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キャッチフレーズの受け手と語り手

おはようからおやすみまで、暮らしを見つめる
1980年 - 1990年にライオン株式会社が用いたキャッチフレーズであります。
イギリス労働党の掲げたスローガンとして、「ゆりかごから墓場まで(from the cradle to the grave)」という言葉が社会保障制度の充実の意味で挙げられましたが、インプレションが似ていると私は感じます。
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言葉にライオン株式会社の扱う製品群(大体、歯磨き粉はライオンの代表的ですしね・・・)がイメージされたものとして非常に秀逸なものですね。1980年は ライオン歯磨とライオン油脂が対等合併した時期で、この時CMコピーを換えるのは必然的です。朝と就寝前が歯磨きで、昼間が洗濯石鹸から鎮痛剤までですかねえ。
そのためこのコピーを使ったころは当初TVでは、
「おはようからおやすみまで、暮らしを見つめるライオン歯磨・ライオン油脂の提供でお送りいたします」
というアナウンスで、その直後会社組織が変わってから長い間
おはようからおやすみまで、暮らしを見つめるライオンの提供でお送りいたします」
というものがありました。
ところが、嘉門達夫と言う人がおり、1990年ごろ自分の番組でのネタに
有ったら怖いものシリーズ。おはようからおやすみまで、暮らしを見つめ続けライオン
というのがあり好評を博した。(実際は投稿作品だったらしい)直後にライオン株式会社はキャッチを変えた。大体10年ごとにキャッチを変えていますから既定路線だったと思います。しかし、今は(2003年から)
「おはようからおやすみまで、くらしに夢を広げる」というように元に近くなっていまして、TVでは「おはようからおやすみまで、くらしに夢を広げるライオンの提供でお送りいたします」といっています。これなら上のような解釈は行われ得ない。そのぶんこの元のコピーが秀逸であったということですかね。
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このように、キャッチコピーは会社の看板である以上誤解されないでイメージを形作るにはいいものであるのですが、大衆に膾炙するとこのようないろんな価値観の中にさらされるわけ。それを意識する必要があります。また言いコピーほどいじくられる可能性もあるのですから、誤解をされないように考えるのもあるんですよね。
物事がセンテンス化されて語られると暴走する」と私は考えています。大衆政治化の中でセンテンスをむやみに立ち上げるのは判り易い反面、勝手に解釈をし易いところもある。ヒトラーの台詞も、金日成の言葉も、毛沢東の言葉も是非はともかくこの要因が混ざる。ほんとうはキャッチがまったく残らないような今の政治状況のほうが健全(・・とほほ・・)であるということもいえるのかもしれません。
さらに、言葉は全て欺瞞を生じる側面を持っていると考えています。読み手の意図に対し、普通はイントネーション・ジェスチャー・表情などで伝えるべきものを簡略化・記号化した抽象信号にするんだから、なにを語ってもある事項ですからね。このような非常に生活感と企業のポリシーを持ったキャッチでも・・・ではなくだからこそ読む人が悪意を持たなくても疎通を欠くことがある。思考の違いは記号化をした段階でなにがなんでも起こるものと考えたいです。
勿論技術文章でも、これはある。文章を使っていればかなりのところで共通化できるが、微細のところでの差異が問題になることが多いのは当然。いくら要件定義という技法を使ってもゼロにはなり得ない。法律の解釈にとってもそうです。そのところを考えずに文章に書けば全て伝わるという「思い込み」をしてしまうのは、抽象化という起源から考えると至極当然であろうと思います。
絵にして(又は画によるビジュアル化としても)やはり変わってしまう。いや、3Dモデルにしても画面を見て検討を行っている以上は抽象化してるのですから、やはり共通の問題がある。
設計工学的指標を考えると、最近あちこちで、3Dモデル構築による試作レスという議論がよく言われまして、フロントローディングという文言と共に殊更に強調されることが多いです。確かに類推設計・受注設計においてある程度ノウハウ蓄積できるところはそれでいいのですが、創造設計といわれるものには、これで全部まかなえると言うことに元々抽象化の限界があるといえましょう。もっと言うと、同一品再生産でない限り、製品開発は流用設計・類推設計・創造設計の分野が混在してるのが当然であって、それがどこまで分類されるかというとさて・・・である。試作しないで物を作るというのは工学技術ではごく一部である。(プラントなどのように試作と言うことがなくても、納入後の調整・評価の段階で制御手法の変更などの同様な思考はあるといえよう)形にしなければ、問題は顕在化しない。
誤解をされることを当然として書き手は文章を出さなければならないし生活しなければならない。だから逆に人に指摘することを戸惑ってもいけないのだろうとは私は思うが・・・そういう概念を持ってるかも各個人に拠るからなあ。
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さて、よく似た言葉。これとてセンテンスの暴走がおきてるようです。
イギリスの社会福祉政策のスローガン『ゆりかごから墓場まで』。原語では『from the cradle to the grave』。対語で韻を踏んでいる。1942年にイギリスのベバリッジ報告の中で使われたのが嚆矢。その趣旨は社会保障とは、全ての国民が予測される事故に対して、最低限必要とされる保障を国家が責任をもって行うものであるという内容で、イギリス労働党が、第2次世界大戦後すぐ選挙スローガンに用いた。
スウェーデンでは『胎内から天国まで』という表現、『from womb to tomb 』(直訳:子宮にいる時から墓場まで)で使われている。こちらも対語・韻という形。
社会保障制度の充実を形容する言葉で、これが日本を含めた各国の社会福祉政策の指針となった。日本の保険制度の考え方は、開始時期には違う意味も含んでいたのだが、この意味合いが戦後取り込まれ推進していき、企業資産とのタイアップでかなり長く体制を維持している。
イギリスでは「ナショナル・ヘルス・サービス(National Health Service : NHS)」というのがある。医療サービスに含まれるほぼ全てのコストが政府予算(つまり税金)で賄われ、この医療サービスは原則無料で提供され、イギリスに住み税金を納める人たちは誰でも(外国人でも)、このサービスを受ける権利がある。
安心で素晴らしいシステムと思うが、ではこれが美味く行ったのかというと、国の生産力低下がおきだしたら一発でほころびだしたと聞いています。このシステムが考案され政策が実施された頃は誰もが素晴らしいシステムであると確信していた。ところが現在のNHSは、問題山積みである。
NHSのシステムが崩壊したのにはいくつもの理由があるという。
○財源が限界にきている
○医師の絶対数はともかく、技術力のある医者や看護婦の数が絶対的に不足した
○病院経営がきちんと管理されていない
○十分でない給与と過酷な労働による医療従事者のモラルの低下
しかしながらこの政策はイギリスでは後に膨大な財政支出をもたらした。とはいえ健康に関わる社会的インフラということで維持するしかなく、累進課税制の採用に至り社会的活力を削ぐ結果となった。
今でも『ゆりかごから墓場まで』を謳ってはいるもののかなり変質をしているようだ。
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このため「小さな政府」を目指すイギリス保守党のサッチャー政権下で同方針の転換が図られた。
新自由主義という。これは政府の積極的な民間介入に反対するとともに、古典的な考えをも排し、資本主義下の自由競争秩序を重んじる立場および考え方。1970年代以降の国家の経済的困難の原因をケインズ主義に基づく国家の経済への介入と福祉国家に求め、19世紀的な自由放任主義=小さな政府に立ち戻るべきだと主張する思想。現実政治ではアメリカのレーガン(レーガノミックス)、イギリスのサッチャー(サッチャリズム)、日本の中曽根政権の政策(電話、鉄道などの民営化)にも多大な影響を与えた。また、また、日本におけるバブル後不況の克服も新自由主義的改革の成果と評価されることもある。
但し西側諸国では、労働者に対する責任転嫁は格差社会を拡大したとの批判や公共経済学の立場からも新自由主義的な政策で国民経済が回復した国は存在しないことと言われる。また、中南米などでは貧困層が主な主権者になってしまい国民経済を重視する政権が相次いで誕生し、国家資本主義に触れ戻る地域も多い。日本においても改革の結果失業率は下がったものの、地域間格差の拡大、非正規雇用の増加などの問題を生んだとして批判される。
なお日本では、小泉政権による新自由主義政策の是非は定かではないとの意見もある。長期不況は、欧米や南米のような供給不足による不況ではなく、需要不足による不況として生じたとの認識である上に各国からの政策的経済介入が需要不足に拍車をかけたという意見もあるとかいう。
イギリスは、今度は保守党の新自由主義政策によって失業率の増加と所得格差の拡大を生む結果となった。
こちらは、『from the cradle to the grave』がいい言葉であるために金言化してしまったのだろうか。
それにしても、
○財源が限界にきている
○医師の絶対数はともかく、技術力のある医者や看護婦の数が絶対的に不足した
○病院経営がきちんと管理されていない
○十分でない給与と過酷な労働による医療従事者のモラルの低下
●格差社会で患者自体のモラル低下が発生し、医療従事者のモラルを更に低下させた

