« 白熱電球製造中止(3/3) | トップページ | アイデンティティーのあまりにもの不確かさ »

電子工作の歴史

電子工作を中学のころやっていたことがある。高校時期になって当時の諸般の都合によりあきらめざるを得なくなたが、そのころの知識は会社に入ってから意外と基礎知識として役に立っている。
電子工作の歴史と言う項目がWiki(こらち)にあるので見てみると・・・(抄)
---------------
1924年 :雑誌「無線と実験」(誠文堂新光社、1984年に「MJ無線と実験」と改題)が創刊。 雑誌「子供の科学」(誠文堂新光社)が創刊。
1925年 - 日本でラジオ放送がはじまる。
ブログランキング・にほんブログ村へ
1947年 - 雑誌「初歩のラジオ」(誠文堂新光社)、「ラジオ技術」(ラジオ技術社、現在はアイエー出版)が創刊。
1955年 - 雑誌「ラジオの製作」(電波新聞社)と雑誌「模型とラジオ」(科学教材社)が創刊される。

1960年代 - FMモノラル放送の本放送がはじまる。
1964年 - 雑誌「トランジスタ技術」(CQ出版)が創刊される。
1973年頃 BCLブームにより各社より受信機、ラジカセの発売ラッシュとなる。
       初歩のラジオ等雑誌に製作記事も多く「ラジオ少年」が多く出た。
1970年代 - FMステレオ放送の本放送がはじまる。実験放送が1963年から長い間行われていたが、1970年代に本放送が本格化。高品位な音質のステレオ放送をラジオで受信できるようになった。
1970年代 - Nゲージ鉄道模型が日本で広まりはじめる。レイアウトとよばれる、鉄道風景のジオラマの製作や車両運行のためのエレクトロニクス工作が行われはじめた。
1970年代 - 電子楽器関連の記事の増加。ミュージックシンセサイザーや電気楽器用のエフェクターなどの製作を扱う記事が、電子工作系の雑誌のみならず音楽雑誌などでも掲載されるようになる。
1970年代後半 - マイコン雑誌が現れる。 - 1976年に月刊「I/O」、1977年に「月刊アスキー」と「月刊マイコン」、1978年に月刊「RAM」が創刊。
1976年 -学研の電子ブロックが発売される。(2002年に復刻版発売。)
1980年代 - パソコンの黎明時代。初期のパソコンはプログラムを作ることが中心だった。
1984年 - 雑誌「模型とラジオ」休刊。
1990年代 - ロボコンの開始に伴うロボット工作の一般化
1992年 - 雑誌「初歩のラジオハムガイド」(前年に「初歩のラジオ」より改題)休刊。
1996年 - 雑誌「エレクトロニクスライフ」が「パソコンライフ」に改題するが、翌年に休刊する。
1998年 - 雑誌 「ロボコンマガジン」 が創刊
1999年 - 雑誌「ラジオの製作」が休刊する。
2000年代 - 二足歩行ロボット工作の一般化。既存の旋盤、フライス盤などにサーボモーターと制御基板を追加してCNC化する試み流行。
----------------
鉄道模型の見かたでは「模型とラジオ」と言う本があったが、そこはおいておこう。
「初歩のラジオ」は中学時代によく読んだものである。フリップフロップ回路なんかを見つけてゲルマニウムトランジスタ(うう・・いまや幻+貴重品である 2SC373というのだけかすかに記憶あり)を組み立てた記憶がある。廃刊になってたのね。
このなかで図書館に良くあり、子供の科学的好奇心を誘発するものとしては、雑誌「子供の科学」(誠文堂新光社)がやっぱりいいんです。(こちら)確かスイッチングICを買って来て、IC用基板(当時はこれとて東京から取り寄せたものである)でアンプを作ったとか、いまや片鱗も無いがそういうことを熱心にしていた
「初歩のラジオ」「ラジオの製作」が休刊になったことは聞いていた。それまでの基板設計の工作が段々と子供達になじめなくなってきたわけである。ある程度固まった基板の上でシーケンスを組んでいくアナログ的手法では、試作(というか、手仕事のような基板作成)にはなじめないということなのであろう。ところが、現実の製品開発、特にパワーエレクトロニクスの品質保証ということになると、アートワークという一種の配置設計自体が信頼性とかに影響を与えることもあるのですよね。
で意外といえるかもしれないが、回路設計の技術者がその設計事例を探すのに重宝するのは、「CQ出版のトランジスタ技術」という雑誌である。トランジスタ技術SPECIAL等のように特化した用途も出ているようだ。確かに現場で設計にいそしむ回路設計者においてこれらは宝の山であるし、また大学の教科書とは違った、問題点をあぶりだしてくれる良書である。人によっては、これらの本を10年蓄積すると類書がないとまでいう人も居る。
というように、以前のように電子機器や素子依存の技術であった電子工作がある一方で、マイコンのプログラムというところがウエイトを占めるようになった。ただその電子素子がなくなるということは絶対になく、また素子自体の革新事例はぼちぼちあって、意外とその革新であらたな開発品が市場に出て行く。電子機器ということに絞ったとしても、プログラム技術+デバイス技術+実装技術が縄なえる麻の如くが相互に絡み合って世の中に展開していくということではないかと考える。意外とこのような視点が乏しいことで、技術習得と言うものの定義にこまる場合ってあるんですよ。
このように、ハイブリッドに結合したものとして、私たちは、
2000年代 - 二足歩行ロボット工作の一般化。
2000年代 - 既存の旋盤、フライス盤などにサーボモーターと制御基板を追加してCNC化する試み。

