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安易に使いすぎる

世の中サブカルチャーと言う言葉を安易に使いすぎる気がする。
サブカルチャーという語は、日本語では文脈によって次の用法があるという。
●社会の支配的文化から逸脱した文化事象。ハイカルチャーと大衆文化の両方を横断し、言語、宗教、価値観、振る舞い、服装などを含む。(対語)メインカルチャー
●絵画や純文学、クラシック音楽などのハイカルチャーに対し、娯楽を主目的とするマイナーな趣味的文化を指す。(対語)ハイカルチャー
●漫画、アニメ、コンピュータゲーム、特撮作品、フィギュアといった文化を指す。
いずれも「既成文化に対する二次的側面」という含みがある。但し、この言葉自体すごく欺瞞的臭いがしている。
まず、社会の支配的文化というのは例えば西洋文化なのだろうか。確かにそれをベースにして世界の経済・産業・流通がなりたっているのは事実・・・だった。それが例えば石油流通で中近東の文化背景を知らずに語るわけにいかなくなったように考えると、いつまでも「さぶ」(ぉぃ)というわけでもあるまい。
絵画や純文学、クラシック音楽などのハイカルチャーに対し、娯楽を主目的とするマイナーな趣味的文化と言う定義も疑問を覚えるところである。絵画や純文学、クラシック音楽は元来娯楽を主目的として他ならないのである。例えば、浮世絵はサブカルチャーの存在であったのだが、それが絵画に取りいれられるものになって、そういう存在とはいえなくなってきた。
また「生産性のない」という定義をする人もあるが、生産性の議論は副次的である。漫画、アニメ、コンピュータゲーム、特撮作品、フィギュアが生産性の少ないものであったならそうだが、いまやこれらの創生する人的資源や生活基盤の形成は膨大である。また、若いアーティストが、自分たちの創作作品・発信文化を、商業ベースに乗っている文化と区別して、サブカルチャーと称するのも、商業活動が普及の基盤となると難しくなってる。私はサブカルチャーという概念は認めるが、現実には旧来のサブカルチャーという概念が存立し得ないと思う。そもそもカルチャーの付箋にサブだとかメインとか存在するのだろうか、取り上げられるか取りあげにくいかの違いではないか。
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さて、この商業主義のプラットホームにのった旧来のサブカルチャーの意味であるマイナーな趣味的文化の世界を示しているのに、デイリーポータルZ(http://portal.nifty.com/)がある。

例えば:ちしきの金曜日
中ラン・短ラン・ボンタン・ドカン…。学生服ショップで最近の変形学生服事情をうかがいました。 (大坪ケムタ)(2008.05.30 16:00)
地下鉄の階段の途中で正面に見える、天井の壁。のっぺり壁と名づけて鑑賞してみよう。 (大山 顕)(2008.05.30 11:00)
望遠レンズで撮ると電線のぐちゃぐちゃ感が強調され、なにやらすごい感じの写真が撮れるのだ。 (T・斎藤)(2008.05.30 11:00)
Tシャツとカットソー、たらこと明太子…紛らわしいペアクイズ形式で並べてみました。(三土たつお) (2008.05.29 16:00)
線路が次々に枝分かれしていたり電車が整然と並んでいる、車両基地だけをめぐってきました。(萩原 雅紀)(2008.05.29 11:00)
うどんのコシを出す工程である足ふみを指圧師さんにお願いして美味しいうどんを作りたい。。( 住 正徳
(住 正徳) (2008.05.29 11:00)
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実に個々の内容はたわいないのかもしれない。しかし、その内容を考えると、これだけを単立することではドキュメントであるが、個々の横断的視点を連携して考えていくとすごく独創的視点になる。
例えば
(1)

指圧師が打つうどん。(text by 住 正徳)
先日、いつものようにマッサージを受けている時、ふと思った。指圧師さんの力をもってすれば、おいしいうどんを作れるんじゃないか、と。うどんのコシを出す重要な工程である「足ふみ」。あれを指圧師さんにお願いするのだ。足で踏む代わりに指圧で。きっとシコシコとしたおいしいうどんに仕上がるはずだ。
早速、試してみた。
これからの人生にはうどんが必要だ
「私は仮に事業に失敗しても恥ずかしいと思ってはいけないと考えている。また、元の一から喜んでうどん屋でも開く」
これは松下幸之助さんのお言葉である。
「うそやと思ったら、うどんを私に作らせてみたまえ。結構、おいしいうどんを作る自信が私にはある」
僕にはうどんをおいしく作る自信がない。というか、うどんを作った事がない。だからダメだったのだ。いつでも一からやり直せる。そんな心構えがないと今後のビジネス戦争に勝ち残る事は出来ないのである。そのために、うどんが必要だ。失敗を恐れない勇気は、おいしいうどんによって支えれる。そう信じて、うどん作りに挑戦しよう。指圧師さんの力を借りて。(後略)

うどんと言えば香川大学の元農学部長のようにうどんのこしを研究するためにせん断力などの研究をされた方がいるが、こういう視点で「そう信じて、うどん作りに挑戦しよう。指圧師さんの力を借りて。」とくると、もうサブカルというよりコラボレーションの巧みさが光るものになる。
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(2)
車両基地めぐり。(萩原 雅紀)
自分はけっこう鉄道好きだと思っていますが、その中でも特に車両基地が好きだ、ということが最近わかりました。線路が次々に枝分かれしていたり、電車が整然と並んでいたり、隅の方に古くて錆びた車両が放置されていたりするのが見えると、なんだかもう、いてもたってもいられなくなります。そんなわけで、1日まるまる車両基地だけをめぐってきました。
基地探しブーム
車両基地をめぐろうと思っても、まずはどこにあるのかを知らなくてはなりません。
そこで、ネットの地図サービスを使って車両基地を探したのですが、やっぱり便利なのはグーグルマップ(@nifty地図担当の方、すみません)。
線路上をスクロールしながらずっと辿って行ったのですが、面白いのは、ある縮尺を越えると、何もなかったところにいきなり大量の線路の描写がぐわっと現れること。これが楽しくなって、基地を探すのに何時間も没頭してしまいました。
以下にいくつか実例を挙げてみたので、皆さんも一段階拡大させて(地図左上の「+」ボタンをクリック)、車両基地が出現する様子を見てみてください。(後略)

これなんかも、まず地図の面白さから入ってくるわけでしてhttp://maps.google.com/maps?hl=ja&ie=UTF-8&tab=wlなんかも面白いですよ。普通は違う視点で議論するべきと思いますが、「こういう仕様で書くとこうなる」と言う発見は面白いと思います。
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でライターさんであるが、基本的には会社員や会社経営とか、まあプロのライターさんもいるが、どちらかと言えばアルファブロガーに近い人たちである。以前有る人が日本にはアルファブロガーがいないという言い方をしていたようだが、じつは「ポータルサイト」というビジネスの形をまとい、商業主義をたくみに使うことで、暴れん坊のツールであるBLOGのスキルをベースに発信を継続するというのは巧みである。

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