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「バカに見える話し方」例

なんだかあ・・・・・マニュアルの怖さが少し見えます。状況判断が見えにくい人が信じる怖さはどうしましょうか。
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サラリーマンがやってはいけない「バカに見える」話し方 - 速報 ニュース:@nifty.
サラリーマンがやってはいけない「バカに見える」話し方 2008年4月13日(日)10時0分配信 日刊ゲンダイ
 何げない会話にその人の知性は表れる。やおらAVを見ようと意気込んだのに、序盤の女優インタビューでなえてしまった苦い経験があるはずだ。AV女優は許されても、サラリーマンは通用しない。コラムニストで現代言語セミナー代表の清野徹氏に「バカに見える話し方」の悪例を解説してもらった。
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●(1):延々話しているのに結論がない 「『虚偽ではないか』と言われると、非常にお答えが難しいところはございますが、『お前は虚偽を言ったのか』と言われれば、『そんなつもりは毛頭ございませんでした』ということになりますが、『それは信用ならん』と言われれば、これはどうしようもございません」▽石破茂防衛大臣(51) 2月28日

●(2):自信のなさが泣き顔に出ている
「特定財源という貴重な財源からですね、これが、あ~、法律的にはですね、え~、この~、う……」▽冬柴鉄三国交大臣(71) 3月27日

●(3):ボクという「自分探し」の旅人
「ボク、2年前に現役を引退して以来、よく言えば世界を見て回る、悪く言えば、ただ放浪の旅ですけど」▽中田英寿(31) 3月27日

●(4):急にツッコまれて思わず地が
「で、このようなイデタチで“来させてきた”のですが」▽叶美香=年齢不詳 映画「クローバーフィールド」公開イベント 3月26日

●(5):永遠の野球少年はいつも幼児言葉「いや~、もう、その前の打席がね、ケッコウ、上原クンにね、やられてましたんで、もう、開き直って、初球からおもっきり振ろうと思ってました」▽中村紀洋(34) 4月1日

●(6):語尾に「ね」を多用する日本代表
「自分がね、どれだけ結果を出してね、日本のためにプレーできるかってことはね、すごい大事」▽高原直泰(28)  1月4日


◆「短いセンテンスで、最初に結論」(「話し方のルール」の著者・高津和彦氏)
 サラリーマン社会においても、プレゼンテーションや営業先などで「バカに見せない」話し方の重みは増しています。バカに見えないようにするには、バカなことを話さないことに尽きますが、少しでも賢く見せたいのなら次の8つのポイントがあります。

 秘訣は、

(1)自分の思ったことを短いセンテンスで言い切ること

(2)最初に結論

(3)北朝鮮国営放送のおばちゃんアナのような高い声は避け、抑えた通る声で話す――。

 逆に、

(4)ダラシない服装

(5)口をしっかり開かずにゴニョゴニョ

(6)目がトロそう

(7)「しかし、でも、だけど」の否定形が多い

(8)語尾を伸ばし、半疑問形の人

――は、せっかくいい話をしても鈍そうに見えてしまいます。


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まあ、ビジネス上の振る舞いということで、こういう話自体は知っておくことがいいのでしょう。

(1)に関して言うと、「彼の言葉は言質を取らせない」ということに尽きると思う。この言葉を考えると、『虚偽』と肯定したら差しさわりが、言わなければペンが飛んでくる。『虚偽を言ったつもりは毛頭ない』とはいいたいが、それさえも聞かない相手に対して、嘲笑をしてるともいえずのを、バカを装っている気もする。このタイプでは故竹下元首相のような「言語明瞭、意味不明」ということに徹していると考える。これはプレゼンでもなんでもなくて、立場上いわなければならないだけである。参議院予算委員会での発言であるが、どこまで計算しているのかはわからないが、正直これしかいえないような答弁であるわけで、これだけ切り出して言われても気持ちが悪いと思う。むしろ、これでは相手は議論しようとすること自体できないわな。

(2)も参議院予算委員会での発言であるが、これとて前後の話が無いからよく分からないところがある。推察するに用意不足(というか想定外質問)の感じがする以上、こういう態度は分からなくもない。けど不安そうに対応すると相手に突っ込まれるよね。

(3)~(6)のようなところはこの発言をしていること自体、ビジネスとしての対応には問題があるというのは分からなくもないですが、これを言ってもなにも彼らは問題にならないからいえるわけです。例えばもし、「当方、2年前に現役を引退して以来、よく言えば世界を見て回る、悪く言えば、ただ放浪の旅をしております」と言われたら引きますよ。で、これを見てこいつはバカだと見る人はいない。(それ以外の要素ですでに相手は判断してるのですから)むしろ、ここでTPOをわきまえずにビジネス的表現をされたなら、むしろ反発を招く気がします。じつは確かにプレゼンでこのような表現は避けるべきとは思うのですが、ではプレゼンの場面でこのような話し方を絶対にしないというのは、私個人は聞いてる立場になると、非常に不安です。