となったら、おやあ・・・いつか来た道・・・
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ところで、ライフサイクルアセスメント(LCA)といい議論が環境負荷低減というところで語られているが、ここに「製品のゆりかごから墓場まで」の環境影響評価という文言が漏れなく付いてくるというのもある。
● 製品の原料調達から生産、流通、消費、リサイクル、廃棄にいたるまで、ライフサイクル全体での環境負荷を評価し、改善点を探っていくという、ライフサイクルアセスメント(LCA)の取組。製品の全生涯にわたって、どの部分で最も大きなエネルギーが消費されているかが定量的に分かる。
● LCAは、環境負荷を減らすためには何を改善すべきかの指針を与えてくれるだけでなく、製品設計の変更やプロセスの改善によるコスト削減の手段としても有用。
● 省資源、省エネルギー、環境負荷の少ない製品・製造プロセスの開発など、地球環境保全は、もはや誰にとっても避けて通れぬが、真に「環境にやさしい製品」を設計・製造するには、LCAが不可欠だということは分かっても、いざ、実際にLCAを行うとなると、何からどう始めてよいのか分からないというのが実状。
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いい言葉であるだけに、言葉が先祖がえりしてるのだろう。このような空文化(意味が摩り替わってること)があることはかんがえておかないといけないようだ。

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