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トンデモ科学はけしからん(3/3)

(承前)
さて、最近、技術者倫理を含めた職業倫理が、企業倫理の中にある概念と言う定義で良く議論されます。(但し、元来私は技術者倫理と企業倫理は並立概念だと考えていますが、日本では内包されるという見方がわかりやすいようです。)職業倫理も企業倫理も、広義では応用倫理学の分類に入るのですが、この応用倫理学は確立した理論はいわゆる「流行」の中にあるものと言えばいいでしょう。そのときの場面ごとに変節します。「以前の経過と変節することは常時あること」と割り切って判断するしかないのです。
さて、判断をする行為の過程は憂きものつらいものですが、論理的にストーリーを決めてしまう書式をある程度決めてしまうことで、その立脚するを倫理的に説明することを容易にする技法があります。
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その一つとして、技術者倫理を含めた職業倫理全般に使う手法として、セブン・ステップ・ガイドが提唱(1999年)されています。

ステップ1:問題を述べよ。 
ステップ2:事実関係を調べよ。 
ステップ3:関連事項を確定せよ。(誰が、どんな法律が、どんな制約が関わるか 等)
ステップ4:思いつく限りの対策案を出してみよ。
ステップ5:それらの案について、以下のことを考えよ。
  a)その案は、他の案より害が少ないか?
  b)その案は、新聞等で公にできるか?
  c)その案は、議会の調査委員会などの前で擁護できるか?
  d)その案は、自分が他の人からされることを望むか?
  e)その案は、同僚が聞いたなら、何と言うか?
  f)その案は、自分が所属する専門団体の倫理委員会が知ったら何と言うか?
  g)その案は、自分が所属する企業の倫理委員会が知ったら何と言うか?
ステップ6:ステップ1~5に基づいて選択せよ。 
ステップ7:ステップ1~6を再検討し、今回の事態を避けるための予防策がないか考えよ。

