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イエスマン

日本人社員が生き残る“5つの条件” - 速報 ニュース:@nifty. 2008年5月16日(金)10時0分配信 日刊ゲンダイ
最近、外国人社長が増えている。英子会社社長を親会社のトップに招いた日本板硝子には驚いたが、外国人社長は上場企業だけでも30社を超える。この流れは強まるだろう。アナタの会社にもいつ外国人社長がやってくるかわからない。青い目のトップが来たとき、日本人社員はどう立ち回ったらいいのか。外国人社長をもつ企業の社員に処世術を聞いた。
●TOEICは最低700点、イエスマンこそかがみ
(1)ヤッパリ英語ができないと割を食う
「仕事ができれば英語は関係ない」「通訳を交えれば何とでもなる」などという話をしばしば耳にする。これって本当?
「そう言う外国人は多いですね。でも真に受けちゃダメ。毎日の業務でいちいち通訳をつけるところなんてまずないし、そんなことをしていたら仕事上のロスが膨らむばかり。ボスとは一対一で話す。それも英語で。これが基本です」
 こう明かすのは、あおぞら銀行の中堅行員だ。では、どの程度の英会話力があればいいのか。ベテランの外資系金融マンがズバリこう言う。
「自分の仕事の中身やできること、やりたいことなどを正確に伝える力が必要です。メーカーやサービス業であれば、英語検定TOEICで最低700点は欲しい」
-----------中断
外資系の会社にいる製造業の人に聞いた話です。社内の文章は英文・和文併記だといっていました。但し、これが姑息でして、英文の表記が正なのですが両方読むと微妙に表現が違っていることがあるし、日本人に対して誤解を招きかねない事項は日本文にならない(抜けがある)。要するにに英語を知らないと社内で情報格差(ノリッジデバイド)を生じるため判断をを出来ない状況にし、ふるい落とす状況になってしまうことになる。その人は顧客のほうにも英文の資料で商売してこいとなってしまうことになり、顧客に対して悪い印象を持たせることに自責を感じていました。
面白いのは、社内文書が英語になれば英米人的志向に、考えるストーリー立てがなりがちだとか、スペイン・ポルトガルでもそうなるということがあるんだそうです。
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(2)欠かせないプレゼン能力
 英語力があれば十分かといえばそうではない。大切なのは合理的なプレゼンの力。いわゆる「ウエスタンロジック」を身に付けることだ。
 前出のあおぞら銀中堅行員は「イエス、ノーをハッキリさせること。結論を先に伝え、その理由を語る。前提や言い訳は不要。もちろん、婉曲な言い回しは論外」とバッサリ。日本流の以心伝心はマイナスなのだ。
 ソニーの管理職が付言する。
「相手を飽きさせないよう、話のつかみ、多少のジョーク、絵を使った資料説明など印象に残るトークを心がけたい」
 面白いヤツと思わせたら次がある。
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イエス、ノーをハッキリさせること。結論を先に伝え、その理由を語る。」これは私にもわかるし、プレゼンという基本でもあります。但しプレゼンはプレゼンである。経営に対する事実認識とかなり違うものである。論文は一般的にいいことと悪いこと、得したこと欠損したことを平滑して書くことを心掛けなければならない。(とはいえ、最近の商業化研究の論文は注意しなければならない)ところがプレゼンというのはメリットを大きく、デメリットを小さくするものという。その採否はプレゼンを受けた人の感性の差に有るわけだ。
論文を書いて、会社幹部に読んで貰うことは多かったが、結論を筆頭ページに示すとき、問題点提示をしても簡潔なセンテンスだけを認識してしまい、その実非常におかしな指摘を幹部からされたことは枚挙にいとまない。私の表現に稚拙なところはあったというのは事実だが、時に「どんなにしてこの文面からそんな解釈をするんだ」と上司が経営幹部から問われ頭を抱えたのもある。このような判断能力で職務遂行されたら困るとも思うのだが、技術員は多かれ少なかれ同じ経験ことをしているようで、むしろ経営幹部から質問された場合、どうかわすかという全然異なったスキルを要求される。要するに前提や言い訳が不要というのは、技術的価値を理解することは経営者としてはしてはならないという見方なのかもしれない。
で、確かに自分の経験した会社だけがそうかと思うのがある。ところが、職場としては5箇所経験し会社も違うのだが、現象面は異なるものの、キーマンが異なるから差異はあるけれども、逆にいうとある程度の類型性があるように見える。
相手を飽きさせないよう、話のつかみ、多少のジョーク、絵を使った資料説明など印象に残るトークを」インプレッションだけで物が動くというのは、確かにあろう。私はどちらかと言うとこっちに走りがち(ぉぃ)ですので、利点を知ってはいるが、これは逆に言うと非常に軽薄なものになる。(その点は枕をこの手の話にして、真ん中を純技術的な話にしなければ、なんにも残らないと言うことに成る。乱発は禁物!)面白いヤツと思わせたら次があるというのは判断基準が表層的な証拠でして、会社の経営内容をこの程度で判断すると言うのは非常に複雑である。じゃあ、幹部の前で手品でも披露していいのか、安来節(やすぎぶし)でもいいのか・・というとこの論理ではYESのようだ。
-----------再開
(3)理想の部下になる
「多くの外国人社長は、初めて日本企業へ乗り込むので不安がある。その上、3年くらいの任期で成果を出す責任がある。だから社内に信頼できる社員が欲しいわけです。会社の方針を忠実にやり遂げるイエスマンこそベストの部下です」(新生銀行関係者)
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問題は近視眼的な人材がたかると言うことである、まあ世の中は「政界渡り鳥」とか揶揄される人もいたりするが、こういう目的意識の人が極めて高く評価されるともいえるわけ。むしろ日本人なら信頼感を失うタイプであろう。(とはいえ、そういう人が本当に信頼がない人物かと言うとこれが全く別物で、仕事に恵まれなかったりとか、悪いほうに走らないピュアな向上心と言う人も多いですがね)
海外で起業した日本人と話したことがあるが、日本という色を明確に出すビジネスモデルはともかく、現地にあわせた形と言うのは日本企業のなかで生きられないからというタイプの人もおおかった。一般に信頼されそうな人というのがトップという感じが多いが、どういうわけか合った人が「会社の設立概念:儲ける人」と言うタイプばかりで、その儲けるビジネスモデルに感銘を受け集ったという目的意識があまりにも明確な人たちであった。どちらかというと古い会社のほうが枯れた感じで、黙々と仕事をしてると言うのも感じるんですよね。
-----------再開
(4)ボスの側近と仲良くなれ
「ボスが日本に関心が薄い場合、側近政治になりやすい。日本人社員にあまり興味を持たないので社員の管理を側近に任せるからです。そのため社員の評価は、名代である側近の腹ひとつで決まります」(前出のベテラン外資系金融マン) ならば最初から側近を籠絡した方がいい。
(5)趣味でもいいからアピールできる分野を持て
 必須条件の英語ができない社員はどうするか。「ひとつの分野でエキスパートになることです。それと山登りなどの趣味でもいいから、これは人に負けないというジャンルを持てば、ボス次第で浮かぶ瀬はあります」(日産自動車管理職)
 外国人ボスがいつ来てもいいように準備は早めにしておくべし!
【2008年5月13日掲載】
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外資の会社と付き合うと、社内の横の連携があまりにも日本の会社に比べて悪いことを感じます。とかく日本の官庁は立て社会といいますが、それと変わらない。(但しアメリカの官庁はアメリカの会社と社会構成がかわらなそうだ。)特に(1)から(5)までを見るとはっきり言ってダメ経営者と日本では扱われるタイプでして、日本人が持っているイメージから合理的な雇用契約なのかというとこれが大違いのようです。
懇意にしていたあるアメリカの会社(多国籍企業)の日本支社長は日本での雇用を契約にしていた敏腕の営業技術専門家であったが、喫煙をしていることを理由に突如解雇されて、私たちは会社の業務は止まるわ引継ぎもクソもないわ、後任の経理担当の人が、技術営業の何たるかを理解していないわ。
その後1年ぐらいしてこの元支社長は、九州の会社で提案営業の業務についていることが判ったが、さすがにまいったようでしてね。このベースで本当に日本の商売をするつもりなのかとぼやくこと。まあ喫煙にたいする感覚の違いはあるでしょうが、その後も雇用する人の流動性が高いの、そして情報継承の概念が薄いことには困ったものでした。ですが世界的にはこの商売でそれなりの市場を持ってるんですよね。
趣味でもいいからアピールできる分野を持て」というのはある意味喜ぶ人が居るでしょう。おやあと言う事もあるかもしれない。けど趣味の行動を会社のなかに持ち込むとか、休日にゴルフを正当化する行為に近いものと考えると、ちょっと憂慮するというか、こんなはずではなかったということを思う人もいるかもしれないです。だからといって会社を辞めるのに憂慮がいらないということもあるんでしょうな。
私は、色々問題があるけれども、外資系に向かないガラスの神経の持ち主かもしれません。え、カラスの神経だって・・・ううむ。

