« 啓蒙なのか実践なのか(1/2) | トップページ | すいている »

啓蒙なのか実践なのか(2/2)

(承前)
--------------------引用
鉄道営業法の不思議 2008/02/26 17:23原田 衛=日経ものづくり
 2月に出たばかりの本「満員電車がなくなる日」(阿部 等著,角川SSコミュニケーションズ)を読んでいる。
--------------------終了
ということで、私もこの本をよんでみることにした。あらーベンチャー起業を目指し、ベンチャーキャピタルへの投資を仰ぐトライをされてる方だということがわかってきた。しかも技術士さん・・・、同業ではないかっ。大前氏の下で指導を受けたと言うことで、企業家志向はあった人のようですね。その方面では時々名前を聞く人ではありましたが、起業されましたか。


阿部 等 昭和36年生 東京大学 工学部 都市工学科卒 同 修士課程修了 同 博士課程中退
○昭和63年4月 JR東日本入社
「東京圏運行本部 中野保線区・施設部 保線課・運輸車両部 輸送課」・「安全研究所」・「鉄道総研出向」・「長野支社 工務部 施設課」・「安全研究所」・事業創造本部・東京支社 施設部 保線課
技術士資格取得。
○平成17年4月 JR東日本 退社
○平成17年12月 (株)ライトレール(http://www.lrt.co.jp/)を設立し代表取締役社長に就任 
事業目的:交通に関するコンサルティング及び短期立上げを見込める放置自転車対策関連事業
主張
(1) DMVは、従来の鉄軌道車両と比較して車両購入費・保守費・運転士人件費を大幅低減し得る
(2) 地方鉄道やLRTにおいて、低コストに高い利便性(増発、速達性、集客施設乗入れ)を実現
(3) 小さな政府が希求される時代潮流の中、民主導による鉄道の活性化・地域貢献増大を実現

ブログランキング・にほんブログ村へ

---------------------
この本自体の事実認定については、具体案件の列挙と言うところにとどまっているのであるが、このように閉塞しているように見えがちな内容が、技術の投入や従来思考の決別で新たな可能性が出来ることを示しているともいえる。これはこの本の存在を強く示しているのではないかと思う。そこは評価していい。
もちろん、その意味で投資のどのようなさじ加減で満員電車の混雑緩和が図れるかと言う論旨は、身近で非常に判り易い話題と思う。(勿論この中には、責任をとらず語る人々を過大評価しているところなどが目に付くところもあるが。)中には、私にとって見れば、おやあという意見も有る。それをあげつらうことはするべきでないと考えるが、例えばこのような見方を提案しておきたい。

引用(P103~104)
翻って、満員電車をなくす取組みはどうだろうか。
 明治の鉄道開業と昭和の東海道新幹線という日本の鉄道史上の2大偉業と比較したら、満員電車をなくすことは大偉業とは言えまい。それぞれ下準備期間はあったにしろ、本格的取組みは2年と5年半という極めて短期間で達成されたことを思い返すなら、満員電車をなくすことに50年も掛けていてはいけない。関係者が一致団結して全力投球すれば10年くらいでなくせるはずだ。数百万の人々が、満員電車に口々遭遇しているのだ。
 東海道新幹線を実現した際には、用地買収・建設工事・車両製造に先行して、場合によっては同時に、様々な技術開発が進められた。車両・保線・土木・建築・機械・電力・信号・通信・座席予約システムと、おりとあらゆることが、前例のない取組みだったり、緻密な分析や綿密な検討を必要とした。また、時間に追われ、試作しながら量産品の設計や製造の段取りをするという状況だった。
 それと比べて、本書で提案している新たな信号システム・総2階建て車両・3線運行・地上一次方式の鉄輪式りニアに関わる技術開発は、どの程度の難度だろうか。
 設備投資した場合の効果との見合いで低コスト化の取組みは欠かせないが、根本的に実現不可能な要素はないと考えている。その技術が本当に必要で、会社の経営や社会の発展に貢献できるとなると、私も含めて技術屋というのは全力で取組むちのだ。そして、短期間で成果を出し多くの人の期待に応えたい。
 社会の理解を得て、運行方法のイノベーションを実現する資金を調達するために、どういった運賃のイノベーションを実行したらよいか。以下に述べていきたい。

