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バーチャルピアノの裏に

バーチャルピアノ:レーザー光線で鍵盤を紙などに映し出し、その鍵盤を指で押さえると音が出るバーチャルピアノ。指を鍵盤に乗せると、赤外線が音階を感知し、その鍵盤の音が装置に内蔵されたスピーカーから流れる。和音は出せ、音の強弱も技術的には可能という。
(デジタル情報開発: 15000円)
お金のない家庭で鍵盤楽器を練習するために、紙で印刷した鍵盤で練習するというのが大昔にはあった(私もそういう時期があった)のですが、その後ピアニカもあるし、そういうのはなくなった気もします。オルガンでピアノの練習をするのは鍵盤の叩き方が違うのでダメですよといわれてました。というわけで今でもオルガンやパイプオルガンと比べピアノは微妙にキーの落とし方が違います。まだ、エレクトーンがやっと世の中に出だしたころ、ローランドの初期のシンセサイザー(全てアナログで入力し、可変抵抗器つまみがずらりと並んでいたすごいやつ)をなぜか学校が持っていまして、ちょくちょく触らせてもらった事があります。それを考えるともうすごい飛躍です。
楽曲演奏・作成というのではなくてリハビリ活用と成ると、鍵盤を叩く体力のない人にはいいようですね。指先を使う行動は頭の回路を活性化するとかいいますし。
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というのはともかく、この会社は山形県山形市のベンチャー企業だそうです。社員6名ぐらいという記載も見えます。H16に創業し、今は著作権管理とかCD編集や、放送局へのコンテンツ制作とか色々なことをされてます。ベンチャー創業と言うのは結構大変です。私もこのようなお仕事をしてるとベンチャービジネスに対する技術の橋渡しをすることが多いですが、この人は、信念で走っている人と感じます。(最近は山形県にこのようなデザイン系の事務所を設ける例は多いですね。仙台の大学などの結合などがあるようです。いまや仙台と山形はバスが都市内交通並に頻繁運転なんです。)さあてこの会社の創業者・社長さんですが・・・・

(一部省略)
池上線」の歌詞は、実話だった。歌詞の駅は、「池上駅」。佐藤順英さん(55)。今もベンチャー企業経営の傍ら、作詞家でもある。
作詞した佐藤さんが99年の帰郷直前、20年ぶりに訪れると、「角のフルーツショップ」はなくなっていた。かつてのフルーツショップはケンタッキーフライドチキンになっていた。
71年当時、学習院大1年生だった佐藤さんは、他大学の1年生の「彼女」と交際していた。だが、佐藤さんは国連職員をめざし、その年の9月にハワイ大学へ留学。文通での交際が続いていたが、翌年(昭和47年)「私だけ待っていることに疲れた」という手紙を受け取った。あわてた佐藤さんは急きょ帰国し、説得に努めた。だが、誤解もあり、元に戻らなかった。・・・・・・・・離ればなれになる留学直前、最後のデートで家まで送った夏の日の感傷を、帰国し、あきらめざるを得ないと悟った冬の離別の情景に移し、相手の女性に仮託して言葉を紡いだ。恋愛の顛末は、思い描いていた将来像も大きく変え、高校時代からバンドを組んでいた佐藤さんは、音楽の道を歩いていくことになった。
ヒットの後の27歳のとき、食事に誘った。LPとシングル盤を渡そうとしたが、彼女は持っている、と言った。「就職したメーカーの相手と結婚すると言っていた。それが最後、今はどこでどうしているのか全然知りません」・・
さあ、これからが朝日新聞記者の本領発揮というか執拗というかである。
27歳のときの報告通り、会社の相手と結婚して、2人の子供は社会に出ているという彼女は、「ふつうすぎるほど、ふつうに暮らしています」「(曲のモデルの)話は主人も知っているんですが、ごく親しい人にしか話していません。子供には言ったかどうか・・・池上線80周年コンサートの情報を目にし、『どうしていらっしゃるかなあ』と思っていました。あの方も、ご結婚されていますよね?」・・・・・・・・
「(彼女が社内結婚すると聞いた日から)あのメーカーの製品は、ずっと今も使ってないよ」。独身を通している佐藤さんが、山形で別れ際に冗談めかしてつぶやいた言葉が、電車の中でもしばらく頭から離れなかった。
参考:2008/4/19(土)朝日新聞 be on Saturday 