展示会においてよく、プレゼンを画像でする人を見ますが、私は『あんたたちは、本当に訴えかけるだけで聞かなくていいんですか、そのような片道通行では今後お付き合いするのが不安だな』という嫌悪感さえ感じるのです。まさに上記(1)がその場面ではないかと思います。理路整然にとうとうと説得されたら、賢明だ、ついていこうなんて思うより、押し付けに見え、紛糾するでしょう。

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仕事柄、プレゼンという立場はあるわけですし、会社の中での技術説明を幹部社員にするということは結構ある場面でしたが、もしそこで、TVCMに見るようにがちがちのプレゼンをしてしまうと、想定外の質問でフリーズすることになって、撃沈することもおおかったですね。私の場合、(屁のツッパリにもなりませんが)幹部社員へのプレゼンは、わかる人をいくつか想定し、その人に会うようにフレンドリーな議論をするようにしてました。そして他の人が想定外の質問をしたり、政治的質問をしたら判る人が押さえ込むように仕向ける。(技術的可能性の議論をしてるのに、業界内の習慣や官庁対応が当社の社風に逢わないという抽象的・・中傷的議論をすることで、自分の関係分野に予算を回そうという政治的議論があるわけで)相手にあわせてプレゼンはあるものですから、客先説明にはもっと砕けたプレゼンをしていた気もします。

もちろん各々の人にはその人なりのプレゼンがあるのですよ。その人にあわない、相手に会わないプレゼンをしたら最後、イメージが悪くなるともいえましょう。私の経験では、ある官庁に積雪時に沢山の会社がプレゼンをするのに、飛行場から乗り込むそのままに背広を着ていったら、その場に来た各社の営業技術の人に対し「現場に背広で来るということは、私たちを愚弄している」といわれたことがあります。私はたまたま、作業服を持っていたので良かったのですが、当地では冬季に背広を着て来るのは、上級官僚だけなんだそうでした。その部署だけかと思ったのですが、後日、本庁にお伺いしたらここもそうで、窓口の案内職以外は全部ジャンバーだった。(・・この理由は、非常時に雪かきが出来ないとか、雪に混じる粉塵でスーツは汚くなるだけ「仕事をしない人しか使わない」とか・・・)更に、別の土地・会社・シーンでも同じことを経験しましたね。

要するとバカか利巧かをプレゼンで判断するようなクラスの人が居ても仕方がないが、そのような表面的判断で判定するような人物とは、表面的にはともかく出来るだけお付き合いしないほうがいいとさえ私は思います。その相手に合わせてプレゼンを出来ればそれでいいのです。そこで・・・私の考えを入れてみました。

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(1)自分の思ったことを短いセンテンスで言い切ること

・・センテンスだけが先走りすることで、余計な推論をされたり、否定のためのツールになることもある。短いセンテンスは必要と思いますが、最初か最後に3項目程度にまとめる程度でいいでしょうね。

(2)最初に結論

・・・これは大概はそれでいいのですが、最初の結論で会わないと成ると、それ以降は何を言っても聞いてくれなくなる単眼的・断定的顧客もいます。そんなに上手い話はないはずなのに。最初の結論は多少色々な読み方を残しておいて、最後には断定口調できっちり締めるという2段構えぐらいをするべきかもしれません。漫才・落語の落ちは普通は最後に来ますよね。

(3)北朝鮮国営放送のおばちゃんアナのような高い声は避け、抑えた通る声で話す。

たしかに、これはそうかもしれません。上ずる声は余りいい効果を与えないようです。ただ声色は当人の特性です。むしろゆっくりおちついてでしょうね。声の高低、抑揚が面白い効果を示す(ないしは否定・肯定を暗示し言質を与えない)こともある。

(4)ダラシない服装をしない。

だらしない服装はまずいでしょうな。ただし、自分の価値観を服装で示すと、その段階でつらいこともある。いいダブルの背広で客先にいったがために、怒りを買った(ないしは、断る口実にされた)というのもあるようです。華美でなくということになると、じつは意外と、清潔な作業衣というのは無難かもしれないです。

(5)口をしっかり開かずにゴニョゴニョ

これはそうですね。(私はこれは余り言われないんですが)ただし声を出さなくてもいいプレゼン手法はあります。掲示伝道という手法が仏教にありますが、これもプレゼンの一種です。