これは実用上、その所属団体の総意を得た前提で、適用することになります(独りよがりになりがちなので)。しかしこれで判断したとて、かなりの内容が、担当者の持つ倫理感ごとに変わるものです。あくまで雛形として試行方法を提案しているのです。ところが、それがいつのまにか絶対真理になってしまう傾向はやはりこの場合でも陥り易く、全ての検討事項がこの解釈で成り立っているという教条主義で語ろうとする人がでてくるのです。また、時代に対する認識という「流行」的視点をとるだけでで求める答えが簡単に変わるということを理解できないということが多い。そうです。不易流行などと言う言葉がありますが、不易なものだと錯覚する人が多く、単なる流行の中の一切片だということを説明すると頭を抱える人が結構多いです。不易は「不易糊」ではないですが、変わらないし腐らないことです。流行は変わっていくこと。そして、「不易流行」の本質は新しみにあり、その新しみを求めて変化を重ねていく「流行」性こそ「不易」の本質であるという意味ですからねえ・・・・やっぱりわかりにくい概念なのでしょうか。
理系的志向が唯一無比と信じ込んでいる人は技術者には結構います。このような人は「具体的結果を出すことを志向」しないとその過程全体を全否定することになりがちです。流行する事象と言うのがその人の志向・知識の基本にあわないし、その「真実」に意味を認めないことも多いです。この結果、強烈な「安全・安心・安定の社会」志向の中ではいかなるステップをとって答えを出しても、目前の現象を取り込まないことを是とすることが、頭の中で正当化される場面が続出するのですな。
(そういう意味で、よく裁判の判決が出たとき「勝訴」という書き物をもって裁判所をでてくる姿をニュースで見ますね。この時「敗訴」と書かず「不当判決」と書くのも、割りに見かける風景です。私は、この不当判決と言う書き物を掲げる行為が、事実の絶対視をせず感情をないまぜにするということを示しているのに対し、疑問をもつひとがいないのがちょっと不思議です。理系自体でなく、私たちの社会は論理的解決能力を得ることがもう無理かと思うこともあります。)
となると、個人の意思、倫理概念を示すことが技術者倫理ではないといっても、そのシステムや成り立ちを理解できないで、ただお題目のようにものを語るしかない思考形態の入れ子構造を解く事が出来つらい状況が、「安全・安心・安定の社会」の本質にあると考えるのです。
安全・安心の社会」を各種職業倫理・ひいては応用倫理だけで解決することを求める風潮が強いのですが、その本質や論理構成・そして結論の出し方の本質を理解しないで題目だけで評価する現実、さらにその論理構成自体を理解することの難しさを考えると、課題山積で余裕の無い技術者にどのように技術者倫理概念を取り込んでもらうといいか、悩んでしまうんです。
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ここで、こんな例を出してみよう。
報道番組のワイドショー化傾向は、日本以外でも起こる。そこで、「大衆者は自らの主張・思想に沿った番組を視聴する傾向」を提案した人がいる。アメリカ同時多発テロ事件後、「愛国主義」を大きく謳った米の「FOX News Channel」は視聴率で互角だったCNNを大きく引き離し、FOXだけが新たな視聴者を獲得し続けた。テロ事件を機に愛国心が高まったアメリカ国民が増え、その視聴者の多くがFOXを見始めた。ニューヨーク・タイムズはこの動きを「FOX効果」と評している。ここに感情のゆれはあるが、冷静な判断、論理的判断ということになるとは限らないことの一端が見える気がする。
よく、科学者が「論理的推論、科学的視点」で見ればトンデモ科学なんて無視できると言う議論をする。そんな議論ををすること自体に、冷静な議論だけで全てを語ろうとする幻想だけが世の中を動かせないことと、論理的にちょっとでも複雑化すると、「バカわかりのいい」解釈にどのクラスの人もなだれ込むことだけは覚悟しておいたほうがよかろう。
他にもこんな例を出してみよう。後年いろんな論議を呼んだ日露戦争開戦時の七博士意見書事件のことを、「ものが判らぬ学者が」とか「なまじ学のあるバカ程恐ろしいものはない」とか、言う人は多い。ジャーナリストも同様であるが、学者が基本的情報を与えられずに外交方針を論じることは危険だし、「はねかえりの学者ばかりが」という議論もある。ところが、単純に法学者としてみるとこの学者さんたちは、その後も孫文を支援するとか、また学問の独自性を保つ知識人として正統派の行動原理・実績があるんですよね。(但し、戸水寛人氏だけは、その後大学講師を兼務しながら国会議員になり、同時に起業家(虚業家だと評する文献もあり)というおよそ学者とは違う道を選んだ。引用論文は池上電気鉄道の企業再生も論じているが、よくにたことはこのところの日本でも有ったような・・・)論理的に破綻していない段階でも今になればあれれということが多いんです。要するにインテリといわれる人でも、そうでない人でも論理的組み立て方の有無は本当は余り大きく変わらないと私は思っている。差があるとすれば当人の経験とその咀嚼度合いの違いであろう。
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<演習>
では、この理論の是非判断の論理構築結果をどう第三者に訴求できるかトライしてみたらどうでしょうか。
(1)健康と言うのは単純に生きることが目的なのか、生き生きとやりたいことをすることがと言うところで比較してみよう。
(2)市の当局者の立場になってセブンステップガイドを使ってみよう
(3)教条主義的に「日焼けは罪悪」という人に対して真っ向から否定する論旨を作ってみよう。
(4)どのような議論が世の中にあるのかが不明である。追加調査をしてみよう。
(5)何でも度が過ぎればという側面があるが、その判断指標がないということならば、どうやって指標を作るのかを考えてみよう。