明治の鉄道開業と昭和の東海道新幹線というのをピックアップすることは、決して間違いではないと思うが、東京地下鉄道や、軌道線からインターアーバンへの道を作った私鉄、(米国の鉄道に萌芽が見られるが、)具体的に結実したデパートと鉄道の統合経営などもそれなりにここに挙げていいと思う。特に民主導による鉄道の活性化という形を考えると、この引用のバランスの悪さが少し気になる。
それを外すとしても、明治の鉄道開業・昭和の東海道新幹線に対しては、基本的に素地を全くないところからのスタートであったと言える。(勿論後者は、技術蓄積は充分積み重ねたが、社会的コンセンサスは三大無用の長物とかいう揶揄があったぐらい。)社会に取り込めたと言うことと、投資が出来たということ(これとて世界銀行融資が大きかった)である。
既存インフラを改善していくことの縛りの有無では、「本書で提案している新たな信号システム・総2階建て車両・3線運行・地上一次方式の鉄輪式りニアに関わる技術開発」は、私は明治の鉄道開業と昭和の東海道新幹線より格段に難しいといえる。既存スキームをベースにする担保主義の考え方では、確実な完成度の高い製品・サービス供与が期待できるが、というところを審査する。更に欠点主義が強いところではつらいかあと思う。
更にこれをいうと、本当ならば「保安設備などの見えない品質」が市場評価に反映されるべきなのだが、市場認識として
(p130)品質の高い商品は値段が高くてもしっかり売れるものだ。

と言うこと自体が既に困難な定義であろう。「品質」に対する定義がすでにばらばらであることが、普通だからだ。著者の言うとおり、通勤には、価格が低いことを望むということと、着席を望む人がいるのは事実。但し品質を高く取ることが個性の発露となってしまうと、収支を均衡させることが難しいものが出来る。家から直接座っていけることを期待して鉄道に高価な対価を払って乗る人はいるかもしれないし、そういうニーズを固めれば経営的資源になりうる、但し鉄道以外に可能性を見出したら、(極端な例ならハイヤーとヘリコプターとの合わせ技)但し、このことでこのモデルが価値をなくすと言うことには普通はならない。
一例として昔は、料理屋さんに行って、勝手に調理物にソースをかけたなら、「調理者さんの価値基準を期待して行くのになんでソースをかける」なんていわれました。けれども、個性とか言うことが強調され、調理者の価値基準でものを進めては経営的に成り立たないということが多くなりますと、そういう料理屋さんは高級な料亭など極端に志向性の高い料理店に限って存立する形になって行くと思うのですね。品質の定義が人依存が高くなるためばらばらになる以上、それを得る対価も定義がばらばらで商売になりにくいモデルともいえる。従って過度に品質と言うところに依存することが、販売ターゲットを絞れないことになっているといえる。その反対にあたりまえ品質という言葉で品質定義がされるから、一種の下方硬直性はあるのだが、「あたりまえ」が簡単に変わるんです。
さらに経営的問題になると本当に議論・評価して欲しい「安全」「社員の安全挙動」などの評価がされなければならないのに、それを評価する品質指標が「表立って」でてこないのも問題です。当たり前品質になるのは浮遊して価値が一人歩きするが、その真実や成り立ちを理解する・してもらう、表層的でない本質をつかむ開発提言には、困難な問題もおおそうだ。
ここには交通の品質というコンセンサスが得にくいものがある。海外の交通関係者が「日本は収支係数100以下の会社がおおい」というと、インフラという視点でみる欧米の人はOh.No.と言うことだそうだから。
-----------
とはいいながら、中には運転士免許制度の改善など、面白い視点も見られ、既存権益の問題を回避する必要があるが、なかなか面白く現実身のある提案もあるし、その萌芽も一杯有る。特に阿部さんがアナリストなどの視点と抜本的に違うのは、ある技術を導入することにより得られる「」を提示しているが、「」の問題をも必ず提示しているところである。その得失比較までこの本で深くは踏み込まないのは、新書の限界を考えていると思う(そのため、専門的見方をすると大味である)が、この本のターゲット・読者を考えるとここが限界かつ中庸とも思う。多分筆者もなやんだであろう。
得失比較ベースの見方は、技術者ならではの視点を基本的に構成していると思う。これを頭の中で緻密に年から年中考えるのは確かに技術者的視点である。これこそが技術者ベースの技術コンサルが得意とする(逆に人の熱意とか、その他の人的要因を過度に重視しない)客観性のある所である。また、清貧を貫くという・・・反面儲からない・・・・立ち位置というところもあるが。
-------------------
と言うところで、阿部さんのビジネスモデルを見ると、過度に政治・経営というところに踏み込みたいという志向が強く感じられる。HPを見ると・・・
事業内容(定款に定めた事業目的)
1.交通に関する事業企画、事業立案、調査受託および事業経営コンサルタント業務
2.イベントの企画および情報提供サービス業務
3.鉄道などの交通事業者への投資及び経営指導業務
4.駐輪場事業
5.貸自転車業
6.放置自転車対策事業
7.前各号に付帯する一切の業務

