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人の数だけ『真実』がある(1/2)

秋葉原殺傷事件の話を例にしますが、実は、この話は事件自体の話をしているのでは全くありません。それをインターネットで流す情報伝達手法の考え方を考えて見ます。とりあえずLivedoorNewsの形から。
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◎「親とは仲悪かった」=根源的不満か、解明へ-秋葉原殺傷の容疑者・警視庁
2008年06月14日05時13分 時事通信社
 
17人が死傷した東京・秋葉原の無差別殺傷事件で、殺人未遂の現行犯で逮捕された派遣社員某(25)が警視庁万世橋署捜査本部の調べに「親との仲は悪かった」と供述していることが14日、分かった。 同容疑者が書き込んだ携帯電話サイトの掲示板には「親に捨てられた」との記載があり、捜査本部は職場のほかに、親との確執が根源的な不満として存在した疑いがあるとみて調べている。
記事全文
あなたは、事件現場の撮影がモラルに反する事だと思いますか? - 世論調査 実施中!
「じゃあ、捕まるんでしょう」=事件後考えず?追及され- 時事通信社
こんな凶悪犯相手でも 日本の警官は銃を使えないのか - J-CASTニュース
「彼女がいない、この一点で人生崩壊」 秋葉原殺人犯の孤独と苦痛 - J-CASTニュース
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秋葉原無差別殺傷事件、雑感 - 極東ブログhttp://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2008/06/post_7ef3.html
・秋葉原通り魔殺傷事件(番外編)医師が始めるキヤノン不買運動 経済財政諮問会議の医療政策に関する答申の件 - 天漢日乗http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2008/06/post_03a4.html
・人間までカンバン方式 - 何かごにょごにょ言ってます http://d.hatena.ne.jp/boiledema/20080610
・秋葉原の事件のコメントメモ - 女子リベ 安原宏美--編集者のブログ  http://ameblo.jp/hiromiyasuhara/entry-10105277624.html
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以前の報道と比べ、インターネットニュースは速報性がメインで、内容にはとんでもないのが混ざっていたといえばそうですね。http://news.nifty.com/cs/headline/detail/kyodo-2008062401000845/1.htm 「毎日が英文サイト一部閉鎖」なんかもその現象の一つでしょう。ところが、そういうにはすぐデータが抹消されることで報道側も品質保証をしているらしく、それなりの考慮をしているようです。むしろ、NHKだから、TBSだから、NTVだから・・・というブランド主義の判断基準は徐々に通用しなくなっているともいえます。最近は新聞社のデータを二次利用して比較材料と言う使い方が増えていますし、新聞社べースで比較用サイトを運用していく動きがでているようです。
じつは、この事件のように意見を色々求めてなければ、いわゆる問題の本質から解決策を求めるといっても、その答えが見えないということにな、レビューという手法に成るわけです。レビュー論文を日常的に生み出しているに近いかもしれません。
