん高専の教育とか工業高校教育の充実・変革ということは別に考えなければなりません。それは改めて考えてみたいと思います。高専については内部改革が出ていることもあるようで、意外と先は明るいと思っています。

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コメント

時代遅れ分野の周辺でちょろちょろしている身からすると、バーゲンセールに群がるおばちゃんのような行動でいいのですかね、なんて苦言を呈したくなります。
大勢が群がっているところでは、エスカレーターが逆走して押しつぶされるなんてこともありそうです。
デンソーは、ほとんどの企業が後景に追いやっていた技能者の育成と復活にいち早く取り組んでいますし、三菱重工の航空宇宙では専門学校卒に対しても驚くほど手厚い教育をしています。
先を読む、というのは余裕がないとできないのでしょうが・・・。
それにしても、阪大の溶接学科の件は、気になります。

投稿: SUBAL | 2008年8月23日 (土曜日) 09時23分

>バーゲンセールに群がるおばちゃんのような行動でいいのですかね、なんて苦言を呈したくなります。
物言う株主が主要株主になっているところは、経営的に会社内研修所の存立意義を問われて縮小を求められる場合もあるようです。海外株主の投資が日本国内の6割を占める現状では、認めてもらうには苦しい状況があるらしいです。
デンソーも三菱重工もたまたま国内資本主導と言うところもあるかもしれません。要するに短期資本回収という現代の(海外の)企業論理は高度な工学技術の蓄積に対して非常に相容れない要素があるとは思います。
>先を読む、というのは余裕がないとできないのでしょうが
先をよむ志向が世界でメインの環境でないと思います。すくなくとも今は。その特質をどう世界に示すかということさえもしにくいのが現実かもしれません。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月23日 (土曜日) 21時01分

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