小麦色競う「日焼け大会」 健康に有害なのか「騒動」 2008年7月31日(木)11時23分配信 J-CASTニュース
夏も本番に突入し、全国で日差しの強い日が続くが、「日焼け」をめぐって、思わぬ騒動が持ち上がっている。愛知県の海水浴場で毎年恒例になっている「日焼け大会」に対して、地元住民から「健康に有害」との苦情が出ている、と報じられたのだ。主催者側は「苦情なんて、これまでに来たことはない」と困惑気味だ。
「中止するつもりはありません」
記事が掲載されたのは、2008年7月28日の朝日新聞(愛知県版)。それによると、毎年、中部国際空港があることで有名な愛知県常滑市の「大野海水浴場」で行われている「日焼け大会」をめぐって、地域住民から、常滑市に対して「紫外線の浴びすぎは、健康に有害」との苦情が寄せられたというのだ。
この「日焼け大会」を主催する常滑市観光協会大野支部によると、大会当日に海水浴に来ていた家族連れに参加を呼びかけ、参加した小学生の中から肌が日焼けした子どもを選び、1~3位には表彰状と盾を贈っている。08年は、8月10日の開催予定だ。
前出の朝日新聞の記事(注:下記)は
「市民の健康を守る立場にある行政は、日焼け大会をやめさせるべきだ」
との専門家のコメントで締めくくられており、大会の実施に批判的な論調だが、主催者側は、「中止するつもりはありません」と反発。「そもそも、批判なんて聞いたことがない」と、困惑気味だ。
「批判があるなんてことは、記事を見て初めて知りました。これまで一度も、苦情なんて来たことはありません。そもそも、地元の人は、あんまり海水浴をしないので、『地元から批判の声』ということ自体、考えにくいのでは…」
世界保健機関は18歳以下の日焼けサロン禁止を勧告
そうは言っても、「小麦色の肌が健康的」というのは、もはや過去の話だ。かつては、母子健康手帳に「日光浴」を勧める記述があったが、98年からは「外気浴」という表現に改められたほか、02年に世界保健機関(WHO)が発行したガイドブックでも、
「日焼けは、体が紫外線による被害を防ごうとする防衛反応だが、その効果は小さい。『注意信号』として考えるべき」
と、「日焼けは健康的」との見方を否定。また、03年のWHOの報告では、18歳以下が紫外線を浴びるとリスクが高いとして、日焼けサロンの利用を禁止することを勧告している。
もっとも、今回の「日焼け大会」の開催にあたっては、「特に紫外線対策はしていない」とのことで、
「別に色が黒くなくても参加できますし、実際、色白の人も沢山参加なさいます。ちょっとした遊び感覚でやっているつもりです」
と説明する。「気軽に参加してほしい」というのが真意のようだが、今後、健康面の影響を指摘する声もあがりそうだ。

日焼け大会「体に有害」2008年07月28日 asahi.com(愛知)
●中止求める声
 「小麦色の肌が健康的というのは過去の時代。子どもたちを真っ黒になるまで日焼けさせるのはやめて」――。常滑市大野町1丁目の大野海水浴場=常滑市大野町1丁目で毎年恒例になっている「日焼け大会」について、地元住民から「紫外線の浴びすぎは、健康に有害だ」と、中止を求める声が上がっている。
 日焼け大会は毎年、同市観光協会大野支部(支部長=I市議)が主催している。夏休みを海で楽しむ小学生の中から、肌がこんがり日焼けした子どもを選び、1~3位には表彰状と盾を贈っている。
 今年の日焼け大会は、8月10日午後1時から開催予定。観光協会の観光パンフレット「とこなめの海」にも掲載している。
 住民から日焼け大会の中止を求められた市商工観光課では、「すでに市の広報紙で告知してしまったので、いまさら中止は難しい。紫外線の問題について指摘があったことは、主催者の観光協会にも伝えたい」としている。
 一方、観光協会のI支部長は「毎年、親子に喜んでもらっていた行事で、これまで苦情はなかった。日焼け大会を来年以降も続けるかどうかは、次の役員会で話し合い、検討したい」と話す。
 神戸大のI名誉教授(皮膚科学)によると、日焼けした子どもの肌が健康的というのは誤った認識だという。長時間、紫外線を浴びたことで真っ黒になった日焼けは、皮膚の老化を招き、皮膚がんの原因になると指摘する。
 「日焼けの健康リスクは、世界保健機関(WHO)も警鐘を鳴らしており、不勉強としか言いようがない。市民の健康を守る立場にある行政は、日焼け大会をやめさせるべきだ」と話している。