旧来の報道は解析から正論と思うことを提示し、それに対しての再構築をすることを提示するということを報道の旨としているし、社説の意味がそこにあったのですね。ところが、社説を組み立てると手法もその新聞社のもつ概念に左右されるのだがそもそも意見の統一性を新聞社などが導くという思考自体が疑問視されているといいでしょう。最近のニュースなどは、その傾斜を強めた形を打ち出しているようです。調子が悪い時計をばらして、部品を修理して再組立(リビルド)するのに近いのですが、旧来知性の高い人が行う判断を、私たちがしなければならないが全員にそのスキルを持つことには限界もあろうから、その基礎的部分だけを作っていくビジネスモデルを作ったっといえましょうか。
おなじことは、政府の要人が言った意見、学識経験者が言っている意見がYES/Noと言う形で判断をされること自体も少なくなり、単に情報という形でしか伝わらないという現象と表裏一体といっていいでしょうね。
このサイトのようにポータルサイトという志向が強くなり、ライターの意見と言うより、ライターの問題提示に応えて活発なサイトを提案していくという姿勢も一つの考え方なのではないでしょうか。
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「書籍にすれば確実だ」という見解で以前は、WEBデータと文献データの切り分けが図られてきました。ところがその価値判断で品質保証が図られているのではないというような現実が露呈してきたといいます。書籍とてその内容評価自体に一元的評価が得られないということのようです。文献の蓄積性があるものとして書籍の位置付けがあることは問題ないようですが、WEBを元に問題提起して、それを書籍に取り込むという雛形的なものという割り振りなのですね。(書籍に関しては、引用のみならず、参考文献提示さえ、著作権者の許認可の下に必要だというガイドラインを出す通達が出たところもありますし、図書館などは辞書類の引用に関してそこまで厳密な管理をするため、全く使えない参考文献があるのです。訴訟対策という面もおおいです。最近では理論式ならともかく実験式を提案するのに使いたいからと、著作権者に引用許可を連絡した段階でNGを出した事例もあるとか聞きます。)
但し、書籍と言うもの自体が確実なものという考えが薄くなっている今、また情報の元をちゃんと吟味して取り込む今、原典からの引用第一主義で責任分担を切り分けするということがニーズとしてあり、その窓口としてポータルサイトがあり、報道のあり方がポータルサイト化するということは、「放送と通信の融合」を意図せず成り立たせたといえるのではないでしょうか。
ここでは
・秋葉原無差別殺傷事件、雑感 - 極東ブログ
・秋葉原通り魔殺傷事件(番外編)医師が始めるキヤノン不買運動 経済財政諮問会議の医療政策に関する答申の件 - 天漢日乗
・人間までカンバン方式 - 何かごにょごにょ言ってます 
・秋葉原の事件のコメントメモ - 女子リベ 安原宏美--編集者のブログ  
を挙げていましたが、内容は私自身としては偏在してるなという見方も、するものもあります。但し、どれもアングラ的要素の基データとしても、その後いろんな書き込みがブラッシュアップしていたりする内容のようで、何らかの示唆を読み手に与えています。
ひとつ例を挙げましょう。最後の「女子リベ 安原宏美--編集者のブログ」の中身は、過去のいろんな発言をまとめ、その中に判断を加え、できるだけ「ライターの意図する公平性」を維持したいという意図があります。そしてこれ自体をデータベース化させることを意図した書き方をして、その中に筆者の意図を上に砂糖を掛けるようにうっすら載せている、ある意味巧みな書き方をしていますね。その意見の題目に関しての整理という形にしているので、読む人によってはかなり面白いとも思います。