が一つの事例です。そうなんですよ。

|

« 白熱電球製造中止(3/3) | トップページ | アイデンティティーのあまりにもの不確かさ »

コメント

こんにちは。
>雑誌「子供の科学」(誠文堂新光社)が創刊。
ひょんなことからお付き合いがはじまり編集者の方とも仲良くさせていただいております。「子供の科学」の特集記事も構想中です。

投稿: KADOTA | 2008年4月10日 (木曜日) 19時09分

>1924年:雑誌「子供の科学」(誠文堂新光社)が創刊。
古くからある本なんですね。逆に言うと、科学を(目的は換わってるでしょうが)極めたいニーズはずっとあるんでしょうね。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月10日 (木曜日) 21時08分

今日読んだ中央公論に書いてありましたが、日本の科学雑誌はアメリカに比べて10分の1ほどだそうです。過去20年で消え去った科学雑誌は、「サイアス(旧科学朝日)」「Quark」「SINRA」「OMNI」「SKY WATCHER」など。なかなか定着していません。これに伴って、サイエンスライターという職業も成立しなくなっているので、某大学でサイエンスライターの人材育成を行っているようです。どうなんでしょうか。

投稿: KADOTA | 2008年4月10日 (木曜日) 22時10分

>日本の科学雑誌はアメリカに比べて10分の1ほどだそうです。
かなり幅広い定義の科学雑誌だと確かに分からなくもないですね。(そのうち一部は学会誌が担ってるところもあると思いますが)
一般大衆向けの科学雑誌のニーズがアメリカでそこまで高いということは存じませんでしたね。(実売はどれぐらいなんでしょう・・・)

投稿: デハボ1000 | 2008年4月11日 (金曜日) 00時40分

アートユニットの「明和電機」が歌う「エーデルワイス」の歌詞に「トラ技」が出ています。
Youtubeなんかで見ていても、アメリカやドイツの子供達がポテトガンやDVDの読み取りレーザー改造のレーザー銃やレールキャノン砲でわるさしたり、手製のジェットエンジンを使って車を走らせたり・・・専門の科学実験チャンネルまであったり・・・学校レベルというより趣味レベルで楽しく(若干というかかなり危険・・)遊びながらマッドサイエンティスト(笑)にまっしぐらな感じがなんとも羨ましいと思います。
半田・・・2.3回しか作ったことナインですよね・・練習しないと。

投稿: Cu-Chulainn | 2008年4月12日 (土曜日) 01時17分

>「明和電機」が歌う「エーデルワイス」の歌詞に「トラ技」が出ています。
なるほど、ある意味ありうる世界ですね。良否はともかく、「触れる環境」というのがなくなってる気もしますね。刃物を触らせないのと同様に半田コテとてさえ触らせない事が多くなっていますね。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月12日 (土曜日) 11時07分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/100146/17812756

この記事へのトラックバック一覧です: 電子工作の歴史:

« 白熱電球製造中止(3/3) | トップページ | アイデンティティーのあまりにもの不確かさ »