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コメント

トンデモ科学3部作を面白く読ませていただきました。さて、トンデモ科学の代表といえば、まずマイナスイオンが浮かぶという方は少なくないでしょう。松下電器産業はそのマイナスイオンを‘進化’させた「ナノイー」事業の本格展開をこのほど大々的にアピールしました。
http://kaden.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/08/20/2764.html
http://sankei.jp.msn.com/economy/business/080820/biz0808201937009-n1.htm
http://osaka.yomiuri.co.jp/eco_news/20080821ke01.htm
「天下の松下がマイナスイオンとはけしからん」と非難する声も出ていますが、この事例は技術者倫理に照らすと、どんな位置づけになりましょうか?

投稿: SSFS | 2008年8月27日 (水曜日) 02時46分

えー、長くなりそうなので、改めて2・3日中にエントリーで論じてみようと思います。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月27日 (水曜日) 03時43分

仔細かつ有用な検討をありがとうございました。これまでこの分野に関心を持つ人は「マイナスイオン=トンデモ」という短絡発想から一歩も前に進めていませんでした。企業行動・技術者倫理を客観的に分析したケースは初めてです。当該エントリはコメント・トラバ不可となっていますが、これは無用な介入を避けるために有益かと思います。とはいえ、いくつかの注釈はつけたいのですが、議論を深めることはお望みですか?

投稿: SSFS | 2008年8月29日 (金曜日) 03時16分

ありがとうございます。
この議論はいまだ完璧なところではないと思います。さらに、この考えは技術者倫理の側面での議論ですが、企業倫理の見かただと形相が変わります。多分その推論から見るとコメント合戦になることは免れません。コメント停止をしたのはそのためです。
又、この議論は例えば企業の行動を査定する行為(消費者からの訴訟)などの直接的議論に展開すると、本質ではありません。
>「マイナスイオン=トンデモ」という短絡発想
マイナスイオンの場合は推論が出来ますが、別の製品群を考えるとかなり形相が変わってきます。この議論は個々事象を精緻に推論することが目的ではなく、解析手法の探索事例の具体提案に目的があります。したがって技術者に直接的取材をしていない項目ですし、セブンステップガイドが唯一無二のツールということでもなし、推論の上に推論を重ねる議論になりがちになるのは問題です。
まず試みにこのようなことを提案したというところを評価いただければ幸甚です。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月29日 (金曜日) 05時41分

ご趣旨よく分かりました。深入りはしないほうが賢明でしょう。ただし、大メーカーによる境界事例というのはこれが初めてではなく、2000年のシャープによるプラズマクラスターイオンの実施例が嚆矢だったと記憶しています。大学などの権威を借りて商品の機能をアピールする「アカデミック・マーケティング」の正当性はそれほど問われませんでした。これも技術者倫理の観点からはどうだったんでしょうね、という疑問はあります。シャープはつい最近でもこの手法を用いた発表をしています。
http://www.sharp.co.jp/corporate/news/080827-a.html

投稿: SSFS | 2008年8月30日 (土曜日) 02時59分

>「アカデミック・マーケティング」
大企業に限ってしまうことは賢明とはいえません。さらに企業倫理という別の視点もある。
事例調査を相当深く検討する必要があり、また頭から是か非かを一度払拭しなければ、有意性の有る検討になりません。一筋縄ではいきませんが、演習として同じ方法でトライしてみてはいかがでしょうか。

投稿: デハボ1000 | 2008年8月30日 (土曜日) 05時40分

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