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失敗をどうリカバリするか(1/3)

http://techon.nikkeibp.co.jp/Monozukuri/top12/ 2007年4月号から2008年4月まで『日経ものづくり』に掲載した巻頭インタビュー「私が考えるものづくり」などを再編集して新たなエピソードを多く盛り込んで単行本化した『経営者12人の原点 日本、ものづくりの神髄』からの抜粋です。
------------------- まってましたという本ですな。もちろん会社のトップというのは概して、観念論を述べなければならない使命があります。けど、どこかにその実を知ってる人もいるし、また、まがい物の提案を信念をもってはじくこともする。たまには毒を食らうこともする。真実を語らず去った人であるが、この人は多少わかっていて毒を食ったのではないだろうか。じつは日本において技術経営論(いわゆるMOT)の導入を最初におこなったひととして知られる。 ブログランキング・にほんブログ村へ

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真藤 恒氏(元石川島播磨重工業社長、電電公社総裁、NTT初代社長・会長)
1934年、九大工卒。船舶建造に画期的手法をとった。常識を破った形状のタンカー、オーダーメイドを廃止して、標準化した船を発売。石川島播磨重工を業界トップに押し上げた。1972年から社長、合理化を推進したが、造船不況で大規模な人員削減を実施し、責任を取り1979年社長退任、相談役。
1981年に土光敏夫経団連名誉会長(当時)に請われ、旧日本電信電話公社総裁に就任。民営化を積極的に推進し、1985年4月のNTT発足に伴い初代社長に就任。しかしリクルート事件で、非公開株1万株の譲渡を受けたことが発覚し、1988年12月にNTT会長を辞任。1989年3月にNTT法違反(収賄)容疑で元秘書ともども逮捕、東京拘置所へ収監。1990年10月東京地裁において懲役2年、執行猶予3年、追徴金2270万円の有罪判決(控訴せず確定)そして一切弁明も無く、公職や経営の一線から身を引いた。
1995年春、日経BPのインタビューで最後にメディアに登場。「民営化は万能薬ではない」とし、「大事なのは競争状態を作ることだ」、「事業の独占を放置したまま民営化すると、逆に民業圧迫になる」と語る。
 2003年1月26日に亡くなった直後の訃報記事も、過去の人扱いであった。しかし、MOT(技術経営)を考えるとき、真藤氏の経営を振り返ることは意義深い。・・と言うのだが、じつは彼の著書は悉く絶版になっている。
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まあこのように、なかなかこの方向が正しいのかはいえないのですがねえ。私なりに考えてみたい。
--------------開始-----
挑戦しないと新技術なんてできないホンダ社長 福井威夫氏(1944年生まれ。1969年4月ホンダ入社。ホンダレーシング社長、米Honda of America Manufacturing社社長、本田技術研究所取締役社長を経て、2003年ホンダ取締役社長。) 2008/04/18 10:00
普通なら会社が大きくなるにつれて管理が厳しくなる。だんだん時間や予算の管理が厳しくなって個人の自由がなくなり、いちいち上司の了解を取らなければならない。しかし、これではダメ。社員が何もできなくなってしまう。
 ホンダの研究所はそうじゃない。決していいかげんなわけではありませんが、かなりの部分が個人の裁量に任されています。かつて私も相当に自由にやらせてもらった。すべてが勝手に決められるわけではないものの、「会社にとってこれが大切なんだ」と自分で判断すれば、かなりの確率でそのテーマの研究開発ができるのです。そのときはもちろん、会社のお金を使わせてもらう。報告するのは成果が出た後。お金を使った後に、「こういうものができました」とやるわけです。それが許される会社なんです、ホンダは。むしろ、そうでなければ新しい技術なんて生まれてきません。
99%は失敗してもいい
 バカな失敗はもちろん許されませんが、研究開発の全部が成功するわけでもありません。すごい技術なんてそうは簡単に生まれないことは、みんなが分かっている。失敗して当たり前。99%の失敗の中から1%がうまくいけばいい、という感じでやってもらっています。むしろ、ホンダでは「典型的に失敗した事例」をみんなで評価する制度すらあるのです。成功事例だけじゃなく、失敗したプロジェクトもきちんと完結させる。そして1年に1回、ホンダの役員が研究所に出向くイベントに、そうした失敗事例も展示します。「こんな面白いことに挑戦したけど、大失敗でした」と。失敗を笑うわけでも責めるわけでもない。「面白いねと」みんなでワイワイ言いながら、「次は頑張れよ」と評価するのです。普通の会社なら、こういった失敗を隠しちゃうでしょう。失敗に終わったプロジェクトだって、技術者が何年もかけて一生懸命取り組んできたもの。そのため、結果だけでなく、そのプロセスを非常に重視しようと考えています。ホンダは物マネをする会社ではないですから。失敗するぐらいのチャレンジをしていかないと、新しい技術は手にできないのです。
ただし、研究開発と、クルマや二輪車などの商品開発には明確な一線があります。顧客に迷惑はかけられないから、開発した技術は徹底的に確認した上でクルマに応用する。新しい技術の開発とは違って、商品に搭載する技術での失敗は許されない。100%成功しないとダメです。この二つをうまく両立させていることが、これまでホンダが成長してきた理由でしょう。
-------------中断
基礎研究が企業の責任で行わなければならないといっても、実際はそのようなスキルを全部持っているところは世界的には多くないようです。シンクタンクスタイル(例えば日本で言うと戦前の理化学研究所がそれですな)のほうが世界的には大多数。こういうところはいかにもアメリカらしく、研究スキームと商品化スキームが別になっている。
一般に企業の開発スキームは「計画、研究、設計、試験、分析、評価及び(計画、研究、設計、試験、分析、評価)の指導」という7スキームに分けられるという。(開発というのはこれらの集合体であると解する)これの重い軽いはあるのだが、どの工学の開発でもこれらは全て入っている。ホンダの研究所と言うのは日本の一般的研究所とは少し違うところがあり、「計画、研究、設計、試験、分析、評価」を内部で分担している(他社は「計画、研究、分析、評価」と「設計、試験、評価」が分かれているのが多い)形である。そのため、基礎研究・商品計画・設計評価と言うところでの相互の干渉ほとんどないようだ。成功事例だけじゃなく、失敗したプロジェクトもきちんと完結さを通す傾向がある。この2側面を定義しているようだ。
さて福井氏の講演は何度か聞きましたが、ホンダレーシング社長時代の話をすると結構熱い人のようですね。あるいみカリスマ的魅力があるのかもしれません。
-------------再開
 ――他社と似たような技術の開発プロジェクトの提案があったらどうするのですか。
 提案するやつはまずいない。たまには「マネてくれ」と言いたいくらいです。「無理するな」ってね(笑)。ホンダには物マネを毛嫌いする企業風土があります。本田宗一郎もマネをするのが大嫌いでした。だから徹底的にやったわけです。(中略)
燃料電池車は道半ばで普及にはまだまだですが、10年前から考えると、あそこまで最終ゴールに向かってステップアップできたというのは達成感があると思います。このほか今では太陽電池あり、バイオエタノールありですからね。(後略)
-------------終了
このようなところの実践はかなりきちんとされているようです。但し、「本田宗一郎もマネをするのが大嫌いでした」という文言。事実そういう気風のある会社ではありますが、たまーに、なんでも「本田宗一郎」を引き合いに出す人も、技術系以外の人にはいますね。とかくカリスマをあがめる反動として文言に出てくる。このあたりが大所帯になるとどうしても腐心するところでしょうな。
ところで首記の『』、なかなか面白い本です。店頭でご覧になってもいいでしょう。
(続く)

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