(6)目がトロそう

こんなもの、目で判断されたら、相手を捨て去ってもいいと思います。それを判断するのは強すぎる主観です。主観を外さないで話を聞いてもらっても、商売にならない。

(7)「しかし、でも、だけど」の否定形が多い

コンサルタント技術では、このYES・・・BAT という説明手法がすべての根源になるのです。勿論、センテンスの暴走を許容していくためにこれを使わない人もいますが、多用しない限りは、以前からの対比、過去トラブルの脱却から仕事が始まるわけです。この技術はある意味反論のための議論になりがちできわどいところもあるのですが、話の持って行き方を提案手法にする限りは成り立つようです。(このため、同業者の会議では、反論のための反論が跋扈するのもつらいんですがねorz。)

(8)語尾を伸ばし、半疑問形の人

これは、いらぬ感覚を与えるかもしれませんね。半疑問形はごくまれに、問題意識を出すのに使う手もありますが難しいです。

そもそも、「AVを見ようと意気込んだのに、序盤の女優インタビューでなえてしまった苦い経験があるはず。」という(確かにこれは私も(以下自粛))が、AVの用途を考えると、本質にインタビューがあるわけでないので、なえる人はそこをスキップして再生すればいいことだし、萌える(苦笑)人だっている。筆者がどのようなビジネスシーンを想定しているかというのもあるのですが、営業的ビジネスと政治的ビジネスシーンという差があるんですよね。判を押したような雛形・マニュアル提示が誤解を招く可能性もあります。もし、(1)から(7)まで徹底している人がいるなら、仕事の上ではまあお付き合いするかもしれませんが、一緒にすすんで仕事をしたいとは私は全く思いません

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私は品質を買ってもらう以上に、品格を買ってもらう以上に、パーソナリティーを買ってくれというべきと思っています。で、バカっぽいのとバカは全然違う。その段階であまねくすべての価値の最小公約数を創ること自体、矮小化の典型例、そしてそれを信じきること自体を馬鹿の典型例と思います。

最後のこの一文が結論です。(苦笑)

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コメント

中島みゆきの歌詞で「評論家やカウンセラーは(中略)わかることとそれができることは別物だよと米を買う」というのがあったのを思い出しました。
いくら話し方とか何とか「カタチ」をつくろっても知性が足りないものは足りないのですね。逆に知性が豊かな人は、相手や場面に応じていかようにも対応することができる。そういう真の知を備えている人にはかなわないと常々思います。
ところで、語彙や読みを間違って使う人って民放の女子アナみたいに(苦笑)バカっぽく見えます。これも付け焼刃のマニュアルではどうしようもないですね。

投稿: TX650 | 2008年4月16日 (水曜日) 09時31分

こんにちは。
かつて保険外交の研修で習ったことを懐かしく思い出しました(これが結論)。それは,「即時否定しない」ということでした。とりあえず相手の意見をハイハイと聞いて,「そうですね,ただ…という場合も…」という婉曲的切返しをするわけです。
このごろはめんどくさいので「ただ…」も使わないなぁ(笑)…。
などと考えながら「最後の一文」まで本日も読んでしまいました。

投稿: niwatadumi | 2008年4月16日 (水曜日) 12時21分

>いくら話し方とか何とか「カタチ」をつくろっても知性が足りないものは足りないのですね。逆に知性が豊かな人は、相手や場面に応じていかようにも対応することができる。そういう真の知を備えている人にはかなわないと常々思います。
まあその側面はあります。但し、知識と言うことに成ると、それを導入しようとしても果たせなくてという人の実に多いことか・・・といえますね。そもそも今の知識が真の保証されたものになってるかと言うのは疑問。その乖離を示してる気がします、
>語彙や読みを間違って使う人って民放の女子アナみたいに(苦笑)バカっぽく見えます。
いやいや、私なんか昔からこれで悩んでいまして、直しても更に語彙が増えてくるから追いつかないという焦りを持っています。永遠の課題みたい。
さて、ここで「民放の女子アナみたいに(苦笑)バカっぽく見えます」ということですが、今はNHKとて本質は変わらないし、男性アナウンサーでも多いですぜ。これは私、別に稿を起こしていますが、そもそも知恵・知性をKEEPするスキル維持自体、相当の体力と能力が必要で、かなりの人間がアップアップしてるのも考えられそうです。知性を持って人こそが先に立つと言う「ライフモデル」自体も成り立つかは疑問です。だから徒に天才を見出すことに腐心する国策の国もあると思っています。民主主義・全員参加の社会を考える以上「衆愚」が知性のベンチマーク。「知性の有無」以前に「知性の成り立ちを考える習慣付け」を持たせるということにシフトしていくことが本当の知性になるんではと思っています。
翻ると、このようなコンサルの指摘が表に出ることは、本来の「知性の成り立ちを考える習慣付け」を身に着けることが達成できず、腐心している「衆愚」のあえぎの一切片と見ています。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月16日 (水曜日) 20時41分