ううむそっちのほうに向いているのか。
志向が政治側に向くことは一つの方向性ではあると考えるし、それを「付加価値」として目指すことは独立自営としてひとつの確固たる見識であると考える。但し私はそこにかなりベクトルをかためることに一極集中することで、一点突破モデルの脆さを見るようで、むしろ有る意味同業者として不安になるところが強くある。勿論勉強会などの主催を通じて、仲間を募る活動は活動価値も高く、成果の早期刈り取りの材料として一定の評価をしたい。この問題を別にし経営と言うところで持論を進めるとすると、カリスマ性とかいう難しいところに典拠を見出さなければ、これらの提案課題との相克があって、難しい立場になる。最後には経営と言うところに入らなければ確かにコンサルの市場に入っていくことが成り立たないというあせりは判る(・・・私にもある・・・)のだが、それを今踏み込むと多分全てに均衡しないとならない地獄におちるだろう
まずコンサルティングのプロと言うところで技術「支援」・経営「支援」という形(例えば各種コンサルの企画書・調査受託など)を取るのを深く進め、それからすこしづつ行かないと、顧客が不安になるだけ。脚部があまりにも不安に見えてしまう。あくまで技術で経営を見て、経営トップの最重要ブレーンになる・・・と言うところに特化して欲しいと思う。それからでも経営にどっぷりつかる、そしてその根源として政治的視点を強く志向するのはあせらなくても遅くはないはずだし、無理して道を踏み外すとさえ見えてしまう。勿論その道筋で講演活動をするというのは、非常に効果が大きいようで、すでに実践されているようだが。
それを、(政治と言う場面であるが)道半ばで綺麗に引いた・・転進したのが、阿部さんもご存知の大前氏ではないのか。ほとんどの人はカリスマには努力してもなれないし、よしんばなったものとて、落ちるのも早い。滅却する人材とも思えないどころか、影ながらサポートしていきたい人材でもありそうだが、板子一枚という危うさが気に掛かる。
啓蒙なのか実践なのか、貴方の持ち味はどっちだ!そこが見えないのが私にはつらい。けどそれが見えたらいきなり大化けするかもしれない

|

« 啓蒙なのか実践なのか(1/2) | トップページ | すいている »

コメント

私が住んでる地方の若者が上京をして朝のラッシュアワーに電車に乗ると、「これが毎日と考えるだけでぞっとする。首都圏には絶対に就職したくない」と言い出すものが出てきます。地方での就職となると極端に狭くなり不利になるのを知っていて、それでもあえてその選択をします。
まぁ、地方にとっては若者流出の歯止めになっているという意味で、満員電車の「功」があるともいえるかもしれません。

投稿: SUBAL | 2008年5月17日 (土曜日) 06時54分

いるでしょうね。『まちのねずみといなかのねずみ』というイソップの寓話を思い出します。確かに居場所という意味で終の棲家にするには適性と言うものがあるかもしれません。
ただ逆の考え方もありまして、毎日車通勤ってのもつらいなあ・・と思う人もいて、地方工場の転勤をことわった事例を聞きます。
自分のテリトリーを守りたいのは事実ですが、一度外に出てから戻るぐらいの無鉄砲さも若い人には必要な気もしますね。(もっとも家族の問題もあったり、生活コストが格段に違うことを考慮する事も多いですが)

投稿: デハボ1000 | 2008年5月17日 (土曜日) 10時23分

こんにちは
著者が社長を務める(株)ライトレールの者です。本を話題にして下さり、ありがとうございます。なかなか大きな提案ではありますが、大きな発想ゆえに、国や鉄道業界が満員電車の解消に本気で取組む切っ掛けを作れるのかなと思っています。たくさんの方に読んでいただき批判あるいは共感をしていただきたいと思っています。もし興味がありそうな方がいらっしゃいましたらお薦めいただき感想をお聞かせ願えればと思います。

突然の投稿失礼いたしました。

投稿: ライトレール | 2008年7月 9日 (水曜日) 11時36分

>大きな発想ゆえに、国や鉄道業界が満員電車の解消に本気で取組む切っ掛けを作れるのかなと思っています。
なるほど、論議に火をつける意図があるのですね。
現下のエネルギーに端を発した資源の奪い合いで、以前のような自家用車に優位性が失われつつある一方で公共交通への復権とはいかず、経済活動全体の衰退になることもあるようです。
国に期待すること自体に私は、限界があると思います。鉄道会社、そしてバス会社も含めても(金・地位を含めた)インセンティブを与えないとならない。その方法を考えていくのも一つでしょうね。

投稿: デハボ1000 | 2008年7月 9日 (水曜日) 12時20分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/40930494

この記事へのトラックバック一覧です: 啓蒙なのか実践なのか(2/2):

» こちらの阿部さんは一味違う〜書評:満員電車がなくなる日―鉄道イノベーションが日本を救う 阿部 等著@角川SSC新書〜 [ぶらざーてぃのblog]
 さて久々の書評です。取り上げるのは阿部 等氏の「満員電車がなくなる日―鉄道イノベーションが日本を救う」です。  実は著者の阿部氏とは面識があったりします。と言うのはこの辺のイベントに行くと結構いたりしてしかもそれなりに有名人だったりするからです。  ...... [続きを読む]

受信: 2008年5月16日 (金曜日) 05時33分

« 啓蒙なのか実践なのか(1/2) | トップページ | すいている »