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大食堂文化

大阪名物「くいだおれ」閉店へ、60年の大食堂文化に幕2008年4月8日(火)23時0分配信 読売新聞
 太鼓をたたく派手な衣装の看板人形で知られる大阪・道頓堀の飲食店「大阪名物くいだおれ」は8日、7月8日に閉店し、約60年の歴史に幕を下ろすことを明らかにした。
 経営する「株式会社くいだおれ」(山田昌平社長)が報道機関に送った「閉店のお知らせ」によると、建物・設備の老朽化、周辺環境の変化などを理由に挙げ、「そろそろ定年を迎え、お役目を終えたようです」としている。
 同店は、1949年、山田社長の父親で創業者の山田六郎氏が、芝居小屋などが並ぶ道頓堀の中心地で開店。和洋食の多様なメニューは、現在のファミリーレストランの先駆けともなった。
 看板人形の「くいだおれ太郎」は、道頓堀のシンボルとして人気を集め、店は大阪屈指の観光スポットになった。現在の建物は59年完成。9階建てで、1階がレストラン、2階が居酒屋、3~8階は宴会席になっている。
 創業者の「支店を出すな、家族で経営せよ、看板人形を大切にせよ」の遺言を守り経営を続けてきたが、専門レストランの急増や、付近一帯に若者向けの店が増えたことにより客層が変化。90年前後のピーク時には年間70万人が来客、経営会社は約15億円を売り上げたが、ここ数年は半減。民間信用調査会社によると、2006、07年と2年連続で当期利益は赤字となった。
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人形争奪戦「億単位のカネをはたいても元は取れる」2008年4月15日(火)10時0分配信 日刊ゲンダイ
●ラブコール続出
 7月の閉店が決まった道頓堀の大衆食堂「大阪名物くいだおれ」。経営者が看板人形「くいだおれ太郎」や店名の商標の売却を検討すると表明。創業者の出身地、兵庫・香美町や通天閣までが「譲り受けたい」と名乗りを上げ、「ほかにもいろいろなところから話をいただいている」(柿木道子会長)と、ラブコールが続出する中、驚きの試算が飛び出した。
「『くいだおれ太郎』の年間経済効果は、16億7025万円ナリ」――。算出したのは「阪神優勝の経済効果」などユニークな経済分析で知られる関西大大学院教授(理論経済学)の宮本勝浩氏だ。
 今年3月から、くいだおれのある「戎橋筋商店街」に来た観光客を調査したところ、実に6割以上が人形目当てに訪れていたという。このデータを基に分析した結果、店には約4億4645万円、商店街全体には約12億2400万円の経済波及効果があると、はじき出したのだ。
 宮本氏は「この分析結果は、あくまで少なく見積もった値。大阪ミナミの経済全体に与えている効果は計り知れません」と、こう続けた。
「『かに道楽』の巨大カニ、グリコの看板、そして、『くいだおれ太郎』はミナミの3大シンボル。太郎がなくなれば、ミナミの経済にとって大きな損失です。太郎人形は、あの場所に置いてこそ価値が生まれる。何とか存続させれば、間違いなく億単位の価値はある。それだけの大枚をはたいても、必ずモトは取れます。周辺の商店街がカネを出し合ってでも残すべきです」
 はたしてナンボで売れるのか。
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“浪速のモーツァルト”もショック隠せず くいだおれ閉店 04/09 00:00更新 産経新聞
■「くいだおれ」のCMソングを作曲した作曲家のキダ・タローさんの話
 「びっくりしました。CMの曲は自分が経営者になったつもりで『お客さんいらっしゃい』という気持ちで作りました。そのお店が閉店するというのは本当に寂しいですね。お店と一緒に自分の歌が消えてしまうということですから。お店には2度ほど行きましたが、値段も手頃な大衆料理のお店だが、料理もちゃんとしていておいしかった。おかみさんが仕切っていて、サービスの行き届いたお店だったことが印象に残ってます」
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関東の人に理解しにくいことを説明しておきましょう。