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コメント

>(とはいえ、最近の商業化研究の論文は注意しなければならない)
えー、「商業化研究」で喰ってるTXです。
企業活動として論文を書く以上、自分たちの事業に都合のいいように論文を書くのは極めて当然であり、責めるのは酷だと思います。
ただ、その一見都合のいいことだけ書いてある論文でも「よく読むと」都合の悪いことも書いてあり、「論理的に突き詰めて読めば」客観性があるようにも思える、というところが肝だと考えて日々腐心しています。そういうふうに書かないと企業としても個人としても信用を失う恐れすらありますからね。

投稿: TX650 | 2008年8月 2日 (土曜日) 23時56分

>企業活動として論文を書く以上、自分たちの事業に都合のいいように論文を書くのは極めて当然であり、責めるのは酷だと思います。
研究発表論文は大概有る程度バランスをとって利害得失を書くというのが望まれる姿勢ですね。但し、時々あるのは「営業目的で論文を書きました」と事後で言われることがあります。勿論それを判断するには共同研究者やスポンサーが論文に書いてあるからそこから考えるしかないと思います。
この場合論文執筆者に責務を与えるべきとは私も思いません。読む側でそのようなブレがあるということを意識することが、引用などに関して大切なことと考えています。
あと、大方の研究者はそれでも良識的な範囲の推測に至っていますが、この数年いままででは考えられないほどスポンサーサイドの視点に至った論文がたまに出ていますね。丁度これは国立大学が法人化された時期に一致するんです。研究費と引き換えにかなりの圧力を掛けるところがあるのかもしれません。
>そういうふうに書かないと企業としても個人としても信用を失う恐れすらありますからね。
という節度があれば問題ないですが、最近逸脱したのが混ざることがあるんです。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月 3日 (日曜日) 01時25分

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