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敬意を表した赤いシャツ(1/2)

日ごろお世話になってる方のBLOG(http://blog.goo.ne.jp/kunihiko_ouchi/e/e871e73801606cbd97dfefd1ab5b56bb)を見ていて目が飛びました。
下記に示すリンクについての内容です。
この引用内容に関するもので非常に面白いのは、ある技術に対する責め方という見方を開発者とユーザーとの視点差異と利益相反と言う形であります。ここまで明らかにしてると驚く、重い話です。一般的にガンダムと物つくりと言うと、IT技術やCAD・CAEに関する関与・寄与ということが多いですが、今日はその方向ではない話にします。
---------------------引用
http://robot.watch.impress.co.jp/cda/news/2008/06/16/1121.html
「地球を使いこなすセンス」が求められる工学 ~「ガンダム」の富野由悠季監督らが東京大学で講演
 6月14日、東京大学駒場キャンパスにて、「機動戦士ガンダム」などで知られるアニメーション監督・原作者の富野由悠季氏と東京大学工学部教授のディスカッション企画「テクノドリームI:工学~それは夢を実現する体系」が行なわれた。前半は富野監督と東京大学情報理工学系研究科長で工学部・機械情報工学科の下山勲教授、東京大学工学部・航空宇宙工学科の中須賀真一教授とのディスカッション、後半は東京大学卒業生で実業界で活躍している2人を交えたパネルが行なわれた。
 「テクノドリーム」とは、主に東京大学の若い学生たちに工学が持つ夢やロマンを伝えてエンカレッジしようという趣旨で企画されたシリーズ。当日は土曜日、しかも学外からも参加できたため会場は満員。大勢がディスカッションに耳を傾けた。なお内容は「東大TV」で配信され、今後も年に1回のペースで行なわれる予定だという。
司会をつとめた東京大学工学部・広報室の内田麻理香特任教員は「中学生時代に(ガンダムシリーズの映画)『逆襲のシャア』を見てスペースコロニーを作りたいと思い、工学に進んだ」という。それに対して満面の笑顔で登壇した富野監督は「最近はスペースコロニーは無理なんじゃないかと思っている」と答えた。
(中略)
-----------------------中断
どこからのアプローチということの違いではないかと思います。マーケッティングや着想ということからアプローチすると当然富野さんのアプローチが正攻法としてある。ニーズからのアプローチ、人々が技術に要求する夢や、現実とのマッチングをユーザーから見るとまさにいままで具現化できなかったユーザーが考える、あるべき像がここにあるといえましょう
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この2人の・・いや3人の先生方(内田さんも科学ライターの実績があるかたのようです)はどうも技術側からのアプローチですから、当然視点が違っているのはむベ成るかな。この2人のように現実の工学研究に関する視点を持って議論するのを仕事としているわけでありますから、この議論は当然。いや、これは結論を求めている訳ではない議論だからではありますが。