そうかあ・・・国連職員をめざし・・・というところから、佐藤さんが一時期議員秘書をする経緯があるのですかね。

池上線は散々乗ってるが、池上駅は乗り降りしただけで、商店街には入ったことがない。
かつて、マニアックな東京マガジンとして有名な、交通新聞社刊散歩の達人」2006年3月号は、巻頭企画で「五反田~戸越銀座~池上~蒲田 池上線の研究」を特集。沿線のスポット情報に、「池上線」と言えば一定以上の年齢層の方は必ず思い浮かべる西島三重子さんの「池上線」について、「哀愁歌『池上線』は実話だった?!」という記事を書いている。作詞の佐藤さんが当時成城学園に、彼女が池上に住んでいた時代に、誤解から別れの危機を迎えた彼が彼女への思いをしたためたのが「池上線」だったとか。純愛の歌だったという。
ちょっと2つの記事の間に記載のブレが見られるが、そこはともかくとして、なぜ「池上線」の電車が隙間風が吹かれるイメージになるのかというと、まあ確かに頑丈な半鋼製車を固めて使っていた当時の東急の事情もあるのだが、反面の小田急線の車は1971年なら
小田急1600形電車(1942年~1970年)・・・廃車すみ
小田急1900形電車(1949年~1976年)・・・
小田急1800形電車(1946年~1981年)・・・全金に更新すみで、状態がいい
となるから、これは差異を感じるのも仕方がないかと思う。
但し心の中の隙間風だけは車両に関わるものではない。
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さて、既存の記事になるが
http://dehabo1000.cocolog-nifty.com/holder/2007/11/post_231b.html 心の中にある池上線
---------引用---------
池上線は、東京都品川区の五反田駅と大田区の蒲田駅とを結ぶ東京急行電鉄が運営する鉄道路線。
(中略)
1976年(昭和51年)に池上線を舞台にした歌『池上線』(作曲・唄:西島三重子 作詞:佐藤順英)が大ヒットし、その名が日本全国に広がった。しかし、この歌詞に池上線の車両の古さや状態の悪さを思わせる箇所があり、東急がそれらを否定するコメントを出す事態となった。
(中略)
さて、池上線・大井町線の開通80年記念イベントが地元と鉄道会社とのコラボで進められているそうです。確かにカラオケでも良く歌われる歌でもありますし、今はかくのごとく近代的鉄道となってる路線ですが、上記の事件を知っている人間としては、思わず突っ込むのはともかくいまや思い出となったんだなと思います。
(中略)
はじめまして。佐藤順英と申します。「池上線」を作詞した者です。この曲が発売されたのは、昭和50年9月でした。しかし、その舞台となった、思い出のシーンは、昭和47年冬のことなのです。実話なのです。気持ちを伝えきれなかった私は、この事がきっかけで作詞の道に入りました。昭和50年と、47年では3年のタイムラグがあります。実際、「すきま風に震えて」いたのは本当でした。そんな訳で、発売当時(シングルカットは昭和51年)東急電鉄より、キャンペーンへの協力を拒否されたのでした。それが、80周年の記念イベントで「池上線」が歌われるとは・・・ 時の流れを感じるしだいです。
投稿 佐藤順英 | 2007年12月12日 (水曜日) 20時14分
----------終了--------
いまや7000系導入となり源風景は一転した。それでも残るのがいい歌。歌と記憶は心を豊かにするもののようだ。そして、その結実の一つが結果として、バーチャルピアノということなら、それは面白いものであろう。

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コメント

こんにちは 今日のはちょいといい話ですね。
実は、私子供のころピアノ教室に通っていた時代がありました。家にピアノがないにもかかわらずです。練習はベニヤ板に鍵盤を描いたものでやりました。でもやっぱり無理ですよね。私が著名なピアニストにでもなっていれば、涙の逸話として面白いのでしょうが、ピアノだけではなく才能もないことに気づくのに年月が必要でした。
で、働き始めてちょっと余裕が出たときに当時としては大枚をはたいて、ローランドのタッチセンサーつきの電子ピアノを購入しました。今でもピアノを弾けるようになりたいですね。
結局、音の出ないピアノで挫折した少年が流浪のはてにたどり着いたのが、聞こえない音だった、というのもなんだかなと思います。
この佐藤さん、ほぼ私と同年代です。西田敏行の歌を知っている人でしょうね。
池上線もYOU TUBEで聴いて思い出しました。もうどっぷり70年代テイストです。

投稿: SUBAL | 2008年4月22日 (火曜日) 19時37分

>結局、音の出ないピアノで挫折した少年が流浪のはてにたどり着いたのが、聞こえない音だった、というのもなんだかなと思います。
運命論を殊更強くいう気はないけど、ある所で人生棚卸ししてみると、意外にくっつくことがあります。
鉄道やバイクはそれなりに好きでしたが、自分のスキルは完全に足らないので、趣味は趣味として、私は産業機械の会社に勤務し、つかず離れずの立場にいる事にしたのです。ところがしばらくして部署が変わり、その後なんだか鉄道やら自動車やらの仕事「も」兼務とはいえ関わる羽目になった。
やっぱりどこかで関わってるかも、そして天の配剤かなあと思うことは今でもあります。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月22日 (火曜日) 20時34分

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