私の小さい頃には、関西には一つの店(オーナーも一緒)で、階ごとに洋食、中華、和食と別れていて、何でも選べる食堂ビルというのが何軒かありました。道頓堀にはくいだおれ、ドウトン(こちらは今は貸ビルになってるが、建築設計としては時々でてくる)というのが有名です。この食堂ビルという発想は当時としては画期的なものだったと思います。関東にはビルに食堂が沢山入っていて・・という業態は結構あるんですが、オーナーがおなじでというところは、大手の企業以外は、ちょっときかないようですね。これなら、好みが異なる家族の宴会でも各々が好きなものをたべられ好都合ということ。
この手の大手としては、
http://www.ajibil.com/あじビルというのがあります。最近は中の店舗だけが関東に進出してたりするようです。このビルは京都河原町 神戸三宮ではランドマークにまでなっとります。
他の例ですと千日前に
御園ビルと言うのがあります。http://www.universe-misono.co.jp/index.htmlここは今は、一部はバーの貸しフロアがサブカル系の店子ばかりという面白いことになっていたり、安いホテル(余り悪い話も聞かない)があったりします。では感覚を非常に濃いCM集からどうぞhttp://www.youtube.com/watch?v=2U4tkXMc4Xk
●食堂百貨の「千日堂」 というのもありましたな。(千日前の千日堂~甘党ファンの千日堂~食堂百貨の千日堂へ~行こうじゃなぁ~いぃか
さらにこれの発展系が今もある、京橋の
グランシャトーと言う総合娯楽ビルになってしまいます。これは少し違う形になってしまいますね。http://www.kyo-bashi.com/index.htmではこちらも感覚を非常に濃い脱力系「天気予報」からどうぞhttp://www.youtube.com/watch?v=578Fn6X91DQ
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もうひとつは、大阪料理というものは、こういうところにはあまり出てこないということです。イカ焼きは阪神百貨店フードコートが元祖(粉物のイカ焼きです)見たいな物ですが、そのほかにもホルモン・うどんなども特徴的だし、串カツもおいしいしというものですが、これらはほとんど食堂ビルには出てきません。むしろ大阪の料理は各地から集まった人が創った創作料理だというんですよね。
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それにしても引き際がきれいですね。聞く所によると難波の町が若者の町に変わっていることもあるのもありますし、更に家族で食事するという団体行動自体が少なくなってるし、若いひとたちがお金を消費しなくなる傾向が急に現れているようです。(自動車が売れないとかいうのも同じだとか。可処分所得が極端に減少しているとか色々言われている)そうなると、先代の遺訓で業態を広めるようではだめだというのが守られる以上、「暖簾を高く売り渡す」というのも一つの考え方かもしれません。
ホルモン・うどん・たこ焼き・土手焼き・串カツとB級グルメでしかも安いものには事欠かない地域です。競争も激しく生き残りが激しいのは事実(とはいえ関東の方向性とはちと違う)ですが、そういうところの景気はどうかというと、素材の価格上昇を転嫁すると、シビアな地域で、いきなり客が逸走するというトレンドがあるから、容易に荒利がとれないので業態拡張することが難しいという分析もあるのです。但し救いはこの地域では外食に関する依存度はかなり高いということですね。
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大阪で梅田というと盛り場でもあるのですが、食に関してなど大衆的な物は阪神百貨店、進物など高級品は阪急百貨店ということです。意外とこの二つ競争相手でなく共栄共存というところがあって、HOリテーリングに経営統合されても、お互いが相互補完することがありますが、阪急百貨店の最上階にある大食堂というのが、まさにこの食堂ビルの典型です。ここは色々逸話があります。  
ソーライス『(Wikipedia)』
「ソース・ライス」の略。ウスターソースを米飯にかけた食べ物。「ソーライ」とも呼ぶ。