企業内において商品企画と研究開発の相克はもうあちこちにある。企業でも一部の特別研究では企画・研究・開発を一気通貫するが、これが開発のシステムとして機能しているのは、乗用車開発など限られた世界に過ぎぬ。それとて、PL(プロジェクトリーダー)の素質に依存するところが多いです。ある意味設計要件がかなり定性化されていて、これになにをアドオンするかによってという方法論が比較的見える実績もあり、経験もつんだ優秀なリーダーを育てる、製品開発経験がある人材を養成してきたからこそ、自動車は美味く回ってるところもあるという気もする。(もっとも自動車メーカーによってこのあたりのPLの裁量範囲がかなり異なるのはある。)で、この視点を双方に尊重しながらも、研究者・開発前期の指導者としてはやはり見えにくいのは事実だろうと思う。
この意味での同一現象の視点の違いは、この後でもでてくる。
----------------------再開
 富野氏は今回のディスカッションの話を聞いて、IRT研究機構のウェブサイトを見たという。IRT研究機構の目的は「少子高齢社会への対応と基盤技術の創出」だ。これに対して富野監督は「若者が減るから高齢者が死にきるまでの介護はロボットにやらせようという趣旨。僕自身がそろそろそういう年齢だから、皆さんのような若い人の世話にならず、なんとかロボットを使って死んでいくように努力する」と語った。
 富野監督に言わせれば「ロボット工学やってる奴はバカだ」。なぜかというと、いまのロボット工学が目指しているのは人間がやっていることを機械で代替できるようにするもので、それは、人間に対して性能劣化していいといっているような工学であり、主張、思想概念だとも言えるという。
 そして既にまだロボットが生活にはいってきてないのに、日本人も性能劣化しはじめているという。また、巨大ロボットアニメの演出をしていると、「あんな嫌な乗り物には乗りたくないよということが演出すればするほど分かってくる」のだそうだ。上下動が激しく、乗り物酔いどころではなくなることは自明だからだ。富野監督は「4輪車のほうがずっといい。ロボットの開発なんていうのはやめましょうよ」と語った。
 これに対しIRT研究機構長の下山教授は、少子高齢社会の現実と、ロボットの可能性について語った。労働力が不足する時代には、役に立つロボットがいろいろな現場で使われるのではないかという。いっぽうアピールという面では、工学者の表現力不足の側面は非常に大きいとも認めた。たとえばアニメのクリエイターにも先端技術が理解できるような教育も必要だとした。  
---------------------中断
これなんかは、正邪という噺でなくて信じている概念の違いと思う。
主張、思想概念が開発の方針を作るというのが市場ニーズを見た人の考えでもある。そしてその使い方の一例を具現化しているのがガンダムであるわけで、その反応をみて内容を作っていたりニーズを見出した訳であるから、富野氏の言い方は企画という立場の専門家という意味では至極当然の見かたであります。「あんな嫌な乗り物には乗りたくないよということが演出すればするほど分かってくる」というのは、ニーズを取り込んだ人でないと分からない。
研究者が多分考えてるのは、現実の産業用ロボットの考え方からの積み重ね手法。その実現のための一つの具体的マイルストーンとしての「少子高齢社会への対応と基盤技術の創出」なので、そこで基盤技術を具体設計に渡している。その手法でいうと、研究者には、「あんな嫌な乗り物には乗りたくないよ」ということが技術的に回避できるか回避できないのか・・・と言うところが今度は目的になる。これを言うと企画業務をしてる人には「要求目的のすり替え」になるのだが、研究開発に関わる人には「それが社会に寄与する一つの技術課題」という視点になる。
同じことはほかにもあって、研究者はその課題を解決するためのあらゆる問題解決に突っ込むことを意図するのですが、開発者は「まあとにかく値段もそこそこのところで、企画者の意向に合うように調整するように技術をつまんでいけばいいやん」という視点に成るわけだが、そのつまみ方に研究者との差異がどうしてもでてしまう。問題点認識が立場でどうしても相容れない。
これは、設計工学の現場では、設計のフロントロージングを奨めるプロジェクトがつっかかり、デッドロックに乗り上げる要因で、時として不満不平をみんなが持って開発体制が瓦解することになる要因として必ずある。経営者の信念・社風が技術第一主義・企画第一主義・開発成果第一主義ということで変わってくる。ですが、どこに比重を置いたとて、後年の問題になるのがとかくあること。逆に言うと、設計工学の教科書に企画部門までのコンカレント性を持たす発想がどこにも出てこないし、企画部門と製造部門のコンカレント構想が設計工学研究者にあまりにもでてこない問題になると思う。これらの志向の違い、視点の違い、製品最終ターゲットのアプローチの違いが来てしまう。
--------------------再開
 いっぽう、「若いうちに技術や考えを身に付けないと工学部へ行っても仕方ないという指摘もある」(司会の内田氏)。
中須賀教授によれば、必ずしもそうではない。中須賀教授の研究室では、小型の衛星を学生たちが手作りしている。最初は電子回路基板どころか、はんだごてを持ったこともない学生たちも、いったんやり始めると、ものの数カ月でモノづくりの技術が身に付くそうだ。つまり「素養はあるのだが機会を得てない」だけだという。もちろんそれぞれの年齢でやるべきことはあるが「経験することで工学者の基本的センスは身に付くので、大学に入ってからでも遅くはない。一度そういうフェーズを経ることで工学者のセンスを身につけられる」と語った。実際、学生たちに向き合っていると「驚きの連続」で、「いまの学生は」というありがちな認識は間違っているという。
富野氏もモノを作ることの重要性を語った。秋葉原で部品を集めてそれを組むくらいでは「組み立てている」というレベルであって、それはものづくりではないという。「もっと原理的なところでものをつくってほしい」と力説した。(後略)
-------------------中断
「素養はあるのだが機会を得てない」というのは、多分その前の学生のレベルもあると思う。
趣旨を変えましょう。
この先生はファーストガンダム(1979/4~)を良く見るとか。ほー。だからシャツがあれなのか(笑)・・・・推測に成るのだが、多分大学に入ってから、中須賀氏は機会を得る場を身に滲みて感じたのではないだろうか。原理を知らないで物を作ると、思想がない製品開発になるというのはよく言われることである。勿論原理を知って、知ることは完全には出来なくても地盤を作っておくことは必要なのだが、なかなかそうはいかない。確かに私もそうだが、ガンダムに出会ったのは大学生になってから。私はそれがどうとかはなかったのだが、好きこそものの・・・ではないが、元からある素質を励起することが大学生になっても出来るということを言いたいのだろうと思う。勿論その段階で素質がないというならば別の道もあるよということもあるかもしれない。

で、この話は機械メーカーの技術者まで入ってくると、志向の違い・視点の違い・製品最終ターゲットのアプローチの違いで3すくみの傾向を呈し始める。それは次回。
(続く)

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