>「即時否定しない」ということでした。
そうなんですよね。話す相手には都合があり、その人なりの知性or痴性(苦笑)もある。そこからスタートしていかなくては、相手が構築する世界前提での結論にたどり着かないんですよね。
けどこれは、実に忍耐・体力、洞察力が伴います。半日コンサル業務でこれをすると、神経が参るほどの集中を必要とし憔悴します。出来れば右から左に受け渡すだけなら、楽だと思うことさえありますが、それはそもそもコンサルとしての仕事の手抜きと思っています。
品物を買う一時的お付き合いで終わることが前提なのか。継続して買う顧客になってくれることを前提にしているか(保険はこれでしょうね)その差異を考えながら、対応するというのも刹那的ではありますが、自己防衛のためにはという側面もあるでしょう。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月16日 (水曜日) 20時58分

> 知識と言うことに成ると、それを導入しようとしても果たせなくてという人の実に多いことか・・・
そこであえて、量的な概念の「知識」ではなくて質的な概念の「知性」という語を使ったのですが、言葉足らずだったでしょうか。「知性」があればたとえ「知識」が保障されたものでなくても判断して乗り切って行けるように思います。

投稿: TX650 | 2008年4月17日 (木曜日) 00時06分

>量的な概念の「知識」ではなくて質的な概念の「知性」
ええ。私は知識では確かにまずいというところ、貴殿の意見と思いを同じくします。但し私はその前段階まで遡り、質的概念の知性以前の「知性導出行為の認識」まで戻っていくべきと思っています。
なぜこう思ったのかというと、ドイツ統合時に東ドイツの高等教育を受けた旧東ドイツの知識層は共産主義という知性の根幹を喪失したのは仕方がないが、専門教育の経験・履歴を全部消される方針になり、技術者も医師まで再度大学に行くしか手がなくかなり失職したと言います。ここで再教育行動をしようとした事例では、そもそもマルクスレーニン主義をベースにした価値基準からの積み上げから彼ら知的労働者はきてるため、構築のベースが喪失されており、再教育は抜本的には困難だとか。
質的概念の知性とて、価値基準となる前提条件が崩れてしまったら結構もろいものだといえるのではないでしょうか。創出行為だけしか残らないし、唯一これが獲得されていれば強いという感じを持っています。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月17日 (木曜日) 00時53分

> 創出行為だけしか残らないし
それこそまさに「知性」の本質ではないでしょうか。いくら「知識」があっても、それを用いて何らかの価値を創出しない限り(する力を持たない限り)それは「知性」とは呼び得ないと思います。
旧東側の専門職は「知識」をそのまま「知識」として運用することしか訓練されず、それから価値を創出する経験をしてこなかった(それが共産主義体制の特徴なのかもしれません)ために、西側の求める「知性」を身につけるのが困難なのかもしれませんね。

投稿: TX650 | 2008年4月17日 (木曜日) 14時11分

>> 創出行為だけしか残らないし
>それこそまさに「知性」の本質ではないでしょうか。
どうやら「知性」の定義の差のようで、考えることのベクトルはあまり変わらないようですね。
この論議をする上で、例えば批判行為でどこかに投稿することが「価値」創造なのかというと・・・これまた難しい定義が必要になります。
ドイツの場合、『旧東側の専門職は「知識」をそのまま「知識」として運用することしか訓練されず、それから価値を創出する経験をしてこなかった』という側面は理解できますが、医師や技術者まで展開した理由が当時から疑問のタネです。同じ事を批判すると『考証主義』といわれる宗教理論・文藝考察などは知性にならない学問だとさえいえてしまう。
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かくのごとく、比較的定義がしっかりしてると思われる「知性」と言う言葉。しかしその言葉とて立脚はかなり危ういかなと思えます。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月17日 (木曜日) 17時27分

> 批判行為でどこかに投稿すること
> 『考証主義』といわれる宗教理論・文藝考察など
論理展開をすることは十分「価値の創出」でしょう。物的もしくは金銭的価値だけが価値ではないと思います。
旧東側の医師や技術者は、与えられた論理、与えられた技術運用をただ反復していただけなのではないか?というのが書きたかったことです。(これは実のところ我が国の医師や技術者などにも往々にしてありそうではありますが)