●自己顕示派(注:自己顕示性を指摘)→もうええっちゅうの・・。
 ■元最高検検事の土本武司白鴎大法科大学院長 2008.6.8 産経
 ■中央大学 藤本哲也教授(犯罪学) 日経
 ■立正大教授 小宮信夫(犯罪社会学) 2008.6.8 毎日 
 ■上智大名誉教授 福島章(犯罪心理学) 同上
 ■聖学院大の作田明客員教授(犯罪心理学) 2008.6.10 産経新聞
 ■NPO法人「ストレスカウンセリングセンター」の前川哲治理事長 

●ゲームが悪い派→ほんとに困ったものですね。(注:ただし、その要因もありうると言う表現なので、これは新聞記者の書き方がね・・と私は思いますが)
 ■精神科医 香山リカ 2008.6.9 日刊スポーツ。
●ゲームが悪い、池田小と同じ日だから派
 ■小田晋教授(犯罪精神医学) 2008.6.9 産経新聞

●酒鬼薔薇と同じ世代だから、ゆとり教育さえあったなら派 
 ■寺脇研 (注:京都造形芸術大学教授 文部省出身)スーパーモーニングにて
 ■ノンフィクション作家・朝倉喬司 ZAKZAK 2008.6.9
 
●刀狩り派
 ■町村官房長官 2008.6.9 朝日新聞
  ⇒■泉国家公安委員長 2008.6.9 朝日新聞
    ⇒■(岐阜)県関刃物産業連合会の北村正敏会長 2008.6.11 中日新聞
●治安強化でいいの?
 ■東浩紀 哲学者
  ⇒■秋葉原電気街振興会 会長 & 防犯協会副会長 2008.6.10 東京新聞
   ⇒■小倉智昭公式ブログ(注:ちょっとTVの印象からは想像付かない視点である)
●モラル低下とか関係性の希薄化でいいの?
 ■町村長官 2008.6.9 産経新聞
●とにかく厳罰派
 ■鳩山法相 2008.6.10 朝日新聞 
●派遣のせい?
 ■舛添厚生労働相 2008.6.9 産経新聞

●脳科学で解明派
 ■渡海紀三朗文部科学相 2008.6.10 時事通信
●脳内お花畑派
 ■山本一太 ブログ 「気分はいつも直滑降」から
●昔はよかった派
 ■石原慎太郎知事 毎日 2008.6.11
 ■評論家の大宅映子 ZAKZAK 2008.6.9
●ネットを監視して予知しよう派
 ■石破茂防衛相 泉信也国家公安委員長 2008.6.10 毎日新聞
  ⇒■元警察庁生活安全局長の瀬川勝久氏 同上 
   ⇒■教育カウンセラー 富田富士也 同上

●何かが透けて見えるコメント(注:ライターさんがいう意図は、あたりさわりなく責任から逃げるという表現と理解している)
 ■関東自動車工業のコメント
 ■日研総業のコメント

●最後に。このような方々いたことに、感謝してます。泣けてきました。
 ■現場で救護にあたった医師のコメント 朝日新聞(2人分まとめ)

報道されたものを淡淡と整理しているのがほとんどなんですが。但し読み手に対しては、最適提案を構築することが難しく、それをしたところで出来ないという志向に陥ることが多い以上、アングラだどうかといわれようとも一つの手法ではないかなと思います。
このライターさんの言葉です。
 テレビとかでは、相変わらず、ゲームが悪いとか、ネット社会の心の闇だとか語っておりますね。あの書き込み内容が「心の闇」ですか?ものすごくわかりやすいと思うのですが。
 ただ、今回はそういった掲示板の書き込み記録があるからでしょうが、ちょっと前の報道よりは、随分、私はマシな気がします。2年前のNEWS23の特集など「若者がキレとる→食卓が悪い」とかよりは。
 ・・・・でも、事件の内容を考えると本当に絶句してしまいます。
 ただ、これだけ「言論の自由」があるならば、そのひとつくらい、どなたか「車と車会社の非人間的扱いなんでは?」と堂々といえる人はいないものでしょうか?(後略)

実は、この締めの議論は私は同調できないところもあるのですが、これだけ「言論の自由」があるということを旨にしてるのは一つの切り口ですね。とりあえずこの人が自力で出来る能力のある提言はしてるような気もします。また、テレビにでている人でもテレビでは言えない立場、立場が複雑な場合言いたくても言えないとか、言うけれども場合によって発言を変えなければならないような場面をあぶりだしており、そのあたりの意味合いを考えなければならないなあと思うことを示唆しているようと私は読みました。
あと、以前ながらいろんな意見に対して知識層が「下々のものがいろんなことを言っているが、真実の解決策はこれだぞ」という形で「ふっ ふっ ふっ」とほくそ笑むというのがニヒルなエリート層の見かたであったのですが、すでにそのような思考形態はIT化・情報過剰時代ではもう支配できないというところも有りかもしれません。設計工学的見方でも同じような上意下達による問題解決が「日本では」出来なくなっているという指摘があります。韓国もおなじようですが、国民全体におけるIT環境が平均的普及というのもあるかもしれないと私は思っています。(米国は所得層別のITネットワークの偏在がかなり激しいということがあり、デジタルデバイドの問題点自体、下位所得層から問題提起が上がらないという分析もあるようです。)
(続く)

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