1929年に開業した大阪梅田・阪急百貨店最上階の大食堂のカレーライスは、本格的なカレーが低価格(20銭)で味わえるということで人気を集め、改築工事のため2004年に大食堂が閉鎖されるまで名物メニューだった。だが、1930年に昭和恐慌が起きると、学生のあいだで、ライス(5銭)だけを注文してテーブルのソースをかけて食べて帰る客が増えた。ちまたの食堂はこれを嫌い「ライスだけの注文お断り」という貼り紙を出したりしていたが、阪急社長の小林一三は彼らを歓迎する姿勢を打ち出し、「ライスだけのお客様を歓迎します」という貼り紙を出し、さらにはライスに福神漬をつけるサービス(テーブルに調味料と一緒に備えつけて食べ放題とした)まで行った。お金のない学生たちのあいだでは、ライスにソース(ウスターソース)をかけて食べるソーライが流行した。従業員の中にはこれに疑問を持つ者も少なくなかったが、小林は「確かに彼らは今は貧乏だ。しかしやがて結婚して子どもを産む。そのときここで楽しく食事をしたことを思い出し、家族を連れてまた来てくれるだろう」と言って諭したという。こうして、「ソーライス」は阪急百貨店大食堂の堂々たる裏メニューとなり、広く知られるようになった。実際にも後の関西の財界人で、あれをよく食べた、といった証言が多く聞かれた。
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たしかにこれはうまいですね(おい)。米をいためて、ウスターソースをかけ火を止めて食べるだけでも美味いです。
また、阪急百貨店最上階の大食堂には第二次世界大戦後には、米が入手できず、援助物資の小麦粉を粒状に固めて、定価を替えずにカレーライスを出したという話も有ります。(ちょっとイメージがつかめないですが・・日本製粉のHPには・・・「オーマイ」ブランドの誕生は面白い歴史があり、戦後すぐの食糧難の時代に、お米に代わる小麦粉を使った代用米が「オーマイ」の始まり。代用米でも、我々が作るからには最高の品質と、「王様の米」というイメージでつけられたのが「オーマイ」という名前。その製品は、今で言うリゾーニというパスタリゾーニ:スープなどに入れて食べる、米粒にそっくりのパスタ)に非常に近いものだった。・・・というからそういうものなんでしょう)デパートの最上階は直営大食堂というのが昔の姿でしたが、最近では純粋な形でのものはほとんど見かけません(出店と言う形で食べるところだけが一緒と言うのは横浜高島屋8Fがそうです)
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まあ、私が親戚から聞いたのは、「トンカツ定食のとんかつ抜き」というものです。要するにキャベツとご飯だけで、キャベツにとんかつソースをかけて食べるというのも、当時の学生にはあったとかいいます。かくいう私も、朝夕「キャベツ(10円)+ソースorドレッシング(タダ)」+「大盛りご飯(60円)+ソース(0円)」というのを繰り返したり、果ては300円の筋子とご飯で半月暮らして、さいごにはビタミン不足からか口内がむくんでしまったことがあります。今は絶対出来ませんな。
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もしかしたら、昭和恐慌のような現象が、じんわり来てるのかも知れない。そのなかで「暖簾代」が高く取れる(取るかはともかくであるが、弁護士などを交え、商標管理の専門家を集めたということであるから)価値のあるものを作り出し、その声が高値安定状態を維持しながら廃業したというのは、一つの見識であろうとおもうのではあります。

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コメント

黒字のまま精算した会社で関西有名企業のひとつに、パルナス製菓がありますね。
2年ほど前、MBS放送のライヨン君がこの会社のCMのメロディーを歌っていたときに、人から教えられて知りました。
会社精算というと満身創痍を連想しますが、こういう事例もあるんですね。

投稿: Cu-Chulainn | 2008年5月 2日 (金曜日) 08時01分

>2年ほど前、MBS放送のライヨン君がこの会社のCMのメロディーを歌っていたときに、人から教えられて知りました。
MBSの件は、存じませんでしたが、パルナスはCMもピロシキも「生」で存じてます。たまにピロシキを父親が買ってきたですね。
http://www.youtube.com/watch?v=YKw4T_10sfQ
任意整理の場合はたまにあるようですが、逆にパルナスの事例が珍しいからこそ、名前がいまにのこるともいえますね。

投稿: デハボ1000 | 2008年5月 2日 (金曜日) 20時45分

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