投稿: TX650 | 2008年4月17日 (木曜日) 18時25分

>旧東側の医師や技術者は、与えられた論理、与えられた技術運用をただ反復していただけなのではないか?というのが書きたかったことです。
医師に関しては、判断材料を確実には持たないのですが、技術者については反例は多い。重工業設備の中には、1980年ぐらいまで分野によっては意外と旧東欧製のものが優れているものが多いし、いまや基礎文献となってるものもあります。設計技術の中にも基礎理論を打ち立て、逆に欧州が技術移入に動いたものもあります。
但し、優れていた技術もあった反面、高級な技術者の優秀な技術を曲げたり政治的に抹殺した事も多いですね。誰のための技術なのかという視点が、中央政府のためになりバランスがよくない技術も目立つ。個々の技術者レベルは必ずしも低くないが、上位概念に政治や思想がはいって押し曲げられ、段々あきらめに変わったのも、多いようです。けどこれはどこの国でも形相が違え往々にしてあること。
>(これは実のところ我が国の医師や技術者などにも往々にしてありそうですが)
ええ。民生用と言う概念にイデオロギーが志向させなかったのはありますが、旧ソ連の技術者などと交流の会った人に聞いてみても、立脚点が違ってもインテリはインテリと言う人が割といたようです。(勿論かなりの分は粛清されてる可能性も多い)
ただ、与えられた理論の妄信的運用だけで渡り歩いている目障りな人もいたといいますからね。
こう考えると知性の根源である論理導出手法があってもそれが他人にわかるか判らないかという偶発的要因が非常に多い。そうなると「知性の基礎概念」の一部まで遡らざるを得ないと思います。
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なお、東独のインテリは、こと他の旧ソビエト連邦の工学・薬学の指導的立場になっていました。それも憎悪に近い扱いを受けた理由かもしれません。かくなる仕打ちを受けた人の中には、チェコやアメリカなどに移動した技術コンサルや、医師免許受験資格を逆に与えた国(ロシアや東欧)で改めて医師になった人もそれなりにいます。反対に西独のインテりが旧東独域で欧州流の思考を与えても成功せず、かくてドイツの失業率が東独部で非常に高い誘引の一つという考え方もあります。(知性のある人は祖国をさっさと捨て、固定観念が崩せない人が残ったという言い方も聞きました)
知識という以前に「知性」もベースの所に志向性があると私は考える所以です。

投稿: デハボ1000 | 2008年4月18日 (金曜日) 01時28分

> 技術者については反例は多い。
 ↓
> 知性のある人は祖国をさっさと捨て
というパターンが多いのではないでしょうか?
従って最初のコメントで書いた
> 知性が豊かな人は、相手や場面に応じていかようにも対応することができる。
の「場面」を「国家体制」と読んでも多くの場合当てはまるように思います。

もっとも、
> 誰のための技術なのかという視点が、中央政府のためになりバランスがよくない技術も目立つ。
というのは、結局技術者の仕事の大目的である「誰のために何を実現するか」というところを自分で創出していないわけですから、その時点で単なる知識の集積であって価値の創出ではない、という見方もできそうですが。

しかしこれ、やや繰り返しになりますけど「祖国」「中央政府」を我が国の「会社」に置き換えても…(笑)。

投稿: TX650 | 2008年4月18日 (金曜日) 07時37分

>もっとも、
>> 誰のための技術なのかという視点が、中央政府のためになりバランスがよくない技術も目立つ。
というのは、・・・
これに関しては海外渡航が極めて難しかった事情もありますから、反映されてるかは難しそうですがね。自分で創出していたら、頭こなしに潰すのが国家の根幹の「知性」とみなされたといいますから。
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世界の珍言・迷言という本を見てると某正日氏が日本人の調理師にぼやいた言葉が載ってました。
「わが国の人民は、日本人に比べて創意工夫がない。しかも育てようとしても育たない」
お前が言うなよという話ですが、「なんでだろう」という言葉をいうとしょっ引かれる(経験をした日本人がいる)国ではそらそうだわなとも思いますね。
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>やや繰り返しになりますけど「祖国」「中央政府」を我が国の「会社」に置き換えても
ロシアの研究者が1990年ごろ日本に着て、会社組織などを研究し「社会主義国家以上に社会主義なのは日本である。しかもマルクス経済学の研究が世界一進んでいる」と呆然としたとか・・・・

投稿: デハボ1000 | 2008年4月18日 (金曜日) 21時44分

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